第10話 龍牙穿
「エフォート!」
「オズ、大丈夫か!」
「頼む、じいちゃんとばあちゃんを避難させるのを手伝ってくれ!」
オズがおじいさんとおばあさんを背中に背負っていた。10歳のオズの力だけだとさすがに難しいから、多分風魔法を使っているのだろう。
「もちろん。おじいさん、こっちに!」
オズのおじいさんを背中に背負う。日ごろから鍛錬をしていたおかげで10歳の僕でも難なく背負うことができた。
「エフォート、すまないねえ……」
オズのおじいさんとおばあさんは僕やモニカがオズの家へ遊びに行くと、いつも果物やおやつをくれる優しいおじいさんとおばあさんだ。
「こんなの余裕だよ! なんたって僕たちはゴード師匠の弟子だからね!」
「エフォート、ありがとう!」
「いいからさっさと逃げよう。今みんなが必死で足止めをしてくれている!」
この状況で誰もオズのおじいさんとおばあさんの避難を誰も手伝っていないことには驚いたけれど、たとえ同じ村に住んでいたとしても自分の家族を優先するのは当然のことなのかもしれない。
「よし、ここまでくればもう俺ひとりでも大丈夫だ」
「うん、僕は村のみんなの避難が終わったことをみんなに伝えてくるよ」
「エフォート、本当に助かった!」
「当然だよ!」
森が見えたところで、おじいさんをもう一度オズの背中に乗せて、僕は来た道を戻る。これで村の人全員の避難が終わったはずだ。足止めをしているみんなにそれを知らせて全員で逃げるんだ。
頼む、ゴード師匠、みんな! 間に合ってくれ!
「ギャアアアアア」
だけど村へ戻ると、そこには信じられない光景が広がっていた。
破壊された多くの家の残骸が周囲に散らばり、その周りには村の男の人たちが倒れている。そしてそこにはまだ健在しているワイバーンの姿があった。
「な、なんでモニカが!?」
さらに村長や両親と一緒に別の村の会合に行っていたはずのモニカがなぜかワイバーンの眼前にいた。そして傷だらけのゴード師匠がモニカをかばうようワイバーンの前に身を呈していた。
誰も立ち上がっている人はひとりもいない。みんなワイバーン1匹にやられてしまっていた。
そしてワイバーンはその鋭い牙の生えた口を大きく開き――
「うあああああああああああ!」
モニカが死ぬ、ゴード師匠が死ぬ、みんなが死ぬ――
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!
「エフォ坊……逃げ……ろ……」
「エフォート、逃げてええええ!」
気が付けば僕は身体能力強化魔法を全身にかけて疾走していた。
人の死――
前世で僕は幼いながらも、何度も入院していた病院でそれをたくさん見てきた。
残された遺族たちによる哀しみの涙や悲痛な叫び――
そして最期には父さんと母さんの悲痛な表情を目にしながら僕自身の死を味わった。あんな最低最悪の思いをこの世界では味わいたくない!
「獅子龍王流壱の技――」
獅子龍王流で僕が使える唯一の技。型を武術の基本的な動作の流れとするならば、技はその型の流れからより破壊力のある一連の動きを編み出したものだ。
握りしめた右拳を上に向け、左手の二の腕を発射台に見立て、拳を半回転させながら敵を穿つ突き。
何千回、何万回と、今まで数えきれないほど積み重ねてきた経験が、こんな極限の状態でも僕の身体を自然と動かしてくれた。
「ギャア!」
ワイバーンがこちらに気付き、大きな口を開けて恐ろしい形相でこちらを睨みつけている。ワイバーンの赤い瞳には確かなる殺意が溢れ、その獰猛な口元にあるおびただしい数の鋭い牙が僕を狙っていた。
だけど僕は止まらない――止まれない。
身体能力強化魔法をかけた右足で大地を踏み切り、今の僕の全身全霊すべてを込めた右拳をワイバーンの額目がけて一直線に放つ。
「
小柄な僕の動きについてこれなかったのか、僕の攻撃を意にも介していないのかは分からないが、僕の右拳がワイバーンの額へと届いた。
「――っ!」
その瞬間右拳に激痛が走り、ぐしゃりという肉の潰れたようなとても嫌な感触が伝わった。
「ギャアアアアア!」
全身全霊すべてを込めた僕の拳はワイバーンの強固な鱗によって阻まれた。
駄目だ……ワイバーンはまだ……生きている……
せめてみんなの盾に……
「エフォ坊……」
「エフォート!」
ゴード師匠とモニカの声を聴きながら、右拳の激痛によって僕の意識は消失していった――
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「うう……」
ここはどこ……僕は生きているの?
「エフォート、エフォート!」
目を開くと、そこには涙と鼻水でくしゃくしゃになったモニカの顔が目の前にあった。
「モニカ……?」
「「エフォート!」」
「お父さん……お母さん……」
モニカの顔の後ろにはお父さんとお母さんの悲痛で――だけど少しだけ安堵の含まれた顔が見えた。
ああ……前世の父さんと母さんに何度もさせてしまった顔をこっちの世界のお父さんとお母さんにもさせてしまった。もうそんな顔をさせるつもりはなかったんだけどなあ……
……あれ、でもなんで僕は生きているんだ?
「気付いたかエフォ坊」
「ゴード師匠! あれ、ワイバーンは! ……痛っ!?」
「おい、動くな。ワイバーンならお前のおかげで倒すことができた」
「僕のおかげ……でも、僕の拳はワイバーンには……」
気を失う前の最後の記憶を遡る。僕の全身全霊の拳を額に受けたワイバーンはピンピンしていたはずなのに……
「お前の拳を受けたワイバーンはあの後すぐに倒れた。エフォ坊は知らなかっただろうが、生き物は頭に強い衝撃を受けると、まともに動けなくなることが稀にあるんだ。その間にワイバーンには止めを刺したから安心しろ」
……脳震盪というやつか。どうやら僕がワイバーンの額に放った全身全霊の龍牙穿は偶然ながらワイバーンに脳震盪を起こしたようだ。
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