閑話 寒空に消える声

☆☆☆


前話とは違い、本話は少々暗い話になるのでお気をつけください。


☆☆☆


「はあ」


 そう白い吐息を出して、雪が降り積もる道を歩いていた。


 コンビニのアルバイトの帰りで、私は若干疲れを匂わせた足取りで、夜道をザクザクと足音を立てながら進む。


「寒いぃ〜」


 前から寒風が吹く。その肌を刺すような寒さに、私は思わずポケットにあるホッカイロをぎゅっと握った。


 ふと視界に入った色とりどりの輝きに目を奪われる。


「もうすぐクリスマスかぁ」


 私は周りの家に飾られているイルミネーションの輝きを見る。私はどこか幻想的な気持に浸り、そしてなんだか胸に幸せがたまるような温かい気持ちになる。


「ひひ、今年はどんなプレゼントだろう」


 思い浮かべるのはアパートで私の隣に暮らすおじさんだ。


 二年ほど前からサンタコスをしながらインターホンを鳴らしてきて、プレゼントをくれるのだ。去年は流行りの漫画全巻だった。


 今朝もいたずらでスーツの後ろにこっそりホッカイロを張ったの、気づいてくれたかなぁ?


 私は思わず笑顔を浮かべてそう考えていると、ふと子供の泣き声が聞こえた。そちらの方に視線を送ると、大人が何人かが集まり慌てている様子が見えた。



「なんだろう?」



 私は気になってその騒ぎになっている方に足を進めると、車がガードレールを突き破り、家の外壁に激突したまま止まっていた。


 どうやら車による事故らしい。



「子供を庇って、男の人が轢かれちまった」


 集まっている人たちの話に耳を傾けるとそんな話をしていた。だから先ほどから男の子が大声で泣いているのか。


 轢かれた人は大丈夫なのかな?そう思ってあたりを見渡していると、少し先に倒れている人を見つけた。


 おそらく跳ね飛ばされて、遠くに飛ばされてしまったのだろうのだろう。私は倒れているものに近づく。



「・・・嘘」



 そして、言葉を失った。


 男は見たことのあるコートを着ていた。


 先日、おじさんがウキウキした嬉しそうな笑顔で「どう?」と聞いてきた、あのコートだ。


 そんな、そんな、バカな。



 心臓が破裂するかと思わせるほどに高鳴った。それから、私は近づいて倒れている男の人の顔を見る。


 

 いやだいやだいやだ。




「お、おじさん?」




 震えた声でそういったが、返事はなかった。


 見るも無残な姿だった。


 全身から血を噴出させ、顔はまるで赤いペンキを塗ったのかと見まがうほど血で染まっている。


 四肢の骨が折れているのかおかしな方向に曲がり、胸部には車の部品だろうか。縦長の鉄らしき何かが突き刺さっていた。


 呼吸は、止まっている。


 私は膝から崩れ落ちて、おじさんの顔を見る。


 目は開けているが、その瞳はまるで人形のように生気がない。


 瞳から出た涙が、おじさんの顔に当たる。



「嘘だよ、ドッキリってやつだよね?おじさん、起きてるんでしょ?ねぇ」



 私は体をゆする。触れる肌の感触は途方もなく冷たく、本当に人形になってしまったかのようだ。



「おじさんが全部変えてくれたんだよ?」



 そう言って過去を思い出す。


 




 3年前。

 私は大学を卒業して新卒で入った会社で、役に立たない新人だとしていじめられていた。


 上司の人には毎日呼び出されて、私がどれだけ生きる価値がないかを説かれた。


 新人同士の親睦を目的として作られたSNSのグループは、いつの間にか私の悪口が書かれる場所になっていた。


 机の引き出しには生卵が割られた状態で入っており、私の驚いた表情を見た同期の人たちは、クスクスと皆忍び笑いを浮かべていた。


 いつしか朝、ベットから体を起こせなくなっていた。


 仕事にはいかなくなった。私は必要がないから、会社にいても意味がないから。


 生きている意味も、ないから


 見るものすべてに、色がなくなった。


 私はすべてが嫌になり、この世からいなくなろうと思った。


 そうしてロープを首にかけようとしたその時、アパートの鍵をかけてなかったのか勝手にドアが開いた。


「隣のものなんだけど、すごい物音がしたから勝手にあがらせて・・・・って、何してるんだ!!?」


 そう言って家に勝手に入ってきて、私のことを止めたのがおじさんだった。


 私は死ぬ前の緊張が解けて泣き崩れた。


 そんな私をおじさんは「もう大丈夫、もう大丈夫だから」と、落ち着いた声で抱き寄せて慰めた。


 私は今まであったことを話した。仕事先で苦しかったことを吐き出した。


 おじさんは「うんうん」と頷いているだけだが、しっかり私を見ていた。


 すべて話し終えた私に、おじさんは「また明日、話を聞きにくるな」とだけ言い、私の部屋から立ち去った。


 それから翌日、おじさんは私の部屋に訪れた。翌日も、その翌日も。毎日。


 気が付けばすぐ隣にいた。


 ずっと傍にいてくれた。


 いつしか私は救われていた。会うたびに笑顔になった。


 仕事もコンビニのバイトではあるが、始めることができた。


 私の視界に再び、色がついた。枯れたはずの心が、再び咲いていく。



 あなた以外何もいらない、あなたといること以外何も必要ない。




 私を救ってくれた、





 私は倒れているおじさんを、これ以上ないくらい力強く抱きしめる。


 体に血がついてしまうが関係ない。


 関係ないんだよ。


「嘘だ嘘だ、嘘だよこんなの!だって、おじさんのせいで、私まだ生きてるんだよ!?なんで!!」


 次のクリスマスで言うはずだったのにッ!!気持ちも伝えてないのに!勝手に人の人生を救っておいて、好きにさせておいて!!


「好きだよ、おじさん!!好きだよ、ずっと!!大好きだよ!!」


 何度も気持ちを送る。必死に、必死に、必死に、必死に。


 しかし、送られた相手はもういない。



 

 寒い夜空に、そんな悲鳴のような告白が響き渡った。


 


 

 


 


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