012 二人目は看板娘
リスを助けてから数ヶ月が経過した。
その間、俺は王城でソフィアの指南、シルクにご馳走を食べさせ、皇帝陛下のごまをすっていた。
入学試験の結果はもうすぐだが、特に心配はしていない。
それよりもブラック軍団、もといエリオット・ハヴィラントが失脚したときに助けてクレクレ団の
そして今は――パンを焼いている。
「リス、焼きあがったぞ!」
「はい! 今、コネコネしています!」
「よし、朝一が売り時だからな。頑張るぞ」
「わかりました! ご主人様!」
リスはタイミングよく成長期だったらしく、今は少し大人びていた。
白いハット帽子が良く似合う。
以前よりも血色がよくなって、耳がピンとしている。
店内は木を基調としたお店で、こじんまりとしている。
王都の少し端にあるが、またそれがいい。
俺はいつもの髪をオールバックにしているのでバレることはない。
といっても、接客するのはいつもリスだが。
「いらっしゃいませー!」
「あら、
「えへへ、そうですか? 今日のお勧めはパンですよ! 後このパンとこのパンも!」
「じゃあこのパンをもらおうかしら。それとこのパンとこのパンも」
「はーい!」
厨房では、必死にパンをこねこね。
……こういう生活も、悪くないのかもしれない。
必死に汗をかき、他人に喜んでもらうためだけにパンをこねる。
そこに悪意は一切存在しない。
ただ喜んでもらう為だけに。
笑顔を見る為だけに。
とはいえ。
とはいえだ。
今は違う、今は違うのだ。
あくまでもこれはブラック軍団の生活の基盤の為である。
エリオット貯金箱をほとんど使って店を借りたので月々の家賃の支払い、今後のブラック軍団の為の資金源が必要だ。
美味しいパンを作り、販売、裏では暗躍、将来俺はマネージャーとして活躍。
たまに月1ぐらいで、「なんかここに埃があるなあ」と指摘するぐらいの立ち位置になりたい。
その為には今、今だけ頑張るのだ――。
「ありがとうございましたー」
「ありがとございました!」
夜、店をたたむ。
パンの売り上げはおそろしくいい。
もはやこれだけで生活ができそうだ。
「えへへ、ご主人様、今日も凄いですねえ」
「ああ、最高だな。それにリスが焼いたパンも美味しかったぞ」
「本当ですか!? 嬉しいです!」
前世でパン好きだったことがここまで影響するとは思わなかった。
まあ、ほとんどは王都で調べた知識だが。
片付けをパパっと終わらせた後、服に着替える。
白いパン屋の服から、黒い服へ。
「――行くぞリス、今日は
「承知しました。ブラック様」
店のシャッターを閉めた後、俺たちは暗い王都を屋根伝いで駆けていた。
リスは原作で少ししか語られていないが、裏エピソードがある。
ダークエルフの彼女は、生来能力が高いのだ。
俺はそれを見出し、この数か月で鍛えぬいた。
やはり彼女はとんでもない強さを持っていた。
リーダーとして、相応しいほどに。
今日は原作では語られていなかった情報からとある女の子を助ける。
また、巨乳という情報も得ている。
「リス、ありがとうな」
「え、何がですか?」
「俺の為に、力を貸してくれて」
「……いいえ、私は本当にうれしかったのです。ブラック様の為なら、美味しいパンを焼くことも、売ることも――人を殺すこともします」
その微笑みに申し訳なく思いつつも、この世界が過酷なことは知っている。
俺が失脚する可能性も十分にある。
リスも本来は死んでいた。
パン屋も、ブラック軍団も、ソフィアの護衛もシルクのお腹いっぱいの夢を全て叶えてやる。
俺は、強欲だからな。
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