14-9 迫る決断! さあお前らの選択は反抗か恭順か!?(前編)

 刀の刃に鋭い牙、こちらの命を絶たんとする殺意のこもった威圧に晒されようとも、アルベールは動じることなく敢然と対峙していた。


 すでに自分の命はないものと考え、あとはルルをどう逃がすかという算段に入っていた。


 そんな一触即発な状態にあっても、ヒーサはなおも悠然とした態度を崩さず、ただニヤリと笑った。



「ティース、威圧するのは止めよ。私はアルベールも、ルルも、どちらも殺すつもりはない。黒犬つくもんもご苦労だった」



「甘いわね~。何て言うか、ヒーサらしくない」



「かもしれん。未練、と言うやつなのかもな。折角手に入った名物を手折るのは、少々心苦しいのだ」



「はいはい、相も変わらず欲の皮が突っ張った事で」



 ティースは構えを解き、姿勢を正してヒーサの横に立った。


 また、黒犬つくもんもみるみる内に小さくなり、仔犬の姿に変身した。それをヒーサは抱きかかえ、頭や背を優しく撫で回した。



「アルベール、少し勘違いしているようだが、これは“全部”がヒサコの手の内なのだぞ」



「ヒサコ様の、ですか?」



「ああ。最初に言っておくと、この黒犬つくもんはヒサコの使い魔だ。ケイカ村で襲われた後、それを退治して子分にしたそうだ」



「……それは本当ですか?」



「この期に及んで嘘は言わん。もう一度言うが、これはヒサコが手懐けた使い魔だ。私はあくまでそれを借り受けているに過ぎん。まあ、実際のところは“監視”を兼ねた貸出ではあるがな」



 嘘はつかないと言いつつ、しっかり嘘と真実を混ぜるヒーサであった。


 ヒサコがケイカ村で黒犬つくもんをスキル【手懐ける者】で臣従させたのは事実だが、ヒーサとヒサコはあくまで一人、中身は同じ“松永久秀”なのである。


 その事実に気付いている者も少なく、それを拡散させる意図もなかったので、その情報は伏せておくことを基本姿勢にしていた。


 また、あくまでヒサコは“名君”ヒーサの罪を身代わりに受ける“悪役令嬢”こそ、あるべき姿なのだ。


 今でこそ数々の工作の末に“国母”にまで上り詰めたが、ヒーサこと松永久秀はこれまでの手法を改めるつもりはなかった。


 兄妹で飴と鞭を使い分け、上手く状況を操作するという従来のやり方を、なおも貫いた。



(まあ、最近は飴もしょっぱくなってしまったがな)



 スキル【大徳の威】が失われてしまい、“仁の人”を演じる必要もなくなったため、段々と素が表に出始めているが、だからと言って飴と鞭の効力が完全に失われてしまったわけではない。


 慈悲と恐怖、兄と妹の二重構造が有効な間は、このままでいくつもりでいた。



「まあ、ヒサコもヒサコで自分の動かせる手駒が少ないからな。ゆえに、シガラ公爵家の兵力財力をあてにしているというわけだ。だが、自分の身の安全を保障するために、この黒犬を私に預けて監視しているのだ。この赤い瞳を介して、こちらの動きを把握しているというわけだ」



「それはなんとも。心中お察しします」



 どこまで信用してもらえるかは不明であるが、あくまでヒサコの企てであって、自分は巻き込まれ、強要されているのだぞという姿勢を見せ付けた。



「それで、お聞きしたいのですが、かつてのアーソでの動乱、あれもヒサコ様の差し金ですか」



「ああ。見事なものだろう? 知性の冴えを見せ付けてまんまと参謀役に居座り、都合のいい情報を与えて領主一家の思考を誘導しつつ、兵の動きも自分の思いのまま。まんまとハメられたわけだ」



 ヒーサに説明されるまでもなく、その光景はアルベールも覚えていた。


 まだその時は一介の騎士であったが、ヒサコの作戦や読みはどれも的確であり、それでいて奇想天外な策で度肝を抜いたりと、天才とは本当にいるものだと感心したほどだ。


 今となってはそれはお芝居でしかなく、敵にも味方にも偽情報を流して都合の良い状況を作り出した。


 それに誰も気付かず、まんまと誘き出されてヤノシュは殺害されてしまった。



「……それで、ヤノシュ様はどのように殺されたのですか?」



「開城交渉、まあ、嘘の話し合いで情報交換とセティ公爵への対処を話そうとしていたわけだが……。その少し前にヒサコがシガラ公爵軍の陣営に戻って来たのだ。例のお前やルルがセティ公爵軍に湖で仕掛けた攻撃、あれのどさくさで逃げ出して、こちらに駆け込んできたと言うわけだ」



「はい、それは自分も把握しています。あの時、人質となっていたヒサコ様が逃げやすいよう、手引きをしましたので」



「で、ヒサコは何食わぬ顔で戻って来たところで、のこのこやって来たヤノシュを不意を打って殺害。何事かと驚くこちらを後目に、今度はリーベをボコボコにする。“黒犬つくもん”を使ってこれを洗脳して、あとは使い魔を遠隔操作していたというわけだ」



 これも嘘と真実が混ざっていた。


 黒犬つくもんは洗脳系の術式を使えるわけでなく、あくまでスキル【手懐ける者】でリーベを影響下に置いていた。


 後の部分は手順こそ違うが、あの時の状況そのままに話した。


 いぶかしむアルベールであったが、もはや確認の取りようもない状況であった。しかも、ヤノシュ殺害の現場にいたであろう目撃者は、全員“あちら側”の人間ばかりで、信憑性を確保できないのだ。


 嘘を真実を織り交ぜたヒーサの状況説明いいくるめに、不信を感じながらも否定することもできずに苦悩だけが、積み重なっていった。

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