第2話 武術との出会い


「お父さん、お母さん、遊びに行ってきます」


「気を付けるんだぞ、エフォート」


「森には行っちゃだめよ」


「うん、もちろん分かっているよ!」


 ――僕がこの世界に生まれてから7年の年月が過ぎた。


 どうやら僕――橘努たちばなつとむは死んでしまって、別の世界にやってきたと幼いながらに理解するまでそう長くはかからなかった。


 今目の前にいる金髪碧眼の男女はこの世界の僕のお父さんとお母さんだ。僕はお父さんのアレグとお母さんのレオナの第一子としてエフォートと名付けられた。


 こちらの世界の言葉を少しずつ覚えて、言葉を喋れるようになったのはいいけれど、初めのころは2人をお父さんとお母さんと呼ぶことに少しだけ抵抗があった。僕の父さんと母さんは元の世界でまだ生きているから、こちらの世界の生みの親とはいえ、父さんと母さんと呼び辛かったんだ。


 だけど、この2人も僕に深い愛情を注いでくれることが分かって、自然とお父さんとお母さんと呼ぶようになった。


 そしてこの世界に生まれて、僕の身体は健康になった。いつ起こるか分からない胸の発作におびえることはなく、思いっきり走っても胸の動悸がすることもなく、お腹いっぱい食べても気持ち悪くなることはなくなった。


 もちろん、なにか特別な力を授かったりするようなことはなかった。それに元の世界の知識があるといっても、こんな小さな村で7歳児の僕にはほとんど意味がない。もっと村の生活が良くなるような知識を得られる本を読んでおけば良かった。


 だけど僕にとって、この健康な身体は元の世界でずっと憧れていたものだった。




「遅いぞ、エフォート!」


「おはよう、エフォート」


「オズ、モニカ、おはよう。ごめん、お母さんのご飯を味わって食べていたら遅くなっちゃった」


 待ち合わせている場所に行くと、そこには僕よりも少し身体の大きな茶色い髪をした男の子と、茶色いボブカットをした小柄な女の子が僕を待ってくれていた。2人の名前はオズとモニカ。


 僕が生まれ育ったこの村で同年代の子供はこの2人だけだ。この村の人口はそこまで多くはないから、同い年の子供がいるだけでも珍しいらしい。


「エフォートの母ちゃんのご飯はおいしいもんな。でも、たまには腹いっぱい肉を食べてみたいぜ」


「何言ってんだよ。あれだけおいしいご飯が食べられるんだから、文句を言うなんて罰が当たるぞ!」


 確かにこの世界の食事の文明レベルは僕が元いた食生活豊かな日本とは比べ物にならないほど低い。だけどオズは病院の流動食を知らないからそんなことを簡単に言えるんだ。あれに比べたら、たとえ塩味の野菜炒めだけでもおいしいんだからな!


 それにこっちの世界の野菜は元の世界の野菜よりもおいしく感じる。もしかしたら食事にいろいろな制限があった俺だから言えることかもしれないけれど。


「そうだよ、ご飯が食べられるだけでもお父さんとお母さんに感謝しないと駄目だよ」


「ちっちっち、2人とも何言っているんだよ。王都には俺たちが今まで食べたことがないすっげーうまい肉なんかが山ほどあるんだぞ! 俺はいつか絶対にこんなちっぽけな村を出て、王都で冒険者になるんだ!」


 オズは事あるごとに王都のことを口に出す。この村は王都からはだいぶ離れているが、王都に行ったことのある行商人たちがたまに訪れてくる。オズはその時に行商人たちから聞いた王都の話に一瞬で心を奪われてしまったらしい。


「冒険者なんてやめておきなよ。お父さんもお母さんも危ないって言ってたよ……」


「モニカの言う通りだ。この村の何がいけないんだよ。自然もあってご飯もおいしくて言うことなしじゃん」


「そんなことをこの村で言ってるのはエフォートくらいだぞ。父ちゃんや母ちゃんだっていつかは王都で暮らしてみたいって言ってるぜ!」


「そりゃ僕だって王都には行ってみたいけれど、生きて暮らしていくんならこの村で十分過ぎるよ。今度お父さんの畑を手伝わせてもらうんだ」


「……本当にエフォートは変なやつだな。男なら世界最強になってお金持ちを目指そうぜ!」


「せかいさいきょう?」


「誰よりも強いってことだよ」


 オズの言葉をモニカに説明する。たぶんまた行商人のおっちゃんたちに影響されてそんな言葉を覚えたんだろうな。


 まったく、オズに冒険者なんて教えないでほしいよ。確かにこの世界には冒険者という職業がある。だけど冒険者の中でも有名になって大きな富と名声を手に入れることができる人たちはほんのわずかだ。それに命の危険は他の職業の比ではないくらい大きい。


「冒険者になるために俺は今から身体を鍛えているんだぞ。見てろ、てい! てや!」


 そう言いながらオズはえいえいとパンチやキックのつもりで前に手や足を繰り出すが、なにせ7歳児がやっていることだから変な踊りを踊っているようにしか見えない。


「はあ……はあ……これが父ちゃんに教わった武術の型だぞ。どうだモニカ、格好いいだろ!」


「……よくわかんないよ」


 モニカは正直だな。せっかくオズがモニカの前で格好つけているんだから、もっと褒めてあげればいいのに。


「ちぇっ、どうせ女には分かんねえよ。なあ、エフォート」


「うん、格好良かったよ! オズ、せっかくならゴードさんが実際にやっているところを見てみたいな!」


 正直に言って格好いいは少しお世辞だったけれど、オズが使っていた武術の型というものには興味がある。オズの父親のゴードさんはこの村の門番をしている人で、強い人だとお父さんは話していた。


「へっへ~しょうがないな。父ちゃんには俺が話してやるよ!」


 僕に褒められたことと、父親に興味を持たれたことが嬉しかったようで、オズは気分よく僕達を村の入り口まで案内してくれた。




「ちょっと見張りを頼む。オズ、それにエフォートとモニカじゃないか、どうしたんだ?」


 村の入り口に行くと、そこには村の小さな門があって、武装して見張りをしている村の人が3人いた。その中で口ひげを生やしたオズの父親であるゴードさんがこちらにやってきた。うちの村は比較的平和だから、見張りをすると言っても、常に気を張っているわけじゃないみたいだ。


「父ちゃん、エフォートとモニカに昨日俺に見せてくれた武術の型を見せてやってくれよ!」


「んん、別にいいけどよ。あくまで型だからそんな格好いいもんじゃねえぞ」


 こうして僕はこの世界の武術というものに出会った。

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