第24話 酔っ払いのお姉さん
「……返事がないね」
道場の入り口にある木でできた引き戸にノックをしつつ声を掛けてみたけれど、中からは誰も出てこない。
「さすがにこんな場所には誰もいないだろ」
「ねえ、早くあっちに戻ろうよ……」
ここは少し街の中心地から離れているせいか、モニカは少し怖くなったみたいで、オズと僕の服を掴んでいる。
もう一度ノックをしてみるけれど、やっぱり誰も出てこない。どうやら誰もいないみたいだ。
「残念だがこの街の獅子龍王流の道場はもう閉めちまったようだな。まあ、こればかりはしょうがねえよ。別の流派の道場の場所も聞いてあるから、そっちに行ってみるか」
「……うん、分かったよ」
どうやらこの街の獅子龍王流の道場はもうやっていないようだ。
残念だな、一度くらいちゃんとした獅子龍王流の稽古なんかを見てみたかったんだけれど……
「空いてるから勝手に入ってきていいよ」
「っ!?」
「きゃっ!?」
突然道場の中から女の人の声がした。僕だけじゃなくて、モニカも驚いて声を上げる。
びっくりした、中に誰かいたんだ。
「……邪魔するぞ」
ゴード師匠が警戒しながら道場の引き戸を開けて中に入っていく。僕たちもゴード師匠に続いて道場の中に入った。
「客人とは珍しいね。悪い、悪い。眠っていて気付かなかったよ。悪いが見ての通りこの道場はとっくに廃業しているんだ。武術を習いたいのなら、他にいくこったね」
「「「………………」」」
道場の中にいたのはひとりの女性だった。その女性は20代後半くらいで、この街にいた人たちの服とは少し違う、元の世界の着物のような服を着ていた。着物というよりは神社にいる巫女さんの服だろうか。何度か神社へお参りに行ったときに見たことがある服だ。
元の世界ではよく見かけていたけれど、この世界ではほとんど見かけなかった綺麗な黒色の長い髪を後ろに束ねている。髪と同じく黒い瞳の色をしていて、とても綺麗な女の人だ。
そしてこのお姉さんは床の間で横に寝っ転がりながら、右手に持った大きな盃を片手に昼間からお酒を飲んでいる。
「他には誰もいないのか?」
「ああ。残念ながら、今の道場に残っているのは私だけだね」
「……そうか、邪魔をした。残念だが、もうこの道場はやっていないようだ。他の道場へ行くぞ」
そう言いながら、ゴード師匠はこの道場をあとにしようとする。確かに、道場に入ってすぐ昼間からお酒を飲んで酔っ払った女性が寝っ転がっていたら、あまり関わりたくないと思うのは当然だ。だけど……
「ゴード師匠、ちょっと待って!」
「んっ、どうしたエフォ坊?」
道場を出ていこうとしたゴード師匠を引き留める。そして寝っ転がっている女性の前まで、歩いて進んでいく。
「初めまして、お姉さん。僕はエフォートと言います。僕と一度立ち会っていただけないでしょうか?」
「……ほう」
盃を傾けながら、僕の方を見定めるように目を細めている。
「お、おい、エフォ坊。いったい何を言っているんだ!?」
「……いいだろう。ここに来たのも何かの縁だ。一手立ち会ってやろう。まだ酒が残っているが、そいつは勘弁してくれよ」
そう言いながら盃に残っていたお酒をすべて飲み干し、盃を置いてゆっくりと立ち上がった。
それに対して僕は獅子龍王流の基本の構えを取る。
「ふむ、悪くないな……」
お姉さんは僕の構えをじっと見ている。対するお姉さんは構えなどは取らず、その場に立っているだけだ。
……否、立っているだけに見える。
「おいおい、マジかよ……」
ゴード師匠も気が付いている。お姉さんは一見普通に立っているだけのように見えるけれど、一切の隙がない。
やっぱりこのお姉さんはとんでもなく強い!
「……せいっ!」
身体能力強化魔法は使わずに、お姉さんの元へと一直線に突っ込んで正拳突きを放った。
「えっ!?」
しかし僕の右拳はいとも簡単にお姉さんに止められてしまった。しかも左手のたった
お姉さんが身体能力強化魔法を使った形跡はない。にもかかわらず、お姉さんの1本の指は僕の正拳突きをいとも容易く止めた。どんなに力を入れても、この1本の指は空中に固定されたようにピクリとも動かなかった。
「……この流れるような体裁き、やはり筋は悪くない。まだガキのくせに、よほど鍛錬を積んできたようだな」
しかも今の一撃だけで、僕が長い年月をかけて鍛錬してきたことを見抜いている。
「どうした、もっと本気で掛かってくるといい。見ての通り、私のことを心配する必要はないぞ。だが、さすがに魔法までは使うなよ。私はともかく、この道場が持たん」
「……っ! せいっ、せいっ!」
続けざまに今度はさっきよりも本気で正拳突きや手刀や蹴りを放っていくが、お姉さんはさっきと同様に1本の指と体裁きだけで、僕の攻撃をすべて裁いていく。
くそっ! お姉さんがただ者でないことは分かっていたけれど、まさかこんなにも僕の攻撃が届かないなんて! それならば……
「獅子龍王流壱の技、龍牙穿!」
僕が今放てる一番の攻撃を放った! これならどうだ!
「ほう、見事な練度だ。こいつは驚いたな」
「くっ……」
しかし僕の渾身の龍牙穿も先ほどまでと同様にお姉さんにまで届くことはなかった。ただ今回は指1本ではなく手の平だったから、さっきよりはまだマシなのかもしれない。
だけど、僕にはこれ以上お姉さんに攻撃を与えるイメージがまったくわかなかった。
「……僕の負けです。ありがとうございました!」
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