積み重ねた努力は才能を凌駕する〜魔法社会で廃れた武術を極めようとせし少年、拳聖への道を歩む〜
タジリユウ@カクヨムコン8・9特別賞
第1話 異世界転生
「ゲホッ、ゴホッ」
胸が締め付けられるように痛い……
日ごろから付き合っているこの胸の痛みだけれど、今日の痛みはいつもの比ではない。あまりの激痛に意識が飛びそうになるのを唇を噛みしめてなんとか踏みとどまっている。
ピピピ、ピピピ
「先生、バイタルが危険域です!」
「ストレッチャー急いで!」
僕につながれているコードの先にある心電図モニターからは大きな電子音が鳴り響く。入院してからずっとお世話になっていた看護師さんと先生たちが周りで必死になって僕を助けようとしている姿がぼやけた視界の端に映る。
幼いころから病弱で頻繁に入退院を繰り返した僕は先日大きな発作が起こって集中治療室に運ばれた。その時はなんとか持ちこたえることができたけれど、相当危険な状態であることは周りの反応から簡単に想像できた。伊達に子供のころから入退院を繰り返していたわけじゃない。
今度発作が起こったら、もう助からないかもしれない……僕はそう覚悟していた。
……いや、それは嘘だ。覚悟なんてまったくできていない。今際の際になった今でも死にたくない、まだ生きていたい――そう心の底から思ってしまう。
まだ僕にはやりたいことがいっぱいあった。もっと思いっきり自由に身体を動かして友達と一緒に遊びたかった。写真や動画でしか見たことがないたくさんの場所に行ってみたかった。好きなものを食事制限なしでいっぱい食べてみたかった。誰かを好きになり、結婚して子供を作って幸せな家庭というものを作ってみたかった。大人になるまで生きていたかった。
「
「神様、お願いします! どうか努を助けてください!」
そしてなにより――僕の大好きな父さんと母さんを悲しませたくはなかった。
くしゃくしゃな顔をしながら、僕の右手を必死に握りしめてくれている父さん。いつも優しく僕を抱きしめてくれるたくましい父さんの腕にはいつも憧れていたよ。一度僕が発作を起こして救急車で運ばれている時に、救急車が渋滞で動けなくなったことがあった。その時に父さんは僕を背負って病院まで走ってくれたよね。あの時の父さんの背中は僕の心の中にずっと焼きついていたよ。
父さんと同じくらい涙と鼻水を流しながら僕の左手を必死に握りしめてくれている母さん。どんな時でも優しく微笑みかけてくれる母さんの笑顔が大好きだった。僕が笑うと母さんも優しく笑ってくれるから、僕はどんなに辛くてもずっと笑っていられたんだ。母さんが僕のために作ってくれたおいしいご飯はいつも楽しみだったよ。
物心ついたころに僕がみんなと違うことを知った。普通の人は僕みたいに少し運動したら胸が苦しくなったり、食事にいろいろな制限はあったりないんだと知った時は、幼いながらもそのすべてを恨んでしまった。
こんな僕の運命と何もしてくれない神様を恨み、憎み、
僕の人生の中で、唯一あのことだけは本当にやり直したかったなあ……
「ゴホッゴホッ……」
ありがとう――父さんと母さんの子供に生まれて僕は本当に幸せだったよ。父さんと母さんがいたから、僕はこんなにも不自由な人生をもっと生きたいと思えるようになったんだ。
本当のことを言うと、何度も何度も死にたいと思った。ただみんなに迷惑をかけ続けるだけのこんな人生なんかもういらない、早く死んで楽になりたいって何度もそう願ったよ。
でも、僕の病気が少しでも良くなる度に、父さんと母さんは笑顔でとっても喜んでくれたよね。そんなふうに父さんと母さんが笑ってくれたから、僕は頑張って病気と闘って、未来に希望が見えたんだよ。
「はあ……はあ……」
「努!」
「お願いします! お願いします!」
――でも、もうそれも終わりみたいだね。なぜだかわからないけれど、僕にはそれが分かる。でもまだ駄目だ、まだ父さんと母さんにお別れの言葉を伝えていない。短いけれど、これまでの僕の全部、届いてくれるといいな。
「大……好き……愛してる……」
今まで僕を愛してくれてありがとう。いっぱいいっぱい愛してる。もしも生まれ変わることができるなら、健康な身体でもう一度父さんと母さんの子供に生まれたいなあ。その時は今度こそ、父さんと母さんにいっぱい親孝行をするんだ。
神様、もしも僕の短い人生に少しでも同情してくれるなら、どうか父さんと母さんを幸せにしてください。僕はもう父さんと母さんからいっぱいもらいました。だから、何も返すことができなかった僕の代わりに、どうか父さんと母さんに僕の分の幸せを――――――
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「……ふぎゃあ」
あれ、僕は生きているのか?
なんだか視界がボーっとするけれど、胸にあった鋭い痛みが消えていた。それになんだか身体がいつもよりとても軽い気がする。だけど、視界がぼやけていてよく見えない。
「■■■■■■■■■!」
うわっ、誰だ!
見たことがない金髪の外国人の男が僕を抱き上げた。いくら僕が病弱で体重は軽いと言っても、12歳にもなる僕を軽々持ち上げるなんてとんでもない力の持ち主だ!
父さんと母さんはどこ!
この人たちは誰なんだ!?
「■■■■■■■■■!」
「□□□□□□□□□!」
さらに金髪の男はもっと上に僕を持ち上げた。すると、金髪の男の隣にもうひとり金髪の女性がいて、僕の方を見上げてきた。2人の喋っている言葉は僕には何ひとつ理解できない。
「ふぎゃあ、ふぎゃあ!」
下ろしてくれ、そう叫んだつもりだっただが、僕はうまく言葉を発することもできない。両手を使って金髪の男の手を掴もうと思って、ようやく僕の両手が短く、身体がとても小さいことに気が付いた。
どうやら僕は赤ちゃんになってしまったらしい。
―――――――――――――――――――――
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