第8話 昼飯


 あれから俺は少々びくつきながら生活をしていたが、あの件がささやかれることもなかった。


 みんな、あの後のあれに衝撃を持っていかれてしまい、俺の存在は忘れてしまったのかもしれない


 兎にも角にも、特に目立たずにいつもと変わらない日常が続いているというわけだ。


 そんな事を思っていると鐘の音が俺の耳に入り、105分という長い二限の授業が終了を告げる。


 そして、ようやく昼休みの時間になった。


 昼食は学食でとるものもいるが、自分で持参してとるものもいる。俺は学食などのがやがやした場所が苦手なため、後者を選択している。


 そんな俺の数少ない特技、それは料理だ。


 長年一人暮らしをしていたためか、そういった家事スキルが自ずと高くなった。会社も毎回弁当を作って持参していた。


 こうしておいしいものを食べると幸せになるし、加えてそれが生きる楽しみにもなってくる。


 小さな幸せを一つ一つ積み重ねていくことが、人生を豊かにすることなのだ。


 「って、なんだか自己啓発本に書かれてそうな言葉だな」


そんな独り言を言っていると、目的の場所に到着した。


 着いた場所は学園の敷地の端の方にある旧校舎と呼ばれる場所である。


「相変わらずボロいなぁ」


 旧校舎はくたびれた木造の建物、すでに三十年ほど使われていないらしくはたからみていたるところに蜘蛛の巣が張っている。


 俺はそんな旧校舎の背後に回ると、見えてきたのが裏庭だった。草木が生い茂ってはいるが神秘的な印象を持たせ、噴水にいまだに勢いよく水が出ている。


 恐らく周囲の魔力を取り込んで水を出しているのだろう。しかし、ここまで長く効果を持続できるなんて、本当に魔法というのはすごいものだ。


 感心しながら、俺は噴水の縁に座る。


 水の音を背中に感じ、そして隣の森林からくる優しい風がとても心地よく、俺は思わず瞳を細める。


「気持ちいい〜・・・」


 風に当たりながらしばらく過ごしていると一人の男がやってきた。



「ごめん、お待たせ」



 その男は非常に整った顔立ちにすらりと高い身長。女性なら誰もが虜になるだろう綺麗な翆色の瞳とサラサラの金髪をはやした、まるで王子様のような見た目をしたイケメンだった。


「別に、そんなに待ってないから大丈夫だ」


「そうかい?それならよかったよ。相変わらず女子たちの追跡を躱すのに難儀していてね、参ったよ」


「あー、なるほど」



 このイケメンの名前は


 その実力と端正な顔立ちからこの学園、いや王国内で最も有名とされている、聖剣の紋章を持った青年である。


 そんな有名人であるユリウスと俺は、五年来の親友だ。


 ここで待っていた理由もユリウスと昼食をとるためだ。お互いこの学園に入学してからは週に2回、こうして一緒に食事をするようにしている。


「そういえばこの前のあれ、ありがとな」


 俺はこの前、総合訓練場から逃げる際のことを思い出し、ユリウスにその時のお礼を言う。


「ああ、あのときね。たまたま僕もあそこにいてね、なんか困ったことになってたみたいだから助けただけさ。でも何があったんだい?」


「それがな」


 俺はユリウスに事の顛末を話す。


「なるほどねぇ、それは面倒だったね」


「そうだったんだよ。いや、これ以外にもこの学園に来てから何度もランクのことで絡まれて非常に面倒臭いんだよな」


「うーん、この学園の生徒はカースト意識を植え付けられているからね。特に僕と同じSランクの生徒は特にその傾向が顕著にみられる」


「はは、でもそのカーストのトップに立つのお前がそのカースト意識がないんだもんなあ。何というか不思議だよな」


 この国において聖騎士とは、聖剣の紋章が刻まれた者のことを指す。



 前世の世界では聖剣を持つものは総じて、「勇者」と呼ばれていた。だが、この世界ではこの「勇者」という単語にはとても特別な意味を持つ。








 遥か昔、おおよそで言うと約5000年ほど前の話になる。


 その時代に「災厄」と呼ばれた最凶の魔法師がいた。その魔法師はまさに邪悪そのものであり、人の世の終わりを望んでいた。そして、世界中の人間に対して殺戮を繰り返し、彼らの魂を貯めていったのだ。


