017 今回ばかりは、冗談はなしだ。
「俺は暗黒協会で最凶の男、ビルディアン」
門番を倒したあと、地下室で痩せた男と対面していた。
こいつのことは知っている。
隠蔽魔法を駆使した暗器を使う達人だ。
ただでさえ見えづらい上に、視認すらできない。
だが――。
「なぜ名乗る?」
「お前が、もう地上に出ることはないからだ」
「すげえ自信だな」
「ああ、お前はもう俺の
その瞬間、ヒュンっと音が聞こえる。
限りなく視えなくした糸に魔法を付与し、罠を作っていたのだ。
魔力が通った糸、触れれば肉どころか骨をも切断する。
回避は難しいだろう。
――俺以外は。
「悪いな。――
魔眼に見抜けないものはない。
そもそも俺が負けるはずないのだ。
将来のソフィア以外にはな。
糸を全て切り裂くと距離を詰める。
「お前、いったい何者――」
「名乗る必要はないだろ。どうせお前は、ここで死ぬ――」
問答無用に一撃で倒す。
そのまま真っ直ぐ進んで牢屋を確認するも、既にもぬけの殻だった。
だが魔力の残りを感じる。
それと――。
「壁に穴? ハッ、シルクだな」
◇
牢屋から抜け出したソフィアとシルクは、地上を探す為に地下を走っていた。
だが暗黒協会のアジトは迷路のように張り巡らされている。
「……どうしよう。ソフィア様」
シルクの目の前には、四本の分かれ道があった。
そのとき、後ろから声がする。
振り返ると、大勢の手下が追いかけて来ていた。
連れて行かれたソフィアだったが、シルクが壁から脱出し、身体を切り刻まれるところで助け出したのだ。
「とりあえず前に進みましょう。時間を稼げば、きっと彼が来てくれるはず」
しかし次の瞬間、前から魔法砲が飛んでくる。
ぐんぐんと迫りくる威力の高い魔法。
ソフィアは
前からゆっくり現れたのは、金髪のニヒルな男、ブイだった。
「逃げられるとおおもいですかねえ」
「ソフィア様、後ろが!」
振り返ると、既に手下が到着していた。
それぞれ上級の魔法杖を持っており、隙がないと一目見てわかる。
シルクはソフィアを守る為、前に出た。
「シルクちゃん!」
「私が時間を稼ぎます。ソフィア様はその間に違う道から」
「そんなのだめよ。彼らは私を狙ってる。ここまできたら、あなたに容赦しないはずだわ」
それを聞いたブイが、にやりと笑う。
「はっはっは、健気ですねえ。王女様の言う通り、
「――私の心臓でしょ」
「ふふふ、はははは! そうです。あなたは特別なのですよ。勇者の子孫、英傑の血を継ぐもの。魔王の再誕には相応の力がいる。ソフィア王女、あなたにはその力がある!」
ブイは眼鏡をクイっとあげると、兵士たちに指令を出す。
シルクが突っ込もうとするも、ブイが後ろを見てと叫ぶ。
「な……」
「どうなってもいいんですかねえ」
「ひ、ひええあああああん」
するとそこには、助けたはずの少女が剣を突き付けられていた。
それを見たソフィアが激昂する。
「あなた……ちゃんと親元に返すっていったじゃない!」
「返しますよ。あなたの心臓を頂いたあとにね。――しかしいい考えが浮かびました。新鮮な心臓の保存のために生かしておく予定でしたが、竜人族の身体は特別製。きっといい心臓の入れ物になりそうです」
「……本物のクズね」
「ありがとうございます。どうしますか? あなた達が抵抗するなら少女を殺します。大人しくしていれば、痛みもなく心臓を抜き取ってあげますよ」
シルクは、それでも動こうとした。
エリオットの言葉、ソフィアを守る為、約束を守る為に。
しかしそれに気づいたソフィアが、シルクの行動を制止する。
「……大人しくする。だから、シルクと少女だけは見逃して。その代わり、何でも協力するわ」
「ふふふははは、交渉はねえ。できないんですよ」
「――卑怯者」
ソフィアが心の底から軽蔑のまなざしを向けたとき、シルクは覚悟を決めて駆けそうになる。
しかしそのとき、後ろから声が聞こえた。
暗黒協会の手下たちが、二人の黒ずくめの女性に攻撃されている。
少女を助けた後、ソフィアとシルクの元に駆けよった。
「あ、あなた達は……」
「味方です」
そこにいたのは、リスとニアだった。
リスは、隠れてシルクにウィンクする。
ニアはソフィアの身体の傷に気づき、治癒魔法を詠唱した。
癒しの光と共に、腕の痣が消えていく。
「……凄い」
ブイは苦虫を潰したかのように睨んでいた。
だが静かに後ずさり、そして、壁のレバーを引く。
途端に鉄格子が上から落ちてくる。
リスとニアは急いで逃げようとしたが、少女の存在が動きを止めた。
ソフィアとシルクを助けることはできる。だが少女の事は間に合わない。
その為、諦めて留まることを選択し、囲われてしまう。
「もしもの
ブイは、魔力制限の魔法具を鉄格子に装着していた。
次の瞬間、電撃のように柵がビリビリとエフェクトが発動する。
