第13話 夜襲①
クレスと別れてからというものの、俺は慎重に歩を進めていたが、特段変わったこともなく学園の入り口まで来ることができた。
不吉の予兆と言っていたが、杞憂だったか?
王都と学園は壁で隔てられており、一般のものは立ち入ることを禁じられている。
もし入る場合は事前の許可のもとに通行書を発行してもらい、門兵に提示しなくてはならない。
まあ学生は学園から支給されるピンと、魔力を識別する魔道具に魔力を通して、登録してある情報と無事照合ができれば基本的に自由出入りできるが。
「よし、通っていいぞ。夜道は暗いから気をつけてな」
「ありがとうございます」
魔力の照合も完了し、門兵のおじさんにも温かい言葉をもらいながら荘厳な印象が特徴の門を通る。
王都の街と比べても学園敷地内は街灯は多い方だと思うのだが、それでも地面が見えないほど暗さがある。
魔力を目に通し夜目を効かせながら慎重に進んでいると、遠くで魔法の発動を感じ取った。
「ん?」
なんだろうか、こんな時間はどこの施設も閉まっているため、魔法の練習などしているものはいないはずだが。俺はその後も立て続けに魔法が発動するのを感じ取り、恐らく誰かしらが戦闘を行なっているのだろうと考えた。
それも一対一じゃない、複数人が一人に対して魔法を行使している気配である。
「揉め事か何かだろうか?」
こんな夜更けに複数人で、しかもたった一人を攻撃している光景を思い浮かべるに、面倒ごとの予感しかしない。うーむ、しかしながらこのまま放っておくのも忍びないのは確かだ。
「よし、様子だけ覗きに行くか」
まあ、様子だけ見て何事もなければそのままこっそり立ち去ればいいしな。
俺はそういうと魔法を感知した場所まで急行した。
「貴様ら、何が目的だ!?」
現場に到着し、物陰に潜みながら様子を伺う。見えたのは白衣姿にモノクルをつけた女性が、肩で息をしながら満身創痍の状態で立っている姿だった。そして女性を襲っていたであろう集団は対面におり、黒い外套を着ている。体格からして全員男だろうか?
黒い外套の男たちが合計8人。どうやら女性は8対1で襲われていたみたいだな。
集団の先頭にいるものがリーダーなのか、女性の剣幕をものともせずに話し始める。
「先ほども言ったじゃないですかぁ、私どもと一緒に来て欲しいと。あなたが抵抗するからこうして実力行使しただけで、本当は丁重にもてなしたかったんです」
「チッ、ふざけるな!どうして私の身柄が欲しいのだと聞いているんだ!」
「詳しいことは我々も知りませんよぉ。ただ私たちはあの方に頼まれたので従ったまでです」
男は女性の剣幕に動じた様子もなく、気持ちの悪い笑みを浮かべてそう答える。
「ただ、あの方は神のようなお方です。我々の本来ある才能を引き出してくださいました」
男がそう話すと、手首につけている赤い宝石が埋め込まれたを腕輪を大事そうに撫でる。恍惚とした表情をしており、どうやらあの方とやらに心の底から陶酔してるみたいだ。
しかし、あの腕輪は何だ。
何か不気味な、嫌な魔力が流れているのは感じ取れる。そして、その腕輪から流れる特殊な魔力にどこか気持ち悪さを覚える。
リーダーの男は撫でるのをやめ、唐突に目の前の白衣の女性の顔と体をじろじろと見始める。
「大人しくついてくれば乱暴はしません・・・と思っていましたが、しかしあなたもなかなかの美貌と肉体だ」
そういうとニヤニヤと笑みを浮かべて、彼女に対して気持ちの悪い視線を送る。周りの男たちも同様に似たような目で口から涎を垂らした。
「ふむ、あなたにはあのお方にお届けする前に、我々から特別な恩寵を差し上げましょうか」
男たちがぞろぞろと女性に近づいていき、制服のズボン下ろそうとベルトに手をやる。
「くそっ」
抵抗する力もないのか彼女はその様子を悔しそうに唇を噛み締めることしかできない。
この時間帯は普段、学園の警備兵が異常がないか巡回している時間であるが、周りには他に気配もないためはその様子はない。
この異様な状況は気になるが、このまま見ていても胸糞悪い展開を見せられるだけか。
「な、なにしてるんだ!?」
俺はバッと彼らの前に姿を現す。
とりあえず、まずは目撃者Aとしてのアプローチを試みてみよう。それで奴らが驚いて逃げてくれれば僥倖ではあるが、果たして。
男たちは俺の急な登場で、一様に驚いた表情を浮かべてこちらに注目を集めた。
だが、俺の襟の緑のピンを見ると唐突に安堵の表情を浮かべる。そして、男たちは胸を撫でおろした、といった感じで話し始めた。
「はあ、よかった。仲間ですかぁ」
「な、仲間?」
何言ってんだ?こいつら。そう思っていると男たちはフードを外し、黒い外套の一部をはだけさせる。
すると外套の下に見えたのはなんと学園のブレザーだった。
