第36話 絡まれる


「そもそも風属性というのは……」


「水属性魔法で基本中の基本のウォーターボールは……」


 僕以外の生徒が自分と同じ属性の教員の元へ集まり、同じ属性魔法を学んでいる。初めはオズとモニカが僕のことを気にしてくれていたけれど、2人は属性魔法を教えてもらいながら学んだ方がいいから、僕に気にせず向こうへ行ってもらった。


 午後からの授業は同じ学年のもうひとつのクラスと合同で行われているから、この広間には大勢の生徒がいる。ただ、2属性魔法のクラスだけは別の場所で授業が行われているみたいだ。


 僕はというと、いつも通り獅子龍王流の型を繰り返しているところだ。あとでクレイモア先生が組手の相手をしてくれると言っていたので、そのためにいつも通りの鍛錬をしながら身体を温めて準備をしている。


「ふ~……」


 武術を教えてくれる教員がいないことは少し残念だったけれど、元々武術の鍛錬はひとりでもできるし、リオネさんから獅子龍王流の新し参の型も教わったばかりで、鍛錬したいことは山ほどある。


「おい、そこの無能!」


 それにしても模擬戦かあ。村で大人とはゴード師匠や門番のみんなと組手をしたことはあるけれど、この学園では魔法を使った模擬戦になる。なんだかドキドキしてきたなあ!


「おいと言っている! 聞いているのかそこの無能!」


 おっと、いけない。型を繰り返している時に雑念は不要だ。型のひとつひとつをしっかりと繰り返し、それぞれの所作をより洗練された動きにしていかなければならない。僕もまだまだ集中力が足りないな。


「いい加減に話を聞け、この無能が!」


「……えっ、僕!?」


 獅子龍王流の型を繰り返すことに夢中で、僕が話しかけられていることに全然気が付かなかった。


「ようやくこちらを向いたかこの無能めが」


 振り向くとそこには午前中の算術の授業で手を挙げていたエルオくんがいた。その両隣にはエルオくんの席の両隣に座っていた2人もいる。


「無能って僕のこと?」


「お前以外に誰がいるんだ。聞いたぞ、貴様は属性魔法が使えないんだろ?」


「うん、そうだよ」


 どうやらさっきのクレイモア先生の会話を聞いていたのか、それか僕ひとりだけ属性魔法の教員に教わっていないからそう思われたのかもしれない。


「しかもお前はこの学園の入学試験で補欠合格だったらしいな」


「………………」


 あれ、どうしてそのことを知っているんだろう? 確か職員さんは補欠合格のことは発表されないって言っていたけれどな?


「エルオ様、間違いなくこいつです! 俺がこの学園の入学手続きをしている時、前にいて話していました!」


 エルオくんの右隣にいるメガネをかけた痩せ気味の男の子が僕を指差しながら叫ぶ。そうか、入学の手続きをする時に、職員さんと話していたことを聞いていたんだな。


 なるほど、確かにそれを聞かれたら、無能と呼ばれても仕方がないことなのかもしれない。それにしても、そのことを大声で叫ぶなんて、あんまりいい性格とは言えない気がする。


「お前のような無能がこの名門であるイーサム学園にいると、この学園の質が落ちてしまう。定期試験を待たず、今すぐに退学しろ!」


「えっ、嫌だけど……」


 いきなり何を言っているんだろう? そんなの嫌に決まっているじゃん。


「おい、おまえ! エルオ様の言うことを聞けよ!」


「そうだ、そうだ! 平民如きがエルオ様に逆らうんじゃないぞ!」


 エルオくんの周りにいる2人の男の子がそんな無茶苦茶なことを言う。メガネの痩せ気味の男の子と、もうひとりはだいぶ太った男の子だ。エルオくんも少し太っているけれど、それよりももっと太っている。


 ……あれ、もしかしてこれって絡まれているというやつなのだろうか? 前世では身体が弱くて、同情の目で見られることはいっぱいあったけれど、誰かに絡まれるという経験は初めてだ。なんだか新鮮な感じがして、ちょっとだけ嬉しいかもしれない。


「おい、何をヘラヘラしているんだ!」


 おっと、いけない。別に煽ったりする気はなかったんだけれど、こういうのが初めてだったから、ついニヤッとしてしまった。


「エルオ様、しかもこいつの右手は傷だらけですよ」


「本当だ。うわあ、気持ちわりい!」


 う~ん、3人に囲まれているけれど、全然怖くない。


 エルオくんたちが3人がかりでも、たぶんリオネさんにはまったく敵わないだろうし、なによりあのワイバーンに殺されそうになった僕にとって、同年代の子供3人に囲まれてもこれっぽっちも怖いとは思えない。


 それにこの右拳の傷跡は奇跡とは言え、僕が村のみんなを守れた勲章でもあるから、他の人にけなされたとしても気にならないんだよね。


「えっと、エルオくんは属性魔法の勉強をしなくてもいいの?」


「おい、平民風情が馴れ馴れしいぞ!」


「エルオ様と呼べ!」


「………………」


 エルオくん本人が何かを言う前に、横にいた2人が声を上げた。


「ふん、俺様のような天才をお前たちと一緒にするな。簡単な魔法しか教えなかったから、こちらで勝手に学ぶことにしただけだ」


 ……なるほど、午前中の授業と一緒で、すでにできることばかりだから抜けてきたのかな。

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