第11話 無力な子供


「俺を含めて怪我をしたやつらは大勢いたが、死んだやつはひとりもいねえ。お前のおかげで俺もモニカも、村のやつもみんな助かったんだぞ!」


「本当! よかった!」


 ゴード師匠の言葉に胸をなでおろした。村のみんなは全員無事だったんだ、本当によかった……


「本当によくやってくれた! 偶然とはいえ、お前があのワイバーンに立ち向かってくれなければ、みんな死んでいた。さすが俺の弟子だぜ!」


「押忍!」


 ゴード師匠の言葉はとても響いた。僕がこれまでずっと鍛錬を続けてきたことには意味があった。たとえ偶然で僕ひとりの力でなくても、あのワイバーンを倒すことができたんだ!


「エフォート、とっても格好良かった!」


「ありがとう。モニカも助かったんだから、もう泣かないで大丈夫だよ。モニカが無事で本当によかった」


「うん!」


 モニカがようやく笑ってくれた。やっぱりモニカは笑っている顔が一番可愛らしい。モニカを守ることができて、心の底からよかったと思う。


「エフォート――」


 パシンッ


「えっ……」


 家の中に乾いた音が響き渡った。


 お父さんが――いつも優しくて、悪戯をしても一度も僕に手を上げたことのなかったあのお父さんが平手打ちをした。


 激痛の走っている右拳とは別の熱い痛みが右の頬に残る。


「えっ、お父さん。なんで……」


「お、おい、アレグ……」


「ゴードは黙っていてくれ!」


 そこにいつも笑顔で優しい顔をしているお父さんの顔はなく、真剣な面持ちをして僕を見つめていた。


「どうしてワイバーンから逃げなかったんだ?」


「だ、だってモニカが、みんなが……」


 ワイバーンに殺されそうになっているモニカとゴード師匠の姿を見たら、身体が勝手に動いていた。確かに危なくなったら逃げるとお母さんと約束していたけれど、そんな選択肢は頭の中から吹き飛んでいた。


「お前はまだ子供だ!」


 お父さんがはっきりと言う。


「確かにエフォートはみんなの命を救った。だけど今回はとてつもなく運が良かっただけで、本当ならみんなだけでなくお前まで死んでいたんだ」


「ううっ……」


「どんなに鍛えてしていたとしても、エフォートはただの子供なんだ。勇気と無謀は全然違う、ワイバーンに子供がたったひとりで立ち向かうのはただの無謀だ!」


「……ご、ごめんなさい」


 間違いなくお父さんが正しい。今回は奇跡が起きてくれただけで、本当なら僕という犠牲がひとり増えただけだったじゃないか。


 中途半端な攻撃を仕掛けたせいでワイバーンが逆上して、もっとひどい結果となっていた可能性だって十分にあった。


 ただみんなを助けたいという気持ちでは何も救えない。僕は無力な子供だ。この世界で大切な人達を守るためには確固たる力が必要なんだ……


 ガバッ


「お、お父さん? お母さん?」


「だけどよく生きていてくれた! よくみんなを救ってくれた! 何もできなかった俺と違ってお前は最高の息子だ!」


「エフォート、生きて帰ってきてくれてありがとう! あなたは私たちの誇りよ!」


「うう……お父さん、お母さん、心配かけてごめんなさい!」


 僕を抱きしめてくれる2人の両腕の力強さと2人の目から零れ落ちる大粒の涙から、お父さんとお母さんがどんなに僕を心配してくれていたのか痛いほど伝わってきた。


 お父さんとお母さんにこれほど愛されていたのだと分かると、僕はこの世界に来てから初めて心の底からわんわんと大泣きした。それはもう、年相応の子供くらい泣いてしまった。


 村のみんなに見守られながら大泣きし、その日はそのまま疲れ果てて眠ってしまった。





 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「よし、これで右手をしばらく安静にしていれば大丈夫だ」


「先生、ありがとうございました」


「ありがとうございました!」


 次の日、村のお医者さんに僕の右手を改めて診てもらった。もちろん昨日のうちに治療自体はしてもらっていたけれど、骨折や怪我の具合を詳しく診察してもらったのだ。


「なあに、エフォートが村を救ってくれたんだって聞いたから気にするな。それよりも骨折は綺麗に治ると思うが、その傷だらけになった拳の傷は綺麗に治らないかもしれないぞ」


「腕が動くなら全然大丈夫だよ!」


 ワイバーンの金属のように堅い鱗を身体能力強化魔法を使った子供以上の力で思いっきりぶん殴ったことによって、今僕の右拳は折れてしまっている。しかもそれだけでなく、ワイバーンの鱗は堅いだけじゃなくてギザギザしていたため、皮膚もズタズタに被れ血がまみれになっていたらしい。


 多少傷が残ったとしても、右手が今まで通りに動くのなら特に問題はない。


「はは、男の子は元気でいいな。それじゃあ、また1週間後に」


「よろしくお願いします、先生」


 お父さんとお母さんと一緒に先生を見送った。


「エフォート、しばらくは安静にしていろよ」


「うん、拳を握らない型だけにしておくから大丈夫だよ」


「……ちゃんとおとなしくしておくんだぞ」


 お父さんが諦めの混じった声でそう言う。今までも体調が悪い時でもずっと鍛錬を続けていたから、今ではお父さんもあきらめ気味だ。


「ねえ、あなた」


「ああ、分かっている。エフォート、ひとつだけ約束してほしいことがある」

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