14-8 情報公開!? 見せつけられし舞台裏!

 アルベールは視界が真っ暗になり、ふらついて倒れそうになるほどの衝撃を受けた。


 自分にとっての本来の主君“元”アーソ辺境伯カインが、今目の前にいるヒーサに対して反旗を翻したと言う情報を得たからだ。


 しかも、それを告げたのは妹ルルであり、嘘とは思えなかった。少なくとも、妹はそれが事実であると考えていると受け取った。



「なぜそんな事になるのだ!? どういう状況なのだ!?」



 アルベールも混乱する一方だ。


 そもそもアルベールは今でこそヒーサの指揮下で戦っているが、本来はアーソ辺境伯領の駐留軍指揮官と言う立場なのだ。


 アルベール自身はあくまでカイン、更に言えば“現”領主であるクレミアの名代くらいの立ち位置と自認していた。


 アーソ辺境伯領の保全、すなわち国境警備や治安維持のための部隊の指揮を任され、これを運用しているに過ぎない。


 と言っても部隊運用のみならず、統治にまで気を配る余裕はないので、シガラ公爵家から人手や運用資金を供出してもらっており、実質的には独自の領地と言うより委任統治領に近い。


 それゆえに、アルベールの立ち位置も実質的には、シガラ公爵家への“出向”とも言えた。


 何かと複雑な人事ではあるが、あくまでカインないしクレミアに対して忠義を尽くす。それが自分のやるべき事であると、アルベールは自負していたし、そう行動してきた。



「お兄様、落ち着いてください。順を追って説明いたしますから」



 混乱する兄を宥めるルルであったが、そのルル自身も動揺を隠せないでいた。


 なにしろ、これから口にすることはアーソとシガラの決別を意味し、下手をするとそのままアーソを武力制圧にもなりかねない危険な話なのだ。


 十七歳の少女が背負うにはあまりに重過ぎ、しかも目の前のヒーサは逃げる事を許さなかった。


 ルルは泣きそうになりながらも、話を続けざるを得なかった。



「カイン様が離反した理由はただ一つ。き、気付いてしまった、あるいは告げられたのです、おそらく」



「…………? 何についての事だ?」



「……ヤノシュ様を殺したのが、黒衣の司祭リーベなどではなく、シガラ公爵家なのだと言う事に」



「何ぃ!?」



 ルルの口より飛び出した言葉は、先程以上の衝撃をアルベールに与えた。


 主家の嫡男を殺したのが、異端派の邪教徒などではなく、目の前の男なのだと告げられたのだ。衝撃を受けるのも無理はなかった。


 そして、それは裏の事情を知らなかったサームやライタンも同様であった。


 サームは表向きの軍事に関する事や、ヒーサあるいはヒサコの指示に従っていただけであり、ヤノシュ殺害の件には無関係であった。


 事実、殺害時は理由付きで別動隊の指揮を執っていたため、関与も認知もできない状況にあった。


 一方のライタンもこの件には関与してはいなかった。


 ヒーサやヒサコがとんでもない悪辣な策士で、その策謀に自分も半ば強制的に加担させられていた。だが、あくまでシガラ公爵領や『五星教ファイブスターズ』への工作が主戦場であり、それ以外の事は知らされていない事の方が多かった。



「……公爵! ご説明願いましょうか!」



 当然、アルベールは激高し、ヒーサを睨み付けてきた。


 ヤノシュ殺害の件が『六星派シクスス』の暴発が原因ではなく、シガラ公爵家の策謀であるとなった場合、全部がひっくり返ってしまうのだ。


 かつてのアーソでの動乱が茶番でしかなく、その結果ヤノシュを始めとする犠牲となった者は無駄死に、あるいは踏み台でしかなくなる。


 そんな事はあってはならないと考えるからこその怒りであった。



「論より証拠、と行こうか。これが我が公爵家の“やらかし”の証だ」



 そう言ってヒーサは座ったまま少し身を屈め、椅子の下から何かと持ち上げ、それを見せ付けた。



「アンッ!」



 それは可愛らしい仔犬だ。全身を艶やかな黒一色の獣毛で覆い、耳をピンと立て、尻尾をブンブン振り回していた。


 それはアルベールも見知っていた犬であった。ヒーサの後ろをトテトテついて回る姿を見ていた。



「さて、黒犬つくもんよ、お前の本当の姿を見せてやれ」



 そう言って、ヒーサはポイッと後ろに黒犬つくもんを放り投げた。


 するとその小さな体がみるみる大きくなっていき、軍馬を超えるほどの巨躯へと変じた。


 造形としては仔犬の時とそれほど変わらないが、何と言ってもその巨大な体から発せられる存在感がまるで違う。真っ赤に怪しく光る瞳で威圧し、鋭い牙が口からはみ出し、舌がベロンと垂れ下がっていた。


