第3話 獅子龍王流
「これが我が
獅子龍王流――なんだかものすごく強そうな流派の名前だ。これは否が応でも期待してしまう!
「セイッ、セイッ」
ゴードさんは掛け声と共に流れるような動きで、 獅子龍王流という武術の型を実際に見せてくれた。そして僕はそのゴードさんの一連の動きに一目で心を奪われた。
徒手空拳で繰り出されるその拳や足の技。素人の僕にはそれぞれの動きの意味なんてこれっぽっちも分からなかったけれど、ゴードさんの洗練された一連の動きは何かを惹きつけるような魅力があった。
セイッ、という掛け声と共に宙に放たれるゴードさんの鋭い拳や足は、宙にある見えない何かを正確に撃ち抜いていくように思えた。
「……ふう、こんなもんだ。別にそんなに大したもんじゃなかっただろ?」
「何言っているんだよ、すっげー格好いいぜ、父ちゃん!」
「ゴードおじちゃん、格好いい!」
「だっはっは! そうかそうか、そいつは嬉しいぜ」
息子であるオズとモニカに褒められて目じりが緩むゴードさん。僕はそんなゴードさんの目の前に出た。
「ゴードさん!」
「おっ、おう。突然どうしたんだ、エフォ坊!?」
「僕を弟子にしてください!」
「「「弟子!?」」」
僕は子供ながらに頭を目いっぱい下げた。
「おっ、おいおい。別に俺は獅子龍王流を学んだが、そこまで大した腕は……いや、所詮は子供のままごとか。よし、いいだろう。エフォ坊、お前を俺の弟子にしてやるよ」
「ありがとうございます!」
よし、言質は取ったぞ! 多分ゴードさんは所詮子供の一時的な遊びか何かとも思ったんだろうな。
「ずるいぞ、エフォート! 父ちゃん、俺も父ちゃんの弟子になる!」
「わ、私も!」
「だっはっは、いいだろう。オズとモニカちゃんも、まとめて俺の弟子にしてやるよ!」
「本当か! やったぜ!」
「やったあ!」
こうして僕たち3人はオズの父親であるゴードさんの弟子となった。
「セイッ、セイッ」
「おいおい、何をやっているんだ、エフォート?」
お父さんが家に帰ってきて、さっきゴードさんに教わった獅子龍王流の壱の型を繰り返し行っている僕にそう尋ねた。
「あっ、お父さん、お帰りなさい」
「おかえりなさい、あなた。どうやらオズくんとモニカちゃんと一緒にゴードさんの弟子になったそうよ」
さっきからお母さんはそんな僕を微笑ましそうに見守ってくれていた。
「ゴードの? まったく、あいつも何を考えているのか……大方子供たちに褒められていい気になったんだな。とはいえ、子供たちにとっては運動になるから別にいいか」
「ええ。それにこの子たちがいろんな場所で暴れ回っているよりも、大人しく村の中で運動しているほうがいいわ。ゴードさんには明日お礼を言いに行かないといけないわね」
「お母さん、僕はそんなに暴れ回ってなんかいないよ」
僕はそんなふうに子供のように話している。お父さんやお母さんには前世の記憶があることは秘密にしている。いつも優しいお父さんとお母さんに秘密があることはとても後ろめたいけれど、さすがにこんな突拍子のない話をしても2人のほうが困ってしまうからね。
「そんなことを言って、この前は門限を過ぎても帰ってこなかったじゃない。本当に心配してみんなで村中を探したら、3人で遊び疲れて空き家で眠っていたでしょ」
「うっ、あの時はみんなで虫を探していた遅くなっちゃって……ごめんなさい」
「ふふ、ちゃんと謝れて偉いわよ、エフォート。でも今度からはちゃんと気を付けるのよ」
そう言って頭を撫でてくれる優しいお母さん。お母さんは事あるごとに僕の頭を撫でてくれるけれど、僕の中身は中学生だから少しだけ恥ずかしかったりする。
「はは、男の子は元気すぎるくらいがちょうどいいぞ。でもエフォートは本当に昔から好奇心旺盛だったよな。畑に連れていった時も、ただの畑なのにものすごく喜んでいたよな」
前世ではずっと病院で入退院を繰り返していたから、実際の畑を見ることなんて初めての経験だった。確か小学校の頃にどこかの校外学習みたいなのがあったけれど、当然僕は行くことができなかったんだっけ。
この世界に転生してきてから、周りにある物すべてが輝いて見える。その辺りに生えている草も、その草によじ登っている虫たちも、空を自由に飛び回る小鳥さえも、目の前にあるそのすべての物が僕の目には興味深く映っている。
多分だけれど、これまでは僕の身体のせいで周りのことに気を配る余裕がなかったんだと思う。
「うん、今度はお父さんの畑を手伝うんだ!」
「おっ、そうか。エフォートが手伝ってくれると父さんも嬉しいぞ!」
お父さんはこの村で畑を耕して野菜を育てている、いわゆる農民だ。でも僕は農民であるお父さんを尊敬している。正直なところ、前世では農民なんかと少し馬鹿にしていたけれど、お父さんの農作業を見ていたら、もうそんなことは口が裂けても言うことができない。
毎朝早く起きて農作物の収穫や畑に異常がないかを確認する。忙しい収穫時期は当分の間、朝から晩まで働かなければならないかなりの重労働だ。だから僕も早く大人になってお父さんを手伝いたいとずっと思っている。
「それにしても、まだまだ先は長いみたいだな」
「あなた! いいのよ、エフォートがやりたいと思う気持ちが大事なのよ」
「おお、そうだな。エフォート、初めはみんなそんなもんだぞ。こういうのは続けることに意味があるんだ」
……お父さんとお母さんが言いたいことも分かる。今僕がやっていた型は到底型と呼べるようなものではなかった。キレもなく、スピードもなく、力もない。多分こんなんで何かを叩いたら、僕の柔らかい腕のほうが折れてしまいそうだ。もっとはっきり言うと、これはただの子供のお遊戯だ。
それでも僕は今、この型をひたすら繰り返すことが心の底から楽しかった。身体を自由に動かせることに対する喜びもそうだけれど、ゴートさんの見本となる型を心の中でしっかりとイメージして、それに近付けるように身体を動かすことがこんなに面白いとは思ってもいなかった。
きっと前世でスポーツに打ち込むような気持ちと同じなのかもしれない。これでも一番最初に型を習った時よりはだいぶマシになってきた。
その日僕は疲れ果てて眠るまで、ずっとその型を繰り返していた。
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