第20話 彼女の家族

 あの後、シオンさんと俺の寮にに足を運び、少し身支度を整えてから彼女の自宅に向かっていた。どうやら自宅は学園内の住居を借りているらしく、研究棟から10分程歩いた距離にあるらしい。


 ちなみに、二週間俺は彼女の家に住まなければならないのだが、その間の日用品や服などはどうするのかと聞いたところ、「男物の服は事前に買いそろえておいたし、日用品も用意した」と言われた。


 ・・・なるほど、もう俺が護衛をすることは彼女の中では確定していたらしい。


 そんなこんなで歩きながらを話をしていたら、彼女が「あそこが私の家だ」と指さした。


「ここがシオンさんの家」

 

 俺は目の前にある、この世界の一般的なものよりも二周りほど大きい家を見上げた。


「それじゃあ、上がってくれ」


 そう言って、シオンさんが家の玄関のドアを開ける。俺はそれを見て「お邪魔しまーす」と言いながら家に入った。前回のあの部屋があるので少々構えていたが、意外と自宅は整然とキレイに片付けられており、思いのほか問題なかった。


「靴はそこの靴箱に入れてくれ」


 そう言われたので、俺は玄関横にある靴箱の扉を開けて靴をしまう。その時、ふと目に入ったのは魔道具で投影されている写真だった。シオンさんともう一人の女性が仲良く並んで立っている


「ああ、それは私の姉だ」


「お姉さん・・・」


 俺がその写真を見ていると、彼女がそう声をかけてくる。


「この家では姉と二人で暮らしているんだ。だからまずは姉に挨拶してもらう」


 彼女は廊下を歩き奥にある扉を開け、部屋の中に入る。俺はそんな彼女に続く。



「あら、帰っていたの?シオン」


「ああ、ただいま姉さん。言っていた護衛を連れてきたよ」


 扉を開け入ったのはリビングルームだったらしく、机と椅子、本棚などが置かれていた。こちらもきちんと片付けられ、整頓されているようだているようだ。


 ふぅ、ごみ屋敷とかじゃなくて本当によかった・・・。


 中にはシオンさんと同じ黒髪を後ろに結んだ、碧眼の女性が座っていた。俺はその姿を見て挨拶しようとしたが、瞬間、固まってしまった。




 足が、ない。



 

 彼女のロングスカートから見えるはずの両足がそこにはなかった。


 俺は思わず足があるはずの場所を凝視し、固まっているとシオンさんの姉が「まだ話してなかったの?」と彼女に話しかける。


「ああ、彼にはいってない」


「そう・・・、驚かせてしまってすまないわね。えっと、アレス君」


「い、いえ、こちらこそ凝視してしまってすみません」


「いいのよ。みんな最初はびっくりしちゃうから」


 そうして本を閉じてこちらに向く。


「私の名前はフレイ・ストゥース、わかっている通りそこのシオンの姉よ。この足は・・・昔騎士団での任務でミスしちゃってね。膝から先がないの」


 言いながら、少し寂しそうにスカートの上からまだある足の先を触る。シオンさんはその姿を見て一瞬苦しそうな表情を浮かべた。


「なる、ほど。すみません、俺の名前はもう知っているかもしれませんがアレス・フォールドと言います」


 「二週間の間、よろしくお願いします」と頭を下げて、挨拶をする。俺が頭を下げると「あら、なかなか礼儀正しいのね」と彼女は嬉しそうにほほ笑んだ。


「私もシオンから狙われているという話を聞いてから心配してたけど、でもあなたが来てくれて安心したわ。シオンの事、守ってあげてね」


「はい、きちんと報酬も頂きましたので彼女のことは俺が守ります」


「・・・そ、そう言う照れくさいセリフは吐くな」


 シオンさんは恥ずかしさから頬を赤くしながら言う。


「じゃあ、シオン。家の中を案内してあげて」


「ああ、そうだね。それじゃあついてきてくれ」


 言われて家の中を案内される。洗面所、お風呂場、書斎。そしてその他の部屋が全部で五つで合計8つの部屋があるらしい。一つ一つ順番に紹介されていく。


 そうして最後に俺に割り当てられた部屋に案内してくれた。着いたのは階段を上り、廊下の突き当りにあるところだった。


「ここが君の部屋だ。私の部屋と隣だから、いざという時にはすぐに駆け付けられるだろう」


 中はベットと机、簡素な棚が置いてある6畳ほどの部屋だった。


「ありがとうございます」


「では夕飯になったら呼びに来る、それまで好きなようにしていてくれ」


「了解、それと夕飯は誰が作るんですか?」


 お姉さんだろうか、ただあの体だと難しいかもしれないが。うーむ、もしかしたら家政婦さんとか?