 王侯級悪霊黒犬ロード・ブラックドッグ、これが黒犬つくもんの本当の姿であった。



悪霊黒犬ブラックドッグ!」



 ヤノシュを殺したとされる黒衣の司祭とその乗騎であった黒い犬、それが突然目の前に現れたのである。


 アルベールは勢いよく席を立ち、腰に帯びていた剣に手が伸びた。圧倒的な力を持つ黒犬相手であっても腰を抜かさず、即座に戦闘態勢を取れるのはさすがであった。


 だが、その動きはルルに制された。



「お兄様、落ち着いてください! “あれ”は“こちら側”です!」



「何だと!?」



 アルベールは激高しながらも、即座に頭を切り替えて思考を巡らせた。


 あの黒い犬が味方、それもヒーサが使役していたとなると、これまでの“事実”が嘘の塊であった事になるのだ。


 あの件はどうか、この件はどうかと、黒い犬がやって来た事を全部おさらいし、組み直していった。


 本当に何もかも茶番。嘘で塗り固めた“事実”を提供され、誰も彼もがそうだと錯覚していた。


 自分もまたそんな一人であり、怒り以上に絶望するアルベールであった。



「ルル、お前はこの事を知っていたのか!?」



「知ったのはつい最近です。公爵様が黒犬を使役する場面を目撃して……」



 アルベールはこれで妹が何かを話そうとして、その度に躊躇っていた理由を察した。


 悪霊黒犬ブラックドッグがシガラ公爵家の使い魔だと知れれば、これまでの事が全部ひっくり返ってしまうのだ。


 その情報を握るだけでも危険であるし、ましてそれを公表するとなると更に恐ろしいのだ。


 最悪、口封じとして消される可能性すらあった。


 抱え込むには重すぎるし、表沙汰にするのはなお危険だ。


 怯える妹を見て逆に冷静になったアルベールは、周囲をよく観察してみると反応は様々であった。


 ヒーサが平然としているのは当然としても、ティースやマークまで特にこれと言った反応を示しておらず、前々から知っていた事を示していた。


 アスティコスは露骨に嫌そうな顔をしており、かつ怯えている風にも見えたので、無理やり従わされている可能性が高かった。


 ライタンは驚いてはいるので恐らくは初見であろうが、まあこの人ならやるだろう、とでも言わんばかりの受け入れる姿勢で臨んでいた。


 サームも驚いており、どうしようかと悩んでいるようで、どう取り繕おうかと必死で考えていた。



(つまり、ここにいる顔触れは、自分とルル以外は全員が、この状況を“受け入れる”か“受け入れざるを得ない”と言う事! 反意を示す者はいない!)



 あろうことか、真実に気付いてしまったがゆえに、却って危機的状況に陥ったのだ。


 言ってしまえば、先程まで友軍であった者達が、いきなり敵に変わったようなものであり、返答次第では即座に“処分”するつもりなのだと考えた。


 現に、ティースは刀に手をかけ、いつでも斬りかかれるように僅かに構えており、何より黒犬つくもんの存在が絶対に逃亡不可能であると確信を与えていた。



(どうする? 忠義に殉じるか? それとも下げたくもない頭を下げるか? しかし、それでは……!)



 自分一人であれば、今すぐにでも斬りかかったであろうアルベールであるが、側にはルルがいる。抵抗は死を呼び込み、妹もそれに巻き込まれるのは必定であった。


 おまけに、皇帝ヨシテルとの激闘を終えてから、それほど時間が経過していない。ルルの魔力もまだ回復しておらず、ほぼ空っぽの状態だ。


 これでは幽体になれる悪霊黒犬ブラックドッグへの対処ができない事を意味していた。



(これは詰んだな……。まさかこんな最期を迎える事になろうとは……!)



 勝利から一転して、謀反人として断罪される。それがアルベールの定められし道となった。


 忠義に篤いアルベールには、主家の嫡男を殺したというシガラ公爵家を許しておくわけにはいかなかった。


 例え大恩を受けし身であろうとも、忠義が何より勝る。騎士として当然の思考であった。


 主君が真実を見抜き、決起した以上、馳せ参じないのは忠義にもとる行為だ。


 だが、今この場でそれを表明してしまっては、斬られるか食われるかの二択しかない。



(せめて、ルルだけでもなんとかならないか!)



 アルベールは時折耳に届く黒犬つくもんの呻き声に動じることなく、最良の道をなおも模索するのであった。

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