第6話 模擬戦闘

 なんだかわからないが模擬戦闘を行うことになってしまった。


 模擬戦闘では重傷を負わせたり殺めてしまう攻撃を抜きに、相手を戦闘不能状態にすることが勝利条件だ。また治癒魔法師が駐在している総合訓練場以外での模擬戦闘は禁止されている。


「・・・」


 俺と男は少し離れたところにお互い向かい合いながら立っていた。メルは審判役を任せ、開始の合図をしてもらうことになり、観戦できる距離を保って立ってもらっている。


 メル申し訳なさそうな表情で去り際に「ごめんね、でもアレスならきっと大丈夫だよ」と言っていた。いや、素直に嬉しいのだができれば揉め事は避けたかった。


 さて、この状況どう乗り切ろうか。


 基本的にランクによる実力差は大きいため、こいつにもし勝ったら変に目立つことになる。また、ほかの高位ランクの奴らと因縁を深めると、のちの嫌がらせとかに繋がってきそうで面倒臭い。


「うーむ」


 だがしかし、メルのあの期待に満ちた瞳を見るに、あまり無様な負けは許されないだろう。というかメルが信じてくれたのにも関わらず負けるというのはなんかな。


 そんなことを考えていると目の前の男が舌打ちをしてきた。


「ちっ、ランクの意味も分かっていないバカ女のせいで、こんなことになるとは。貴様もこれから起こることを想像すると、少しかわいそうではあるな」


 そう言いながら男は嘲笑を浮かべて話しかけてくる。こいつが言ったバカ女というのはメルのことだろうか。


 だとしたら友達をバカにされているみたいで結構腹立つな。


「まあ、このテコル様と戦うことができるというのは名誉あることだと思うがな」


「は、はあ」


「まあ、いい。これであの女もこの俺の圧倒的な魔法をみて、惚れるだろう。まあ、そうだなぁ、顔はいいから将来はペットとして可愛がってやるのもいいだろう!」


 そんな身勝手なことを言いながら下劣な表情をする奴に、俺はカチンときてしまう。俺のことはいくらでもバカにされて構わないが、こうして友達のことをけなされるのは心外だ。


