013 たゆんパンはパンパンのパン
「リス、ここからは更に気配を消していくぞ。できるか?」
「――問題ありません」
辺境屋敷の屋根、俺たちは夜通し走りっぱなしでそこまできていた。
リスは気配を消すと、姿まで虚ろになったように思える。
というか、凄い体力だ。
ものすごい走って来たのだ。
そりゃもう凄いほど。
「行かないのですか? ご主人様」
「い……いく……タイミングを待つんだ。――ハァハァ」
隠れて呼吸を整える。
あれ、もしかして体力ない? とは思われたくないからな。
「あ……あの子ですか?」
「ん? あ、ああそうだ。」
すると視界の先で黒服の連中がいた。
ご丁寧にも女の子を連れて、そして――岩を動かした。
……あんなところに隠し扉が。
原作でも知らなかったぞ。
「流石です、ご主人様。すぐに移動しなかったのは、このためなんですね」
「……そうだ。洞察力が大事なんだ。行動よりも見、しっかりと刻み込んでおけよ」
「はっ」
そのまま人が消えるのを待って、俺たちは静かに岩へ移動した。
封印魔法の解除なんて、俺にかかれば容易い。
――魔眼発動。
岩が、ゆっくりとずれていく。
「凄い、さすがご主人様です」
「褒めてもパンしかでないぞ」
中は地下通路だった。
そして、その奥には――手錠で繋がれている女性がいた。
「やはりか」
「――あなた……たちは……」
「俺はブラック、そして彼女はリスだ」
リスが急いで助けようとするも、俺は制止した。
「どうしてですか、こんな――」
「いいかリス。俺たちは正義の味方じゃない。――聞け、俺と彼女は仲間を探している。自分が、好きに生きられるような軍団だ。お前の事は知っている。――ニア」
彼女は、たゆっとおっぱいをたゆませながら目を見開いていた。
肌の露出が凄まじい。
服ぐらい着せてあげるか、と先に上着を脱いでかぶせた。
「どうして私の名前を……」
「色々、
彼女の名前はニア。
ピンとした耳が特徴的だ。
稀有な亜人で、高値で売られるところだった。
原作ではサイドエピソードだが、この後、悲惨な目に合う。
利用しているわけじゃない。
俺は鎖を外した。
そして、訊ねる。
「ここから逃げるまでの手配はする。だが俺たちと着いてくるなら、本当の幸せを一緒に掴もう。逃げたり隠れたりなんて必要ない。幸せな未来を」
彼女はずっと逃げてきていた。
それで、捕まったのだ。
天涯孤独で、辛い目に合っている。
それでも強制はしない。
「そんな未来……私に……あるのかな」
すると、リスが駆け寄る。
「私は元々奴隷だった。だけど、今は凄く幸せ。美味しいパン、いっぱい作って食べて、本当に生きてるって感じがする。それに、ブラック様もいる」
その言葉は本心なのだろう。
俺よりもリスの気持ちが届いたらしい。
それが一番だ。
俺はあくまでも欲望に忠実で、自分が正義ではないことを知っている。
それでも幸せになってほしいと思っているのは事実だ。
結果的にそれが偽善だろう関係ない。
人は欲の為に生きている。俺はそれを隠すつもりもない。
だがその結果、俺に関わる人が幸せになってほしいとも本気で思っている。
「――よし、リス。後は俺に任せろ。先に戻っていい」
「いいのですか? 屋敷には沢山の人がいましたが……」
「ああ、俺も――怒りって感情はあるからな」
ニアの身体には無数の傷があった。
原作では知らなかったことだ。
さっきから、腸が煮えくりかえりそうなんだ。
二人が闇の彼方に消えていくのを見送ると、俺はフードを深くかぶる。
そして――。
「な、なんだお前は――」
「ブラックだよ」
そのまま男を切り伏せる。
手加減? こいつらに必要ない。
俺がこの世界に来た時点で、こいつらは既に大勢を殺している。
そんな奴らに、情けを掛ける必要なんてないからだ。
あいつらの幸せは俺が守る。
たとえこの手が血まみれでも、ソフィアとシルクにも届かせない。
闇と表は、俺だけで十分だからな。
「クソ、お前ら前に出ろ!」
「なんだこのガキャぁ!」
「やれ!」
――――
――
―
数週間後。
「パン焼き上がりましたー!」
「リス、了解。――
「こねこねしてますうううううううう」
視線を向けると、確かにコネコネしているニアがいた。
艶やかな黒髪ストレートに猫耳。
だがそれよりも――。
たゆんったゆんったゆんっと、パンをこねるたびにたゆんが揺れる。
「もっと上下にこねるんだニア」
「こ、こうですか!?」
「もっとだ!」
「は、はい!」
ああ、これが、これこそが理想だ。
「ご主人様、パンじゃなくて違うとこみてませんか?」
「気のせいだリス」
「ふぇ?」
悪党たちも既に皇帝陛下に突き出している。
明日は入学式だ。
パン屋も落ち着いてきた。
そろそろ表に戻るときだ。
だが表裏一体は変わらない。
「リス、ニア、俺がいない間、パン屋を頼んだぞ」
「「はい!」」
さあて、彼女498人を作る為にがんばるか。
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