第3話 憂鬱と授業

 この学園に入学してから、数週間が経過した。


 周りの視線は変わらず冷たいが、そんなことにも慣れていき、俺は学生生活というものに順応し始めていた。


 本日も学園が用意しているⅮランク専用の寮にて起床し、身支度を整え始める。


 鏡に映るのは長身ではあるが、どことなくやる気のなさそうな雰囲気を出す黒髪の若い男だ。髪は前世と変わらない天然パーマなところを見るに、魂レベルに俺の毛根はひん曲がっているようだ。


 俺は無駄だとわかっているが丸くなった毛先を直そうと髪に櫛を通す。がしかし、まるで意味をなさずにビヨーンと元の丸まった毛先に戻ってしまう。


 そんなことをひとしきり繰り返し、やがて諦めた俺は教科書が入ったカバンを持つと、玄関を出て学園に向かい始めた。



 外に出て道を歩くと、俺と同じように学園に向かっている生徒がちらほら見えた。


 シルセウス学園が持つ敷地はかなりのもので、寮から学園まで歩いて30分程かかる。そのため学園まで馬車を利用する者も少なからずいる。


 道程には様々な建物が視界に入り、総合訓練場と呼ばれるドーム型の施設や、体を鍛えるトレーニングジムなどがある。金かけてんなぁー。


 こうして間近で充実した設備を見ていると、王国随一の学術機関という肩書きは確からしいと納得せざる負えない。



 しばらくすると、横に立ち並ぶ建物がいくつか見えてきた。ここが学生たちの授業を受ける場所で、建物は第一から第六までの番号で分けられている。


 俺は第三と書かれている建物に入り、廊下をのんびり歩いていく。


 しかし後ろから突然、大きな喋り声が聞こえてきた。


 振り返ると、そこにはAランクの学生だろうか、赤い魔石のピンをした者たち俺の後ろで三人並んで仲良く歩いていた。


 俺は彼らを避けるように急いで歩を進めようとするが、「おい」と急に声をかけられて捕まってしまった。


 やっべ、マズったな。


「お前Ⅾランクか?」


 襟のピンを見ながら問われた俺は「そうですけど・・・」と返事をすると、男はあからさまに舌打ちをして不機嫌になる。


「ちっ、雑魚が俺の前に歩いてんじゃねぇよ。知らねぇのかよ、ランクが低いものはランクが高いものが歩いてたら、道のわきに控えて頭下げんだよ。そんなことも分かんねぇのかよ」


 そう言われると隣にいたもう一人の学生が蔑んだ笑みをうかべてくる。


「おいおい、実力だけじゃなくて頭の方もダメなのかよ。終わってんなぁ!」


 その一言で周りがぎゃぎゃと爆笑する。


「す、すみません・・・」


 やはりカーストぽいところがあるところは前世の学校とかと変わらないが、ランクというものがある分その様子が非常に顕著になってしまっている。


 しかも学園側がそれを是認しているから尚更だ。


 だからこそ、このように同じ学園の生徒なのにもかかわらず、ランクが高いだけでまるで貴族のように接さなければならない。


 いや、俺も貴族だけど。しかも、爵位も高い伯爵だけどね。めんどくさいなぁ、と考えながらも俺は謝罪し、道を開けて頭を下げる。



 しかし。



「今さら、おせぇよ」


 と言われるといきなりボディーブローをくらわされる。


 流石、Aランクになれるだけあるのだろうか。なかなかに強烈な右フックだ。いや、まあ、たいして痛くないがね。これ以上のフックを神様から何万発も喰らっていたからね。今更って感じだ。


 しかし、心はおじさんなので若い子に殴られて心にヒビが入った気持ちだよ、うん。


 俺は一応痛そうに「うっ!」と苦悶の声を吐きだし、うずくまる。その後も男たちに何回か蹴られ、殴られる。廊下を通り過ぎる生徒たちからは、冷笑を浮かべられたり憐憫の目で見られた。