リスが鉄格子を壊そうと片手剣で叩き切ろうとするも、エフェクトが発動して弾かれる。
それはニアも同じ結果だった。
「何度やっても無駄ですよ。――それより、あなた達は何者ですか?」
「…………」
ブイの質問にリスとニアは答えない。
「……まあいいでしょう。魔力の熱で溶かし、心臓を取り出すことにします」
「あなたは本当に……」
「これも全て魔王の再誕の為ですよ!!」
残った手下が両手を漲らせる。両手から黒い光が溢れると、太陽熱がじりじりと酸のように皮膚に突き刺さる。
「禁止魔法まで……」
「苦労しましたよ。古の禁止本は高いですからね。しかし。竜人族の身体が丈夫でよかった。あなた達の皮膚のほうが先に溶けるでしょうから」
リスとニアは、鉄格子に何度も攻撃を放つ。
だがそれでも効かないと見るや、ソフィア、シルク、少女に
「あなた達、どうしてそこまでしてくれるのですか!?」
「……だいじょ……ぶです」
「絶対に……きます……から」
高熱で倒れそうになる。激痛を押し殺しながら、
ブイは、それをみながら高笑いしていた。
「ははは、おもしろい光景だ。いい、儚い夢や希望が散っていく。これこそ、私が目指している未来――がぁっああ」
「胸糞悪い未来だな」
◇
クソみたいな高笑いの男の右腕を切り落とし、勢いのまま手下たちを叩き切る。
鉄格子の中では、ソフィアたちが捕まっていた。
見たところ特別製の檻だろう。
暗黒協会の技術がここまで向上しているとは驚いた。
まだ残っている雑魚どももいるが、随分と弱っている。
急いで外に出したほうがいいだろう。
――鉄格子に剣を構える。
「ク、次から次へと……だが無駄だ。解除できるわけがない!」
「ハッ――この程度の鉄格子で俺を止められると思ってんのか? お前ら、しゃがめ!」
全員が頭を下げたのを確認した後――鉄格子を一刀両断。
魔眼状態で斬れないものなんてない。
「ひ、ひ、な……なんで」
「悪いな。俺は規格外なんだ」
「クソクソクソ……だ、だが。まだ最凶四天王がいるんだぞ! おい! ビルディアン! ダリサウ! トゥルス! ゴル! 出てこい! おい!」
しかし一向に現れない。
まあ、当たり前だ。
「そんなカスども、既に俺が殺ってるよ」
いちいち足止めしてきやがった雑魚どもだ。
どいつもこいつも瞬殺したが。
「ひ、ひ、な、なんで、お前はだれなんだ――」
「ブラックだよ。でも、伝えても意味ねえよなァ?」
――――
――
―
「ソフィア、シルク!」
「エリオット! 助けに来てくれたの!?」
「ああ、悪い。遅くなった。手下が多くてな」
「ううん、ありがとう……。さっき、ブラックって人が私たちを助けてくれたの」
「……ほう。そいつ、イケメンだったか?」
「え? 何の話ですか?」
「イケメンだったんだろうなと思ってな」
「……そうですね。確かに格好良かったです。二人の女の子にも助けてもら――あれ?」
ソフィアとシルクを倒した後、俺はリスとニアと共に残党を倒していった。
それから姿を隠し、エリオットとして現れたのである。
緊急事態だったので姿を現したが、できるだけ裏の顔は隠していた方がいい。
何とかソフィアにはバレていないみたいだ。
「とりあえず戻ろう。ソフィア、シルク、無事でよかった」
「ありがとうございます。エリオット」
「エリ兄ぃ、ありがとう!」
そのまま少女も連れて王都まで戻ると、門では兵士たちが待っていた。
皇帝陛下の姿もある。ギリギリまで待っていてくれたのだろう。
だがだやることがある。
「俺は戻って残党を確認してくるよ」
「エリオット、それは危険じゃないですか!?」
「大丈夫だよ。シルク、後は頼んだぞ。――それによく頑張ったな」
「えへへ」
ゆっくりと頭をなでる。
シルクは諦めずに頑張った。
元々原作では戦うタイプでもなかっただろうに。
そのまま3人を見届けると、暗黒協会のアジトへ戻っていく。
残党はいないだろうが、色々と調べなきゃいけない。
そのとき、どこからともなくリスとニアが戻ってくる。
「申し訳ありませんブラック様。力及ばず、何もできませんでした」
「ニアもです……」
「よく頑張ってるよ。お前たちがいなかったら危なかった。ありがとな」
「……えへへ、ニア、嬉しいですね」
「はい。リス、私は嬉しいです!」
「さてまた戻るぞ。俺が見たところ、あのアジトは多くあるの中の一つでしかない。残りの手がかりを探すぞ。それと、もし残党1人でも見つけたら――全員殺せ」
「「了解」」
原作で暗黒協会の奴らはここまで過激ではなかった。
俺が知っている世界ではあるが、少し違うのかもしれない。
これからも気を抜かないでいこう。
今回ばかりは、冗談はなしだ。
未来の彼女598人の為にもな。
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