閑話 アルバイト
「アレス!三番テーブルのチキンまだか!?」
「すみません、もう少しかかります!」
厨房内で慌ただしく動きながら、俺はそう返事する。俺に声をかけた男は配膳を担当しており、注文を受けた料理の催促をしてきた。
「すまん、さっきからそこのジジイがうるさいから手短に頼む!」
「了解です!」
俺は本日、アルバイトのためレストランの厨房で料理を作っていた。幸運なことに俺は料理の腕を買われて、このレストランの厨房で働いることができている。
シルセウス学園の学生でアルバイトなんてやっているものなんて一人もいない。が、俺は祖父のお金で現在、学園に通っている。
学費を出してくれた優しい祖父のため、お金を返済する目的でこうしてアルバイトで汗水をたらし、働いている訳だ。
祖父は気にするな!っと言っていたがそれでは俺の気が済まない。だって上昇志向があるわけでもないのに学園に通っちゃってるから・・・。
左手でフライパンでガーリックライスを作りながら、右手で照り焼きチキンの味付けと盛り合わせを行う。その手際はまさに熟練のシェフを彷彿とさせる動きである。
「・・・」
そんな俺の様子を隣で真剣な眼差しで見ているのは、働いているレストランのオーナーだ。今日は厨房で料理の出来栄えを試験してもらっている。
「できました!」
オーナーが出来上がった料理を受け取り、見た目と味を確認する。やがてその完成度に笑みを浮かべながら大きく頷いた。
「よし、完璧だ!」
「ありがとうございます!」
先ほどの配膳を担当していた男を呼び、「持っていってくれ!」と声をかける。
それからも厨房で料理を作り続け、夜も更けた頃に店の閉店時間になり、注文もなくなった。
「今日はよく頑張ったな、これ一ヶ月分の給料だ」
そうしてバイトも終わり、俺は帰宅する準備を整えていると、オーナーから硬貨が入った袋を渡された。俺は渡された袋の中身を確認して、首を傾げる。
「あれ?少し多くないですか?」
「お前はこのひと月、本当に頑張ってくれたからな。少しおまけしておいた」
「い、いいんですか?」
「いいに決まってるじゃない」
そう言ってきたのは受付を担当しているオーナーの娘さんである。
「あなたはかなりこのお店に貢献してくれているのよ?これぐらいもらって当然よ」
オーナーも「そうだぞー、もらっておけ!」と快活に笑う。俺は嬉しさのあまり笑みをこぼし、「ありがとうございます!」感謝の念を伝えた。
その後、オーナーと娘さんは明日の準備のためにお店に残り、仕事を終えた俺は学園の寮に向かって帰宅していた。
「あ」
ふと、俺はお店に忘れ物をしたことに気づく。次のバイトの機会にとればいいのだが、メルから借りた本なのだ。早く返却して感想を伝えたかった。
「仕方ない、引き返すか」
俺はそうして踵を返して店に戻り始める。
周りを見てみると酔っ払いのおじさんや、冒険者のような装いをした者たちが一様に歩いていた。皆、夜も遅いので帰宅している最中なのだろう。
そんなことを考えながらきた道を15分ほどかけて戻り、ようやくレストランに到着する。
「すみませーん?」
俺は店のドアを開けると中は魔道具の照明が全て消えており、真っ暗だった。
「あれ、店長たちもう帰ったのか?」
しかし、店のドアが開いているということは、まだ中にいるということだと思うのだが。
そんなことを考えながら暗い店内を進んでいくと、パシンッとまるで何かの肉を叩く音が耳に入る。
「なんだ?」
明日の仕込みでもしてるのかと音のした方に向かうと、肉を叩く音とともに「ブヒッ」と変な声が聞こえてくる。
俺はその時点で何か猛烈に嫌な予感がしていた。
音の所在は、どうやら扉が少し開いたあの部屋からのようだ。現在も野太い豚のような鳴き声と、何かで肉を打つような音がしている。
「見ちゃダメだ、見ちゃダメだ・・・」
自身の本能が見たらダメだと激しく警鐘を鳴らす。だがしかし、俺はどうしても気になってしまい、扉の隙間から中の様子を覗いてしまった。
すると・・・
「フォルテシモォォォオォオーーーーーー!!!!!」
「くそうるさいね、このブタが!!」
「ブヒッ!!」
「汚らしい鳴き声あげやがって、そんなに気持ちのかいブタ!!」
「ブッヒ!!き、気持ちいです、もっっと下さいもっと!!!」
「指図するんじゃないわよ、ブタが!!」
パンツ一枚になり尻を突き出しているオーナーが、娘さんに鞭で叩かれているという、まるで意味が分からない光景が目に入ってきた。
オーナーは尻を突き出した状態で、自身の娘に叩かれているという異常な状況なのにもかかわらず、恍惚とした表情を浮かべている。
そのあまりにも衝撃的な絵面に、俺は唖然としながら固まっていると、突然後ろから肩に手を置かれた。
振り向くとそこにいたのは、先ほどまで料理の配膳係を行っていた男だった。
「引き返していたお前を見て心配になって来てみたら、案の定見ちまったか・・・」
そういう男は、目の前で行われていることについて知っていたのか、達観したような顔をする。
「うっぷ、こ、これはどういうことですか?」
俺は若干吐き気を覚えながら、男にそう問う。男はその問いに目を伏せながら、この状況の理由について説明し始めた。
「・・・実はオーナーの娘さんは極度のSでな。幼少期から誰かを打つことに快感を覚える性格だったんだ」
配膳係の男はそうして過去を思い出して、遠くを眺める。
親父さんもそれを矯正しようと努力したが、うまくいかなかったんだ。そして、とうとうお店のお客さんにまで鞭を打ってしまった娘に、オーナーはある提案をしたんだ」
「そ、それは・・・」
「そう、自分の体を差し出しちまったんだ・・・。だが、そんなオーナーも打たれるたびに眠っていたⅯを開花させてしまってな、このざまだよ」
男は目を抑えて、悲しそうに涙を流す。
「それからこうして、お店の営業時間が終わって従業員が帰った夜、毎回父娘でSMプレイが行われているわけだ」
な、なんだそりゃ・・・。
俺はそう説明を受けるが、今のオーナーたちを見て生理的嫌悪感を拭えない。つ、次からどう接すればいいか分かんねぇよ、こんなの。
「悪いな、まだ学生には早すぎる世界だったよな」
動揺している俺を見て、男は鼻をすすりながら言う。
「い、いえ、ちょっとあまりにもギャップがあり過ぎて驚愕してしまって」
「そうだな、だがこれは他言無用で頼むぞ」
「・・・はい」
「いや、こんなの誰に伝えればいいんだよ!」と俺は心の中でツッコミを入れる。
正直オーナーのことは感謝している。俺を雇ってくれて恩義も感じているし、オーナーの料理の腕前には尊敬の念を覚えていた。だがしかし、これは・・・うっぷ。
中年のおっさんが、しかもパンツ一丁で尻をブッ叩かれて、気持ちよさそうに頬を染めているのを思い出し、再度吐き気を催した。
そんな俺を男は同情の眼差しで背中を優しくたたいてくる。そして、励ますかの様に柔らかい声をかけてきた。
「そうだよな、お前はオーナーを尊敬してたもんな。・・・うし、今日はおごってやるから、うまい飯でも食べてこんなこと忘れちまえ。な?」
「・・・はい、ありがとうございます」
そうして瞳を涙で濡らしながら、俺たちはオーナーの鳴き声と娘さんの罵声を背に、その場を後にしたのだった。
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