023 ソフィア・オーリアルス
俺がこの王都に来てから一番驚いたこと。
それは、ソフィア・オーリアルス王女だ。
「……まだ、もう一回お願いします。エリオット」
「もう十分だろ。それに君は強いよ」
「もっと頑張りたいのです」
原作主人公である彼女は、将来、皇帝陛下と共に俺を倒す予定だった。
主人公ってのは元から強いのではなく、成長して強くなっていく。
それは彼女も例外ではなく、日に日に研鑽を積んでいる。
暗黒協会に囚われてしまったのは、原作にはない改変のせいだ。
学園も無事に入学できた上に、シルクとの手合わせ、俺とも何度か戦って原作を超えた強さを誇っている。
にもかかわらず訓練を辞めないのだ。
それでいて王女としてやるべきことは多い。
学園での勉学では常にトップクラスでないといけないし、外交、舞踏会、茶会。
一度しか会ったことのない人と数年後に会っても名前を憶えておかないなんて、地獄だなと思う。
それでも彼女は白鳥みたいに優雅だ。
どれだけ疲れていても人前で決して見せることはないし、辛いと口にすることもない。
以前、皇帝陛下に突然に感謝された。
「エリオット、ソフィアの良き友になってくれてありがとう。シルクにも伝えたが、お前たちと会うまでは常に1人だった。私が原因だが、申し訳ないと思っていたのだ」
「ソフィアはそんなことは思ってないよ。むしろ、王女という立場に誇りを持っている。自分の言葉一つで国を変えることができる。確かに重圧はあるだろうが、国を良くできるなら嬉しいと言っていたよ」
「……そうか」
だがこれは半分本当で、半分が嘘だった。
原作でソフィアは葛藤している。
もっと女の子らしい生活をしたかった。一般人に、貴族に、平民ならあんなことやこんなことができたと。
だが俺はソフィアの口から聞いたことはない。
そして俺は、それとなく尋ねてみた。
王女としての立場で、疲れていないかと。
するとソフィアは、王城の渡り廊下、空を見上げながら微笑んだ。
「疲れています」
「……え?」
「ですから、疲れていますよ」
あまりの真っ直ぐな主張に思わず目を見開く。
すると、ふふふと笑い始めた。
「なんで驚いてるのですか。あなたが聞いたのですよ」
「あ、ああ。いや、そこまでハッキリと言われると思わなくてな」
「そうですね。私も不思議です。エリオット、あなたの前なら本音が話せます。でも……嬉しくもあります。私を慕ってくれている兵士や王都の皆さん、最近は学生という身分にもなれました。同級生にはまだ距離を置かれていたりしていますが、それでも楽しいのです。合格までお手伝いをしてくれた、エリオットのおかげですよ」
「……いや、俺は何もしてない。君は合格してたよ」
「そんなことはありません」
「あるんだ。だから、もっと休んでいい。頑張らなくていい。もっとゆっくりしてくれ」
俺は彼女の側近として暗躍している。
順調に悪は減って言っているし、家賃分ぐらいは働く予定だ。
だから休んでもらっても構わない。
「あなたは本当に優しいですね。シルクちゃんが慕っているのがよくわかります」
「勘違いだよ。俺はいつも自分のことしか考えてない」
「いえ、確かに自分のこともあるでしょう。ですが、他人の幸せも考えてくれています。偽善ではなく、エリオットはしっかりと自分の意思を持っています。自らを幸せにしたいという気持ちと、関わった人たちを幸せにしたいという気持ちがある。それは、とても素晴らしいことです」
「……ありがとう。なら、俺の言う事もちゃんと聞いてくれ。もっと休め」
どれだけ伝えても彼女は休まないだろう。
わかっている。だから俺も休まない。
休みたいが、休まない。
原作で知っている全てが終わるまで、俺は走り続けると決めたのだ。
「エリオット、あなたはどうしてそこまで頑張るのですか?」
「……どういうことだ?」
「あなたほどの強さがあるなら王都にいる必要はありません。もっと楽をできるでしょう。お父様も言っていました。嘘はついていない。それが、理解できない部分だと」
空を見上げながら原作を思い出す。
俺は特別なんかじゃない。
誰だって考えるだろう。性格の良いソフィアが苦しい目に合うとわかっていたら助けたくなるはずだ。
善人は救われるべきだ。弱者は救済されるべきだ。
リスやニア、そして新しく加入したプラタも、シルクも幸せにならなきゃおあkしい。
みんな、みんないい子だ。
報われてほしいんだ。
「……王都は景色がいい。人も多いし、食べ物だって豊富だ。何より俺は王城が格好良くて好きだ。権力の象徴に住んでいる自分がたまらなく幸せなんだ。だから、ここがいいんだよ」
「ふふふ、あなたは本当に嘘つきですね」
ソフィアはゆっくりと歩み寄って来る。
見ればみるほど綺麗な顔だ。
「エリオット、私はあなたが好きです。たとえあなたが私を好きじゃなくとも……それでも好きです」
「ハッ、俺たちは元々敵同士だぜ」
「わかっています。でももし、あなたのことを初めから知っていたら……私があなたの国へ逃亡していたかも」
「そりゃ光栄だな」
「――エリオット」
そのとき、突然ソフィアは俺に倒れこんだ。
「……撫でてください」
「わがままだな」
「私は、頑張っているのでしょう?」
「……だな」
ゆっくりとソフィアを撫でる。彼女が何を考えているのか、俺には深くわからない。
だが頑張っている。これからも頑張る。それは知っている。
俺がこの国へ来た一番の理由は……ソフィアの笑顔を少しでも明るくさせたかったからだ。
だが将来、原作で俺の居場所はない。
だからこそ彼女にはふさわしくない。
たとえ、原作で一番好きだったキャラだとしても、俺の感情を出すことは許されない。
「……エリオット、好きです」
「ありがとな」
「まったく、ここまで頑張っているというのに」
「……俺は鳥だ。誰の鳥かごにも縛られない」
「もういいです。寝室まで送ってださい」
「ハッ、怒るなよ」
「……怒ってませんよ。――嬉しかったので」
ソフィア越しに夜空が光り輝いている。
この笑顔を曇らせない為にも俺はこれからも暗躍し続ける。
これは――本気だ。
「……可愛いな」
「え、エリオット今なんて? なんていいました?」
「秘密だ」
「むぅ」
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