第18話 頼み

 シオンという女性に、いやシオンさんと呼ぼうか。先ほどいた教室を離れて、俺はいま外に出てシオンさんの後ろに歩いている。


「えっと、ちなみにどこに向かっているんですか?」


「ああ、まだ言ってなかったか。研究棟に私の部屋があるので、そこで話をする」


「研究棟ですか?」


 どうやら話をするために連れていかれる場所は、ここからすこし離れた研究棟らしい。


 そうして、研究棟の場所に到着する。


 道中、彼女の見た目から、連れ歩く俺の存在に注目が集まってしまった。もちろん嫌な意味でね。


 研究棟は研究員が日夜魔法の実験や研究などを行っている場所で、俺も今回入るのは初めてだ。中に入ってみると薬品のにおいに近い刺激臭が漂っていて、鼻を若干ツーンとさせる。


「何をしている、行くぞ」


「・・・はい」


 彼女は慣れているのか、特に気にした様子もなく無機質な廊下を歩いていき、遅れながら俺もそれに付いていった。


 そして階段を上がっていき、歩いているとやがてドアに掛けられている札に「シオン・ストゥース」と書かれた部屋にたどり着いた。


「さあ、ここが私の部屋だ」


 そうしてシオンさんは扉のドアを開けて俺に入るよう言った。


「し、失礼しまぁーす」


 そう言い、中に入る。


 すると部屋の中は散らばった紙が山積みとなり、何かわからない薬品や魔道具などが乱雑に散らばっていた。そのほか、雑貨が投げ捨てられたかのように落ちており、そして本が乱雑に床に置かれて地面が見えない。


 端的に言おう、めっちゃ汚かった。


「こ、これは・・・」


「君を招くためにわざわざ朝掃除をしたんだ。我ながら結構キレイにした方だと思うのだが、どうだろう?」


「き、汚・・・綺麗です」


 一瞬冗談かな?と思ったが彼女の真剣な表情を見て違うと考える。


 えぇ?これがキレイ?前世のごみ屋敷を彷彿とさせる光景に、俺は思わず苦笑いを浮かべた。


「じゃあ、そこのソファーに腰を掛けてくれ」


「え?どこにあるんですか?」


「何を言ってるんだ、ここだよここ」


「あっ・・・、それ、ソファーだったんですねぇ~?」


 彼女がトントンと手をたたいている、物が密集してソファーの様に見えている謎の物体Aをみて、いやそれは何だと心の中でツッコミを入れる。 


 俺は物体Aに腰を下ろして意外と座りやすいことに驚いていると、対面のまともな椅子に彼女が座る。


「で、その要件とは何でしょうか?」


 早速ここに連れてこられた理由である要件とやらを聞いてみる。


「ふむ、先日の奴らを覚えているだろう?」


「ええ」


 奴らというと襲撃してきたⅮランクの学生たちの事であろう。




「彼らが二日前に死亡した」




「し、死亡した?」



 ええ、マジ?一応手加減したはずだけど、俺、殺っちゃったの?そう俺が動揺していると彼女は訂正を入れてくる。


「勘違いするな、君のせいで亡くなったわけじゃない」


「え?じゃあなんで」


「気絶させた後、尋問していたのだが詳しい事情をなかなか吐かなくてな。一昨日、少々強力な隷属魔法をかけ、答えるように強制させてみたんだ」


 「だが結果はこれだ」と、色の違うガラスの板を何枚も重ねたような魔道具を取り出し、そう記録した映像を見せてきた。そこには尋問官らしき人物と、先日の細ガリの男が机を隔てて座り、ちょうど尋問官が隷属魔法をかけた直後のようだった。



「なぜ研究員の女性を襲った。そして貴様らの背後にいる存在とはなんだ、答えろ」


 男が語気を強めて問う。隷属魔法により強制力を持ったその質問は、精神ではなく身体に左右して反射的に質問に答えてしまうようになっている。細ガリも例にたがわずそうして問いの答えを口にするはずだった。 



 だが。



「へっ、へっ、へっ・・・・・ぐぎぃ!?」


 奇妙な息遣いをし始めた途端、細ガリが突然胸を押さえて苦しみ出した。相当苦しいのか尋常じゃない力で歯ぎしりを行い、顎にこめた力が強すぎたせいか歯が割れ始める。


「ど、どうした!?」


 尋問官の男は急に目の前で苦しみ出した男を見て、驚いて慌てる。


 細ガリはそのまま椅子から転んで暴れながら地面に倒れる。目から流血し、口から血の色をした泡を吐きながら十秒ほど苦しんだ後、呼吸を止めた。


 そしてそのまま尋問官の男から死亡が確認された。




「以上だ」



 なかなかのショッキングな映像に固まっていると、彼女が口を開く。


「ちなみに、彼が死亡した直後と同時刻に他の7人にも同様の症状が現れている。もちろん全員亡くなった」


「・・・どういうことなんですか」 


 俺がそういうと彼女は少し考えて、それから話始める。


「恐らく、魂の連結をしていたんだろう」


「魂の連結?」


「ああ、私の研究分野はこの魂と肉体の関係性についてでね。このように同時刻に同様の症状を起こせるものなどこれしかない」


 そう言い、魂の連結について説明を始める。


 魂の連結とはいわゆる、複数の魂同士を連結させていることを意味するらしい。そして魂と肉体は密接な関係性があり、奴らの場合何かがトリガーになってしまい魂の連結をしてしまったとのこと。