 その所業を聞いた、当時の聖剣の担い手である勇者はその魔法師に戦いを挑んだ。


 しかしながらその魔法師は聖剣を持つ勇者よりも遥かに強かった。結果勇者は敗北してしまい、その他の者たちと同様に魂を抜かれることになってしまう。


 そして、その災厄の魔法師は勇者の魂と自身が殺した500万の人間の魂を依代として、ある魔法を発動した。


 その魔法は原初の魔法師ルーンが世界の終末を仮想して作り出した、本来であれば絶対に発動不可能とされている架空の魔法だった。



 それが「ヘブン」である。



 その「ヘブン」により幾千万の天使たちが召喚され、わずか2年足らずでこの星の9割の生命が食い荒らされてしまった。


 加えて、「ヘブン」により作られた核によって、星の非物質化が進んでしまい、人類は生存圏すらも侵された。


 この星に生きるすべての命が絶望し、自らに来る終わりを予見しただろう。



 だがそこで諦める人類ではなかった。



 魔族の王である魔王すらも協力し、魔王自身の命と「魔聖」の異名を持っていた王女の命を引き換えにして、異世界のものを召喚したのだ。


 その召喚者の名前は「ソゴウ・ユウキ」。


 恐らく俺と同郷のものであろう。ユウキは絶大な力を振るい、生命をひたすら食い荒らしていた天使たちを倒して、人類に希望の火を灯していった。


 そして残存した残りの人類ともにヘブンの核を破壊し、災厄の魔法師を倒すことで魔法を中断させることに成功したのだ。


 それから二度とその魔法が発動しないように、残された人類はその終末魔法が記された書物と災厄の魔法師の肉体と魂を巨石に封じ、空に浮かべた。 


 それが今、この世界に浮かんでいる二つ目の月である。


 この世界の終わりを防いだ大偉業を成し、救世の英雄となったユウキは真に「勇者」にふさわしいとされ、人々は他のものがそれを名乗ることを禁じたのだ。







 閑話休題。 





 長すぎる余談になってしまったが、この話は遥か昔ではあるが今も有名な物語として語り継がれている。


 これが理由で、どこの国も聖剣の担い手とされるものを「勇者」ではなく、「聖騎士」と呼ぶようにしている。


「僕は力以外にも見るべきところがたくさんあると知っているしね。まあ、そんなことは置いておいて、お昼の時間も有限だし早く食べっちゃおうよ」


「お、そういえばそうだな」


 俺は手に持った弁当を開ける。


 中身は昨日夕飯として作ったメンチカツの余りを、そのままパンで挟んだサンドイッチである。ちなみにメンチカツには自家製ソースをかけている。


 メンチのサクサクとソースによる濃厚な味わい、そしてパンによるふわふわ感がたまらない、まさに自慢一品となっている。


「わー、今日はサンドイッチか。挟んでるものが分からないけどおいしそうだ」


 ユリウスが弁当の中身を覗いて笑顔になる。


 ちなみにユリウスの分のお昼も俺が作ってきている。そのため毎回食べるときは二人分の食事を作ってきている。


「だろ?挟んであるものについては食べてからのお楽しみってことで」


「ヘぇ〜、それじゃあ早速頂いてもいいかい?」


「おう、いいぞ」


了承を得たユリウスは弁当に入っているサンドイッチを手に取る


「頂きます」


 手に持ったサンドイッチをはむっと口に入れる。



「・・・お、おいしい!」



 そういい、ユリウスは顔を綻ばせる。


「挟んであるパンも柔らかいが何より、中身のサクサクとしたものが絶品だ。このサクサクとしたものは何というんだい?」


「それはメンチ、っていう挽肉に玉ねぎを練り合わせて衣で揚げたものだ」


「メンチ・・・、聞いたことのない料理だね。でもすごくおいしい」


 ふっ、これぞ料理チートだ!


 金髪のイケメンはそうして次々とサンドイッチを口に入れ、あっという間に一つ食べ終わってしまう。


「・・・すまない、もう食べ終わってしまった」


「まだまだあるから、いっぱい食べてくれ」


「・・・ありがとう、頂くよ」


 ユリウスは恥ずかしそうに笑みを浮かべながら、箱の中のサンドイッチを手に取り再度パクパク食べ始める。


 俺はその姿を笑顔で眺めながら、同じくサンドイッチを口にした。


 

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