 一通り満足したのか男たちは殴るのをやめる。


「今回はこれぐらいで許してやるよ。次までにちゃんと雑魚なりのふるまいを学習しとけよ?」


 「は、はい」と答える。その返事を聞くとは興味を失くしたのか、奴らは再び歩き出してこの場を去る。去り際に「うっわ、ダッサww」と言い残しながら。



 俺は完全に奴らが去ったあと、何事もなかったように立ち上がり、制服についた汚れを手で払う。


 うん、まあ、あれだ。何も感じないわけじゃないがここで手を出すわけにはいかない。俺は落ちこぼれの、目立たないモブい奴にならなければならないんだ。


 「しかしながら朝からこれは堪えるな・・・」


 俺は憂鬱な気分になりながらも、次の授業に行くために再度廊下を進むのだった。







 一悶着ありながらも、ようやく俺は目的の教室へ到着した。


「アレスーー!こっちこっち!」


 教室に入ると手招きしながら大きな声で名前を呼ばれる。


「おはよう、メル」


 この声が大きいのはメル・マルチーズ。同じ一年生でピンを見ても差別しない、学園でできた数少ない俺の友達だ。


 赤味がかった茶髪のショートボブに、小柄な体格が特徴の可愛らしさのある少女で、ハキハキしていて常に元気のある性格をしている。


俺は彼女の隣の席に座り、カバンから教科書を取り出して授業の準備をする。


「今日は少しおそかったね」


「ああ、少し髪の調整に時間がかかった。悲しくも意味はなかったがね」


 俺は自分の髪を触る。


 実際には難癖をつけられて絡まれたからなのだが、そんなことを言ってもいらぬ心配をさせるだけなので話さない。


 若干、憂鬱な表情を浮かべていると、暗い様子を感じ取ったのか唐突にメルに頭をぐしゃぐしゃと撫でられる。


「はは、私はそのもじゃもじゃ好きだけどね!」


「コ、コラ!やめなさい!これ以上クルクルになったらどうしてくれんの!」


「えへへ」


 こうしてたまに俺が暗い表情を浮かべているとこうして毎回頭をぐしゃぐしゃと撫でてくる。こうした優しい一面は嬉しいが、これ以上髪が荒れると大変なので、必死に抵抗する。


 そんな俺を面白がってか、さらに執拗に髪をぐしゃぐしゃにされていると、講師の先生が教室に入って来た。


 俺たちはふざけるのをやめて前を向き、そうして講師の先生が授業の始まりを告げた。



 この授業は植生学という授業で、様々な植物についての知識を学ぶことができる。講師の先生は穏やかな雰囲気を出す初老男性で、ゆったりとした口調で次々に植物の紹介をしていく。


 なぜ、俺がこの植生学という授業を取っているのかの理由を聞かれれば、それはこの授業しか選択肢がなかったという答えが的確だろう。いや、この授業自体が必修ということじゃない。


 そうではなく、ランクのせいでこの授業を履修するしかなかったのだ。


 この学校ではランクが高ければ高いほど、優先的になんの授業を取るのかの選択権を得ることができる。そのため俺の様にランクの低い者は、選択の権利がなく自動的にこの授業を取るしかない。


 かくいう俺の横に座るメルもDランクではないが、黄色の魔石が埋め込まれたピンを身に着けていることから、Cランクであることが伺える。


「本日の講義は終わります。自由に退席してください」


 やがて長い講義が終わり、先生の口からそう告げられると、生徒たちはぞろぞろと教室から出ていきはじめる。


「ねぇねぇ、今日の放課後空いてたら魔法の練習に付き合ってほしいんだけど」


 メルから魔法の練習に誘われるが、俺は首を横に振り断る。


「悪い、今日もまた放課後用事があるんだ」


「え~、またバイト~?」


「そういうことだ」


「もう、なんでバイトなんてしているのさ。別にお金には困っていないんでしょ?」


「まあ、仕送りとかでお金には余裕はあるがあまり手を付けたくないんだよ。それにできれば入学金や授業料なんかも返していきたいし、そうしたら自分で稼いで返すのが一番だと思ってな」


「貴族でバイトしているとかホント聞いたことないよ・・・。変なところでちゃんとしているというか」


 そう言われるが「でもそこがアレスのいいところか」と笑いかけられる。


「でも、今日も魔法の練習か。熱心だな」


「それはもちろん!私は昇格試験を合格して、Bランクを目指しているからね!」


 この学園ではランクを格上げすることができる試験が存在する。それが年に二回ほど行われる昇格認定試験だ。


 合格率は毎回一割未満しかないらしいが、ランクが低いほとんどの生徒はこの試験での合格を目標としている。


 そりゃそうだ。ランクが高ければ受けられる恩恵なども多くなるし、何より学園内での立場も大きくなる。


 メルもそうした背景からか、この試験の合格を大きな目標としており、先ほども魔法学の教科書を見ながらこっそり内職をしていた。


「アレスは珍しいよね。だって昇格試験受けるつもりはないんでしょ?」


「俺は魔法を何一つ発動できないし、武術に関してもそんなに得意ではないからな」


 そんな風に軽く嘘をつく。


 まあ実際、魔法は一つを除き、全部発動できないのだから嘘は言っていないかもしれないが。


「ふぅん。でも、もし時間ができたらまた付き合ってよ。この前一緒に練習した時のあの魔力操作のアドバイス、すっごく参考になったからさ!」


「了解、まあ時間ができたらな」


「約束だからね!?じゃあ、私次の教室遠いからもう行くね。それじゃあ、また明日の二限の講義で!」


「おう、またな」


 そう互いに別れを告げ、それぞれ次の授業の講義に向かうのだった。




 だが、その日の放課後、俺は男子生徒の悲鳴を聞いた。




☆☆☆

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