 そして、細ガリの肉体の症状が他の7人も伝播して、皆同様の症状で死亡してしまったらしい。


「じゃあ、あの細ガリの男はどうしてあんな症状を起こしたんですか?」


「それについては多分、事前に何者かに隷属魔法かけられていたと考えている。大方奴隷契約を上書きされた場合、死亡してしまうっといった契約でもしていたのだろうな」


「なるほど・・・」


「唯一の手掛かりだと考えていた腕輪は、なぜか彼らの手首からいつの間にか消えていたし他は何もわからん」


 男たちの背後にいる者は、なかなかに用意周到で非道な奴らしい。そう考えていると彼女は深く背中を椅子に預けて天井を見る。


「恐らく背後にいる存在は、Ⅾランクの劣等感や怒りを利用してあんなことをさせたに違いない。まあ、なぜあんな実力があるのにも関わらず、あのランクに甘んじていたのかは知る由もないが」


「確かにそうですね」


「いや、うん。まあ君もなんだけどな」


 そう突っ込まれたのを俺は軽く無視する。せ、詮索はしないでおくれ。


「私も今回の襲撃でなぜか狙われているということが判明した。一応現在、学園の警備兵たちが私の周りを見張って厳重に警戒をしている」


 だから今も廊下に複数人の気配がするのか。


「だが、正直に言ってそんな奴ら全然信用していない」


「え?」


「だって呆気なく生徒たちに眠らされているような奴らだぞ?いざという時に対して戦力になるとも思えない」


 確かに、と仲良く三人眠らされていたのを見た俺は思わず頷いてしまった。


「そこでだ」


 そう言い、なぜかこちらに人差し指を向ける。なんだ?





「君を護衛に雇いたい」




「へ?」


 俺はその言葉を聞き、唖然としてしまう。


 ど、どういうこと?ゴエイ?・・・・・護衛!?


「いやいやいや、なんで俺なんですか!?」


 俺がそうして問うと、彼女は綺麗な碧眼の瞳でこちらをまっすぐ見ながら答えた。


「今説明した通りで、廊下にいる奴らじゃ心配だからだ。そして君ならば十分護衛としての力量があると考えた」


「なら他にもいるはずでしょう!研究員なんだから、交友関係とか当たって・・・」


「ふむ、いや私はこう見えても友人がすく・・・、コホン。交友関係は選ぶ方なんだ。だから頼れるものは少ない」


 今この人、友達が少ないって言おうとしたのか?確かに癖のある性格をしていそうなため友人関係は限られそうではあるが。


「2週間だけでいい。それ以降は遠方から呼んでいる私の知り合いに頼んでいる」


「い、いや、でも俺一応学生なんで学業がですね・・・」


 まさか授業をしながら護衛の仕事に従事するわけにはいかないだろう。また、授業を二週間も欠席してしまえば、その分を取り戻すのも大変だ。 


 俺は遠回しに断ろうとしなその時、彼女白衣のポケットから畳まれた紙を取り出してきた。


「それに付いてはこの授業特別欠席申請を提出すれば大丈夫だ」


「な、なんですかそれ」


「特別な理由での欠席を正当化してもらい、学業面での影響を失くしてくれる申請書類だ。理由は適当に研究の手伝ってもらうためとかなんとか書いておけば大丈夫だ。まあ、簡単に言えば君の学業面に対する心配はしなくていい」


 なんだか逃げ道を防がれているような感じがする・・・。


「加えて、君は放課後アルバイトをしていると聞いた」


「な、なぜそれを・・・」


「ふっ、私の情報網を舐めてもらっては困るね」


 そう自慢げに言う。


「お金に困っているんだろ?この護衛をしてくれれば、これだけだそう」


 そう言い、お金が入っているだろう布袋を俺の足元に投げてくる。


「その中に白金貨が60枚入っている」


「ろッ、60枚!?」


「加えて、あの日の礼としての白金貨20枚、これもつける」


 もう一つの袋を出して、投げる。


 えっと白金貨一枚が10万ギルだから・・・、800万ギルってことか!?


「この白金貨20枚はお礼だから今すぐに渡す。だがどうだ、この護衛の話は君にもうま味のある話だろう?」


「くっ・・・」


 確かに、破格の報酬だ。


 学園の授業についても免除してくれるみたいだし、護衛をすれば高額な報酬ももらえる。あれ?結構好条件なのか?


 いやぁ、だけど面倒ごとに巻き込まれるのは御免だよなぁ。


 そう考えて、ふと目の前の彼女を見ながら先日の光景を思いだす。


 ・・・・・まだ少ししか関わりがないが、後になって悪いニュースを耳にするというのも目覚めが悪いか。それにきちんと報酬は用意してくれているみたいだしな。



「・・・分かりました、お受けしましょう。その護衛」



 俺はその頼みを苦々しくも了承したのだった。

 


☆☆☆

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