第26話 大切なもの

 彼女たちの両親が亡くなったのは今から14年ほど前で、どちらも当時の流行り病で命を落としてしまったらしい。


 もともと家族で宿屋をしていたが、16歳のフレイさんと8歳の妹だけでは、当然のごとく経営などできるはずもなかった。


 月々に払う土地代も払えなくなってしまった彼女たちは、やがて家族の居場所であった宿屋すらも失ってしまう。


 しばらく妹を連れて家もなく路頭に迷っていたフレイさんは、生きていくために冒険者ギルドの門を叩いた。そして冒険者となり命がけでお金を稼ぎ、衣食住を確保してシオンさんと一緒に生活していたのだ。


 その後、順調にランクを上げていったフレイさんに、突然王国騎士団の勧誘の話が舞い込む。


 騎士団の任務などは時に責任が問われ、冒険者以上に危ないと分かっていながらも、フレイさんはもらえる給金を聞き即決した。


 なぜならば、魔法の才があった妹を学園に通わせるために、多額の資金が必要だからだ。


 妹には自分とは違い、苦労をしない幸せな未来を歩んでほしいからだ。


 そうして無事、妹であるシオンさんは試験に合格して学園に通うことになった。



 幸せだった、と彼女は話す。



 制服に身を通した妹を見て、死んだ両親の笑顔が視界の端で見えたような気がした。



 路頭に迷っていた時に何もしてあげられず、腹を空かせて我慢させていた時のこと思い出して、どこか胸が救われた気がした。



 そう、救われたのだと・・・・・。





 だけどあの日からそれが一変した。


 妹は私が足を失くして以来、学園では魔法学を専攻していたのにも関わらず、急に魂と肉体などというものを学び出した。


 私は直感で分かってしまった。自分のせいであると。私の足など直す必要はない、そんなことはやめてほしいと話した。


 しかしシオンに言っても頑なにそれを拒んだ。「これは私のためなんだ」と、そう言って聞かなかった。


 そうして卒業後、シオンが出した論文の内容が認められ、学園の研究員として招かれた。シオンは研究員になったことで本格的に時間を使い、私の義足などを作ろうとし始めた。


 頭の中にいる両親が私を叱責しているような気がした。駄目な姉だと。


 罪悪感が膨れ上がる。なんで私なんかの為に。なんで。


 今、足を失った自分の存在が妹の未来を奪っている。


 魔法が好きだったシオンの未来を、私のせいで汚してしまっている。


 全く興味もない研究を、私がさせてしまっている。


 私という邪魔な存在が。


 妹のシオンの未来を、時間を奪っているのだ。


 私が、私が、わたしはなんで、どうしてあの時に・・・・・。


 

 彼女は話している途中に嗚咽を漏らしながら泣き始めた。



「なんであの時、私は死ななかったのかしらッ・・・!!」



 瞳から涙が漏れる。たまっていたものが、こらえていたものが涙に込められて。


 自分なんて消えてしまえばいいのに、そう言葉に込めて。



 俺はそれを聞き、ゆっくり口を開いた。



「・・・そんなことはないです。大体あなたが死んでしまったら、シオンさんは一人になってしまっていた」


 

 人の痛みにはいろいろなものがある。それはそれぞれで異なり、千差万別だろうと思う。だけど、大切な人に以上の痛みが果たしてあるのだろうか。


「死ねばよかったなんて、貴方を必死に直そうとしている彼女の前で言えますか」 


「・・・」


「あなたと二人でいる、それが彼女の幸せです」


「・・・ええ」


「シオンさんは貴方に大切にされたからこそ、貴方を何よりも大切にしているんです。あなたと笑って幸せに過ごせる未来の為に、隣で一緒に歩いて欲しいがために研究しているんです」


 シオンさんはきっとフレイさんに大切にされたからこそ、その恩返しがしたいだと俺は思う。頼ってきたからこそ、今度は自分が頼られる存在でありたいと、そう思っているのだ。


 彼女が涙を瞳からあふれんばかりに零し、何度も頷く。


 俺は前世のある少女に言われた言葉を思い出した。


 

 落ち葉のように踏まれていた自分に、羽のような少女が送った言葉。



「優しさは伝播します。フレイさんが彼女にした優しさが、今シオンさんの優しさとしてあなたに帰ってきてるんです」


「ッ」


「だから、あなたはもっと自分に優しくあるべきだ」


 彼女は涙が止まらなかった。止められなかった。


 そんなフレイさんが涙を漏らすのを見ないように、俺は天井の照明をじっと見つめていた。





 ひとしきり泣いた彼女は、「ごめんなさい、もう大丈夫」と目を腫らしながら俺に言った。


「まさか一回りも年下の子に慰められるとはね。お姉さんとして情けないわ」


「はは、自分も出過ぎた真似をしちゃいました」


 俺は少し照れたように笑う。少しおじさんぽかったりしなかったかね。


「いえ、ありがとう。とっても気持ちが楽になったわ」


 穏やかな笑みを浮かべてフレイさんはそう話した。 


 俺は散らかった本などを片付けてから夕飯を作り、出来上がってからシオンさんを呼んだ。だが彼女は沈黙をしたままで、一階には来なかった。


 今日はもう降りてこないのかもしれない、と俺はフレイさんに話した。彼女は影が落ちたような暗い表情をするが、すぐに切り替えて笑顔を浮かべた。


「明日、シオンとちゃんと話すわ。それで仲直りする」


「ええ、そうしてください」


 そう話しフレイさんと二人で料理を食べ終え、「じゃあ、また明日」と告げて二階に向かった。


 シオンさん部屋の前に夕飯を置き、「ごはん、食べてくださいね」と声をかけて自らの部屋に入った。


 そのまま俺はベットに潜り、どこか寂しさを覚えながらゆっくり眠りについた。







 そうして、波乱の明日がやって来る。

 


 

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