第31話 別れ


「おっと、もうこんな時間か! そろそろ学園の寮に行く時間だ。俺の方も村へ帰る馬車が出る時間だぜ」


「えっ、もうそんな時間かあ……」


 リオネさんが繰り返してくれた獅龍双蹴をひたすらに見て真似をしながら何度も何度も繰り返している間にもうそんな時間になってしまったらしい。


「リオネ殿、今回は本当に世話になったな」


「なあに、こちらとしてもよい気晴らしになったよ。それにうまそうな酒もいただいたことだしな」


 そう言いながらリオネさんはゴード師匠からもらったお酒を大事そうに抱え込む。本当にお酒が好きなようだ。


「あの、リオネさん。僕たちを弟子にしてくれませんか?」


 無事にイーサム学園の入学試験に合格したわけだし、僕たちはこれからこの街で生活をすることになる。


 村ではゴード師匠たちがいたけれど、この街には僕たちに稽古をつけてくれる人はいない。昨日は一度断られてしまったけれど、やっぱり僕はリオネさんに鍛えてほしい。


「昨日も言ったが、弟子を取る気はない。……ただまあ、お前たちも真面目に鍛錬していることだし、組手の相手くらいはしてやってもいいか。気が向いたら道場へ来るといい」


「本当ですか!」


「やったぜ!」


「やったあ!」


 よし、リオネさんから言質を取ったぞ!


「本当にいいのか? 申し訳ないんだが、こいつらやうちの村にはまともに払えるような報酬はないんだが……」


 そうか、うちの村ではともかく、普通の道場ならお金を払って武術を教えてもらうのが普通のことだ。そしてうちの村はそれほど裕福な村じゃない。


 まだほんの少しワイバーンを売った余分なお金があるけれど、3人分の授業料として考えたら全然少ない。それにこんなに大きな街の道場の授業料なんて、うちの村や近くの街じゃ考えられないほど高いんじゃないかな……


「なあに、これは私の気まぐれみたいなものだから別に構わないよ。そうだね、この道場の掃除や家事を少し手伝ってくれればそれでいい」


「そんなものでいいのか?」


「ああ。正直なところ、今時廃れたこんな武術を本気で学ぼうとしている子供がきてくれるのはありがたいことさ。ゴード殿にも少しはその気持ちが分かるんじゃないか?」


「……ああ、そうだな。なんだかんだで俺もこいつらに武術を教えるのは楽しかったもんだ。それにこいつらのおかげで、俺自身も昔よりだいぶ身体を鍛えられたからな」


「そういうことだよ」


「リオネ殿、本当に感謝する。今度来る時には山ほど酒を持ってくるぞ。今回は時間がなかったが、次はぜひ一緒に一杯やってくれ」


「おや、ゴード殿もいけるクチだったのかい? それじゃあ今度来た時には期待しておくよ」


「ああ! おまえらもリオネ殿には迷惑を掛けるんじゃないぞ。ちゃんとリオネ殿いうことを聞いて、道場の掃除や家事の手伝いをちゃんとやるんだぞ!」


「うん、もちろんだよ!」


「分かったぜ、父ちゃん!」


「モニカもお掃除頑張る!」


 たったそれだけのことで獅子龍王流の武術を教えてくれるのは本当にありがたい。弟子にはしてくれなかったけれど、この道場に通わせてくれるならまだチャンスはあるかもしれない。頑張って鍛えて、リオネさんに認めてもらえるように頑張ろう!




「オズ、エフォ坊、モニカ。3人とも身体に気を付けて頑張るんだぞ」


「………………」


「はい、ゴード師匠!」


「うん、モニカ頑張る!」


 学園の寮に入る時間となったので、リオネさんの道場を出て、イーサム学園の寮までゴード師匠に送ってもらった。僕たちはこれから学園の寮で生活することになって、ゴード師匠は馬車で村まで帰る。


 手紙でのやり取りはできるけれど、実際に村へ帰ることができるのは半年に一度の学園の休みの時だけだ。それまではもうゴード師匠とも会えなくなる。


 いざゴード師匠と別れることになると、本当に寂しい気持ちでいっぱいだ。特にオズもお父さんであるゴード師匠と別れるのが本当に辛そうだ。


「父ちゃん、俺はここで絶対に強くなって、世界最強の男になってやるからな!」


「おう、頑張るんだぞ、オズ!」


 オズがゴード師匠に抱き着いて、ゴード師匠がオズを抱きしめて頭を優しくなでている。オズもこれからしばらくはゴード師匠と会えなくなる。いつも男らしく強がっているオズも、やっぱり寂しいみたいだ。


 でも僕は父親に抱き着いているオズを恥ずかしいなんて思わない。むしろ僕もまだ村から離れて少ししか経っていないのに、お父さんとお母さんに会いたくなってしまった。やっぱり、お父さんとお母さんに会えないのは本当に寂しいなあ……


「3人とも何かあったらすぐに村へ手紙を送るんだぞ。すぐに俺たちが来るからな。それと絶対に無茶をしたりするんじゃないぞ。3人ともうちの村ではもう大人が勝てないくらいに頑張って鍛錬してきたが、お前たちはまだ子供なんだからな」


「分かっているって、父ちゃん!」


「分かった、ゴード師匠」


「モニカも分かった!」


 それは街へ来る時にお父さんとお母さんに何度も言われて約束をした。僕だって前にお父さんとお母さんと約束したことはちゃんと覚えている。でも、何が起きてもオズやモニカ、村のみんなを守れるくらい強くなってやる!

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