14-10 迫る決断! さあお前らの選択は反抗か恭順か!?(後編)

 ヒーサの説明だけでは不審な点も多いが、かといって全否定もできない。


 いくつか把握している情報が、アルベールの中では一致しており、不信に思いつつも質問を続けた。



「……それで、ヒサコ様のなさり様を咎めるでもなく、逆に乗ってしまったと!?」



「あまりに不意討ち過ぎて、止める間もなかったからな。事を成した後で事後承諾だ。ヤノシュを殺害した後では、どうにも取り繕い様がなかったからな。全部をリーベに押し付け、何食わぬ顔ですり抜ける以外に、シガラ公爵家が損害を受けずに切り抜ける方法がなかった」



「抜け抜けと、よくもまあそんな事を平然と言えますな!」



「まあ、アーソの人間が怒るのも当然であるし、それについては弁明するつもりもない。何の免罪符にもならんが、せめて好待遇で面倒を見る程度だ」



 人心掌握の意味も込めて、アーソへの財の投下は優先的に行った。


 同時に、シガラ公爵領への移住者に対しても好待遇で遇しており、不満は“今日まで”出てこなかったほどだ。


 完璧の統治が行き届き、投資も順調に行われていたしょうこであるが、それはあくまで表面的な物であり、結局はアーソを乗っ取るための前置きに過ぎなかった。


 アルベールはそう確信したものの、やはりズバッと踏み出せない枷があった。



(アーソは今や人質を取られているようなものだ。仮にこの情報を表に出したとしても、割れる事は必定だ!)



 アルベールにとってアーソの安定化は、何よりも求めるものである。自分にとっては故郷であり、主君の治める領地でもある。


 では、そのアーソの地を安定化させたのは誰か?


 雲霞のごとく押し寄せる帝国軍を退けたのは誰か?


 それについて大きな役割を果たしたのは、やはりシガラ公爵家であり、ヒーサ・ヒサコ兄妹なのだ。


 ヤノシュの件は許されざることだが、国境部の防衛強化、隠遁していた術士の解放、術士の生産設備への投入など、その功績を上げていけば枚挙に暇がない。


 これらヒーサが成した事業は本物であるし、その恩恵も大きい。


 こうなると、“かつて”の領主より、“現在”の領主代行に重きを置く者もでてくるだろう。


 意見や支持が真っ二つになり、折角安定化したアーソが再び乱れかねない。


 舵取りを誤ると、内部対立を引き起こすだけなのだ。



(だが、すでにカイン様は決起なされている。これを無視するのも論外だ。どうすれば穏便に事を治めれると言うのか)



 それほど学も知恵もないが、それでもアルベールは必死で考えた。


 どう治めるのが一番双方に被害なく、燃え上がった炎を鎮火できるのか、それを求めた。


 だが、思考が堂々巡りをして結論を見出せず、苦悶の表情を浮かべるだけであった。


 そこに思わぬ助け舟が差し出された。



「公爵様、急ぎ王都へと戻るために、荷造りを進めたいのですが、よろしいでしょうか?」



 いきなりの退出許可はサームより発せられた。


 出立が決まった以上、軍を預かるサームとしてはさっさと会議を引き払い、準備を整える必要があった。


 場の空気、流れを変えようと言う、サームによるギリギリの配慮であった。


 アルベールにとっては実にありがたい事であった。このまま視線を集中させている中での思考は精彩を欠くであろうし、じっくり考える時間が欲しかったので、サームの配慮が嬉しかった。


 だが、同時に更に気が重くなった。


 サームはシガラ公爵家に忠義を尽くす武官である以上、自分が旧恩あるカインに忠義を尽くせば、これと敵対する事を意味していた。


 親子ほどの年の差があるとは言え、帝国軍を倒すべく肩を並べて戦い続けた戦友でもある。


 そんなサームと戦う事など、気が滅入るのだ。


 今の配慮もまた有難い反面、いざ戦うとなった時の後ろめたさを増大させるだけであった。



「ふむ……。よかろう。話すべきことは話したし、会議はこれでお開きとしよう。皆、王都へ急ぎ戻るゆえ、準備を怠るなよ!」



 ヒーサもサームの意図する事を察し、すんなりとそれを聞き入れ、解散を命じた。


 部屋の中にいた面々も次々と退出していき、残ったのはヒーサとアルベールとルルの三名となった。


 そして、ヒーサはゆっくりと立ち上がり、なおも悩む二人の肩にポンと手を置いた。


 その笑顔は優しげであり、世間で言われるような聡明で慈悲深い青年貴族そのものなのだが、それゆえに足元にいる黒い仔犬の気配がより刺々しく感じた。



「アルベール、ルル、一晩やる。明日の夜明けまでに決しろ。残るもよし、出て行くもよし。それは二人で話し合って決めろ。どちらを選んでも、アーソの民は丁重に扱うゆえ、その点は心配いらん」



「……ご配慮に感謝いたします」



 肩の荷がおりるどころか、ますます重くなるのを感じる一言であった。


 忠節を尽くすべきか、恩義に報いるべきか、のしかかる重さで押し潰されそうに感じた。


 そして、ヒーサも黒犬を連れて部屋を出て行き、兄妹だけが残った。



「お兄様……」



「少し時間をくれ。まだ考えがまとまらん」



 兄妹以外いなくなり、静かになった室内であるが、帯びた熱量だけはなおも残留していた。


 どうするべきか見出せぬアルベールをルルはただただ無言で見つめ、難題の結論が出るのをジッと待つのであった。

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