 よし、こいつもちょっとばかしあいつらと同じように、お灸をすえてやるとするか。



「ふぅー」


 怒りを落ちつせるために、息を吐く。重力魔法は目立つから使わない、いや、こいつ程度に使う必要はないと言うべきか。


「ホラ、貴様も何かしらの獲物を構えるといい、まあ私は必要ないがな。どうした、もしかして無能だから構え方も忘れたのか?」


 少々機嫌を悪くしていた俺はそれを無視する。そんな俺をみて男は「ふ、怖くて声も出ないか」と笑う。


「準備はいい~?」


 離れたところからメルの声が聞こえてくる。


「こっちは大丈夫だ!」


「ハッ、問題ない」


 お互いにそう返して、構えをする。


 さて、やるか。


「それじゃあ、始め!!」


 始まりが告げられると同時に奴は魔力放出を始める。


 俺はというとあいつにいち早く近づくために走り出していた。しかし俺がたどり着くよりも断然早く、奴は魔法を完成させてしまう。


「エレクトロウェイブ!」


 そういうと奴の腕が雷でおおわれる。


「くたばれぇ!」


 次の瞬間、奴は勢いよく腕を横に払うことで紫電があたりに散らばり、広範囲に雷撃が解き放なたれた。


 どうやら俺が躱さないようにするため、前方全体に魔法を放ってきたようだな。意外と傲慢な態度に似合わず慎重な性格をしているらしい。


「アレスッ!」


 心配になったのか、メルが悲鳴のような声を上げる。


 模擬戦闘の範疇を超えた攻撃、当然当たったら軽傷では済まない。だが、この範囲の雷撃を躱すこともできないだろう。


 俺は腕を前に突き出し、その時を待つ。


「はは、焼け朽ちろぉ!」


 そうして雷が俺に体に到達する、その瞬間。





 そう言い、奴の魔法が俺の腕に当たるとあらぬ方向に飛んで行ってしまった。


「は?」


 奴は目の前で起きたことを認識できないのか、口をポカンと呆けたように開く。




 俺が神様との修行で得たものは、それは決して重力魔法だけではない。


 修行の副産物ともいうべきか、重力魔法を会得する過程で鍛えられたもの、それはだった。


 俺が行った「流魔」は、魔力を強く練り高速に移動させることにより、相手の攻撃が体に到達する前に魔力で受けて流してしまう技術だ。


 普通は剣などで攻撃を弾いたりする場合に使うことが多いらしく、一般的には自身の体で行うということはあまりない。




「くっ!」


 奴は呆けたような顔から切り替えて、すぐさまもう一度魔法の発動を試みる。


 だがしかし。


「もう遅い」


 だが今度は体内で魔力を活性化させ、身体能力を著しく向上させる。基本的な魔力操作の一つ、「強魔」だ。


 強く地面を蹴り、素早く間合いを詰めると焦った奴の顔面に右拳を入れる。


「ぶはッ」


 殴られた勢いで後方の壁に衝突すると、意識を失くしたのか体を地面に預けて沈黙してしまった。




「ふう」


 俺は息を吐き出して、呼吸を落ち着かせる。


 うん、結構スッキリしたな。特に最後の右ストレートで相手を打ちぬいたところは最高に爽快な気分だ



「ア、アレスの勝ちー!!」



 メルが驚いた様子ではあるが喜色満面といった感じで俺の模擬戦闘の勝ちが宣言された。そして観戦していたメルがこちらに急いで走ってくると急に抱きついてきた。俺は唐突に抱きつかれた衝撃で地面に倒れる。


「うおっ!」


「やったー!!すごいよアレス!」


 押し倒されながらも勝った本人よりも喜んでいるメルの様子を見ると、不思議とこっちまで嬉しくなってくる。うん、ちょっとやっちゃったけど勝ってよかったな。


 しかし、メルの騒ぎように周りも気になったのか「なんだなんだ?」とぞろぞろとギャラリーが集まってきた。


 やっべ、注目され始めてきた。


 俺が少し焦っていると、倒れていた奴が「ウッ」と呻き声をあげながら体を起こした。


 意識を取り戻し、現実を受け入れられていないのかしばらく呆然とした表情でこちらを見る。


 が突然、俺に指をさしながら膨れ上がった顔で喚き散らし始めた。


「そんんぁ、ばかなぁ、こんなこと信じられはれない!!インチキだァァ!」


 その様子を見ていたメルは呆れた顔をする。


「認めなよ、あんたは負けたんだ」


「違うぅ!!うるさいうるさいうるさぁい!!!」


 メルがそう告げると、男は激昂した様子でそう否定する。


 それからこちらに手を向けて魔力を放出し始める。瞬間、魔力が赤色に染まり、火属性の魔力変化が見られた。


「くらえぇぇぇぇええ!!」


「ま、魔法!?」


 猛然とそう叫びながらこちらに対して魔法で火球を飛ばしてきた。


 メルはとっさに俺をかばおうとする。


 だが逆に、そんなメルの前に俺は体を出し、魔力で手を覆わせてから飛んできた火球を掴んで握りつぶした。


 魔力操作技術の一つ「硬気」。


 魔力を硬く練り上げることにことができる技術で、硬度は練った魔力量と魔力操作の練度に比例して硬くなる。


 硬気によって奴の魔法を防いだため、魔法を受けた手に怪我はない。


 だが危うくメルが大けがをするところだった。


「てめぇ・・・!!」


 俺は怒気を隠し切れず、普段は隠しているはずの魔力すらも少しだけではあるが放出してしまった。


 その瞬間、バチッと空間亀裂が入ったかと思われるほどの濃密な魔力が総合訓練場を包んだ。


 その魔力に触れたものは、一様に圧死してしまうと錯覚するほどの重圧を感じていた。


「がばぁばああ」


 直接怒りの矛先を向けられた奴は泡を吹いて再度意識を失い、また周りにいた幾人かも同様に倒れてしまう。



 俺はその様子を見て、怒りから正気を取り戻した。


 や、やべ。


「ア、アレス?」


 メルに不安そうにそう声をかけられるが今は気にしている暇はない。


「に、逃げるぞ!」


「え?」


 俺はメルをとっさに腕で抱きながら、その場を去ろうとする。


「あ、待て!」


 周りにいた学生から静止するよう呼び止められる。


 くっ、周りの奴らが邪魔だな。


 逃げ道をどうするか考えていると、突然。訓練場が眩いほどの輝きに満たされ、それと同時に膨大な魔力が包んだ。


 周りが光源に注目すると、そこには黄金に輝く一振りの剣を持っている、翆色の瞳をした金髪のイケメンが立っていた。


 一瞬そのイケメンがこちらの方を見ると、ウインクする。


 現在、イケメンが訓練場の全員の視線をくぎ付けにしており、誰もこちらに注意を向けていない。よし、いまだ。


「あんがとッ!」


 俺は小さくそうつぶやくとメルを抱きかかえながら、動揺が広がったその場を後にした。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る