つまりはこいつら全員、俺と同じ学生だっだって訳だ。加えて、男たちの襟は緑色の輝きを放ち、俺のつけているピンと同様のものだ。
「そうです、我々は仲間です。この実力至上主義のシルセウス学園の被害者たちです」
フードを外し、痩せこけた顔をした細ガリの男がそう言う。なるほど、そういった点では俺たちは仲間になるのか。
「我々はこの学園を変えようと集まった有志たちです。皆、この学園の在り方に疑問を持ち、あの方にご助力のもと行動しております」
どうやらⅮランクの生徒が集まり、この学園を変えるために立ち上がった集団らしいが、今のこの様子を見ると当然そんな風には見えない。
「この学園を変えようとしているなら、なぜそこの女性を襲うんだ!」
俺は一応おびえた様子を見せながら、そう問いただす。が、細ガリは今行っている行動に一遍も疑問を持っていないのか、誇らしげに語り始める。
「我々は命令に従ったまでです。それにあの方がおっしゃられていましたが、この女は隠れてⅮランクの生徒に対し、不当な扱いを繰り返していました。理不尽を行う者には、理不尽をもって返さなければなりません。普通のことでしょ?」
「決してそんなことはしていない!!」
女性がそう否定を口にするが、男たちはその言葉を冷笑で返す。
「確かに、貴方はそんなことはしていないかもしれない。ですが我々にとっていじめを黙認していただけでも同罪なんですよ」
「・・・」
「あなたに分かりますか?道を歩いているだけなのに、理不尽に侮蔑の視線や嘲笑を向けられる惨めさが」
そのことを思い出しているのか、男たちは握り拳を作った。俺の記憶にもある、あいつらの顔や視線、そして言葉と身体の暴力。それがこの男たちの頭にも浮かんだのだろう。
「あなたにわかりますか?建物の陰で殴られ、蹴られ傷つけられ続けた我々の気持ちが」
心に闇を積もらせ、皆が頭に今までにいた自分の敵たちを思いだす。落ちこぼれではあるが同じ人間、何故不当な扱いを受けねばならぬのだと憤怒する。
「だから私たちは決めたのです。抵抗しなければと、理不尽なこの学園に革命を起こさなければとね。そのための力をあの方が与えてくれた」
細ガリの男がそう言うと、こちらに視線を送る。
「あなたも私たちと同様に、この学園で様々ないじめを受けたはずだ」
「・・・」
確かにそうだな、っと俺はこの学園に入学してからの出来事を思い返す。思い返す奴らの人とは思っていないような扱いの数々。俺も多少は苦々しい気持ちにされたものだ。
男がこちらに手を差し伸べてくる。
「我々とともに来なさい。改革を起こすのです、この学園に。そしてあの方に願いなさい。さすれば願う才能が与えられ、望むが儘の人生が得られるでしょう」
・・・うーむ、確かにこの学園の実力至上主義なところは改善の余地があるだろう。
Ⅾランクが不当な差別を受けているのも確かで、学園がそれを黙認しているところも悪である。確かに、Ⅾランクは本来であれば試験に合格ができないような落ちこぼれの集まりだ。しかし、だからと言って暴力を振るい、存在を否定していい理由にはならない。
・・・・・こいつらの言っている革命を起こさなければならない、という選択も決して間違っていないのかもしれない。
だがしかし。
「断る」
「何?」
細ガリ男はその回答に困惑する。そんな男に俺は返答の理由を話す。
「別に今のこの学園の在り方に納得がいっているわけではない。お前らの選択ももしかしたら正しいのかもしれない」
「ならば」
「だがな、あの方だか誰だか知らないが、命令されただけでそこの女性を襲おうとするような集団に、俺は革命を起こせるとは思えない」
先ほどの気持ちの悪い視線を向けて女性を襲おうとした、あの態度。そしてその上にいるあの方という存在。どれもがこいつらが思っている学園の改革とどうつながるのかが疑問だ。
すでに俺にはこいつらが、自分が「正しい」という物差しだけで、その歪曲した正義を押し付けようとしている集団に見えてしまっている。差別をなくそうとしているのではなく、次の差別を作ろうとしている。
「・・・ふむ、残念です。我々が思う気持ちが伝わらないとは、あの方もさぞかし悲しんでおられるでしょう」
男はそういうと手を挙げて、周りの仲間に対して戦闘態勢に移るように促す。
「申し訳ありませんが、この現場を目撃したあなたには消えてもらうしかありません。安心してください。死体、きちんと燃やしますので」
何が安心してくださいなのかよくわからないが、この様子だと戦闘は避けられそうにない。
くそ、こちらも腹をくくるか。
「はあ」
気だるげな体を起こすようにゆっくり魔力を放出し、握りこぶしを作り戦闘の構えを取る。
俺はクレスが言っていた占いが早速的中し、ため息を吐いて自分の不運を強く呪った。
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