「作るのは私だ」


「え?」


 俺は完璧にその選択肢を除外していたが、なるほど確かにうん。お姉さんが以外であれば彼女しかあるまいな。うん。


「期待していてくれたまえ、姉には毎度「独創的な料理ね」と褒められるんだ」


「・・・」


 嫌な予感がする。俺はそう思った。


「私は早速夕飯の準備をするからもう行く」


「・・・はい」


 いや、研究員という肩書なのだから手先は器用なのだろう。きっと、きっと大丈夫だ、そんな展開はありえない。俺は心臓をバクバクさせ、その時を待った。








 2時間ほど経ち、怪しい気配がないか探りながら本を読んでいると、彼女が呼びに来た。


「夕飯ができたぞ」


「・・・わかりました」


 俺はそれを聞き、自宅から持ってきた本をぱたんと閉じると早速階段を降りて、リビングルームに向かった。


 部屋に入ると、漂ってきたのは香ばしく焼かれたパンの匂いだった。卓の上にはパンやシチュー、野菜にグリルなど普通においしそうなラインナップが置かれていた。見た目も匂いも全く問題ない。


「はあ」


 どうやら危惧していたようなことはなさそうだ。まあ、姉にも毎日食べさせていると思うから、そもそもそんな心配はいらなかったな。もうお姉さんも椅子に座り、食べられる準備を済ませていた。


 俺たちは「頂きます」と声を出して、早速料理に手をつける。まずはパンを食べるか、そう思い口に運ぶ。



「ゴッ・・・」



 だがその瞬間、口の中に言葉では表現できないほどの不可解な味が広がる。


 な、なんだこれは。辛くて苦い、風味はどこか鉄のような酸味に近い味わいが広がり、食感に関してはスポンジのように柔らかい。見た目も匂いも普通のパンなのに、なぜか違った味がする。



 正直に言う、めちゃくちゃまずい。



「どうだ?アレス」


 シオンさンが心配そうな表情をしてそう尋ねるので、「・・・お、おいしいですぅ」と若干声を高くして返答する。が、我慢しなくては。


「そうか!よかったよ」


 そうして嬉しそうな表情を浮かべて、卓の上に白と赤色の粉が入った謎のビンを置いた。


「今日は新しい調味料を使ってみたんだ」


「ちょ、調味料?」


「ああ、これはエルドラゴという調味料で、中に魔物の骨と肝臓を干したものを粉状にしたものなんだ。滋養と強壮に良いらしいからきっと健康に良い」


 な、なんだその調味料はッ!聞いたことも見たこともないぞ。


「ふ、普段そんな調味料を料理に入れてるんですか?」


「ああ、他にもっと入れているぞ。でも、健康になれるのと料理がおいしくなるように毎回試行錯誤をしている。現に姉さんは私の料理にぞっこんでな、加えて健康にも気を遣っているからか風邪もひいたことがない」


「ええ、そうね。シオンの料理は格別だわ」


 そう言いながら、お姉さんはバクバクと匙を高速で口に運ぶ。表情は笑顔でおいしそうに食べているように見える。


 その姿を見てシオンさんが「はは、もっと落ち着いて食べないと」というが、「ごめんなさい、おいしすぎて止まらないのよ」と笑顔で返した。


 お、お姉さんもシオンさんと同様、舌の感覚が麻痺しているのか。そう考え、俺の頭に戦慄が走った。



「シオン、そういえば先日買った果実水あったわよね?少し取って来てくれない?」



 そう彼女が言うと「ああ、そういえばそんなものあったね」と席を立ち、リビングルームの隣にあるキッチンに向かった。お姉さんはそうして彼女が部屋から出ていくのを確認し、唐突に青白い体調の悪そうな顔を浮かべ口を開いた。



「いい?アレス君。味を感じる前に飲み込む、それがコツよ」



「え?」


「いいわね?」


 ・・・どうやら彼女も通常の舌をしているらしい。俺はそれを聞き、覚悟を決めて泣きながら料理をかきこんだ。


 戻ってきたシオンさんが「そんなにおいしいのかッ!」と嬉しそうに言ってきたが、返事をする余裕はない。


 死ぬ思いで料理を完食し、「ごちそうさまです・・・」と食後の挨拶を済ませる


「うん、姉さん以外に食べてもらったのは初めてだが、ここまで食べっぷりがいいとなんか嬉しいな・・・。おっとそうだ、お風呂を沸かしたので入っても大丈夫だぞ。私たちはその後二人で入るから」


 恐らく足がない姉の為に彼女が普段から世話をしているのだろう。言葉はたまにきついし癖もある人だが、案外いい人なのだろうと俺は思った。



 だが絶望的に料理がまずいが。



「うっぷ、了解です」


「その後は寝てしまっても構わない。ただ起きれるようなしておいてくれ」


 俺は辛うじてそれに頷き、吐き気を覚えつつも言われたとおりにお風呂に入った。入っている途中に敵襲があったらと思い、警戒していたが無事杞憂に終わってよかった。そして、部屋に戻りベットに飛び込んで倒れた。



「明日から・・・俺が作ろ」



 そう言いながら舌に残る怪異のような味に、苦虫を噛み潰したような表情をする。


 それから一応この家の周りを魔力探知で監視しながら、いつでも起きれるように浅い眠りについた。

 

 




 

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