11-34 八百長!? 英雄と魔王は結託す!?

 黒衣の司祭カシン=コジから聞かされた事は、その全てが驚愕に値する事であった。


 しかも、それがデタラメとも言えない説得力があり、アスプリクを身震いさせるだけの恐ろしさを帯びていた。



「そうか……、あれが“心の闇”なのか」



「そうだ、世界の破滅を願う、それこそ魔王に必要な要素だ。ところが、松永久秀め、あやつはその心の闇を振り払ってしまった。なんと忌々しいことか!」




「ご愁傷様! やっぱり、ヒーサは本当の切れ者だよ。僕なんかじゃ及びもしない方法を持ち出してくる」



「……だが、それも大嘘。結局奴は“自分”の事しか考えていない利己でしかない」



「そうだとしても、結果として世界を救っているじゃないのか?」



「“死”を望んでいる世界に対して、無理やり“延命”していることに何の救いがある!?」



 怒りと共に吐き出されるカシンの言葉は、いよいよ語気も荒ぶってきた。


 普段の澄ました大上段からの物言いではなく、程度の低い恨み言のようであった。


 それほどまでに、松永久秀のこれまでの言動はカシンを苛立たせてきたのだ。



「アスプリクよ、一つ尋ねてみるが、もし君が神より召喚され、異世界に転生することとなり、魔王をどうにかしろと言われたとしよう。拒否権はなしだ。必ず魔王に対処しなくてはならない。さて、どうする?」



「魔王を討伐しなきゃならないなら、まずは情報収集。それと並行して、強力な武具を用意したり、あるいは鍛練で自己を強化したりする」



「そうだ、それが“普通”なのだ。では奴は何をした? ちなみに奴がこの世界に転生してきたのは、結婚の少し前だ」



 アスプリクは聞き及んでいるヒーサの事を思い出してみた。


 そもそも、自分とヒーサが出会ったのは、ヒーサとティースの結婚披露宴の時であり、その少し前にこの世界にやって来たのだと言う。


 当然、思い浮かぶのは、例の事件のことだ。



「『シガラ公爵毒殺事件』、あれがヒーサの初仕事ってわけか」



「そう、奴が真っ先にやったのは、家督の簒奪だ。公爵家の次男坊にして医者という恵まれた地位では満足せず、この世界における父と兄を殺し、家中のすべてを強奪した。しかも、その罪を嫁の実家に押し付け、そちらも花嫁ごと奪い取った。そして、得た財を投資し、数々の事業を立ち上げ、公爵家はさらに富む事となった」



「別に普通なんじゃない? やり方はアレだけど、富を得て戦に備える、ごく普通じゃないか」



「それは“普通の戦”での範疇であって、“魔王との戦”での対処法ではない。長くても半年ほどで始まるであろう魔王との戦いに対して、持てる資源リソースを内政に全部突っ込むことに、その異常性を感じないのか?」



 カシンの指摘を受け、アスプリクはようやくにして気付いた。ヒーサの行動が“魔王と戦う事”を想定していた場合、あまりにも非合理的であった事に。



「そうか! ヒーサの行動は、長期戦を想定したやり方だ! 産業を起こし、その利益を得るのは先になる! 半年かそこいらで魔王を片付けるやり方じゃない!」



「魔王との長期戦、あれほどの切れ者が、そんな馬鹿げた事をするとは思えないだろう? ところがそれを実際やってしまっている。それはなぜか? 理由は簡単、最初から魔王と戦う気などなかったからだ」



「召喚された英雄が、魔王との戦いを拒絶!? なんでそんな事を!?」



「言ったであろう? あいつはどこまでも利己的だと。言うなれば、転生した先で第二の人生を謳歌するためだ。財を積み上げ、美女を数多侍らせ、芸事にうつつを抜かし、なにより“茶の湯”を楽しむ。放蕩生活万歳、だな」



「そんな事ってあるの!? 魔王との戦いだよ!? 戦時下だよ!?」



「前の世界ではそうしていた。奴にすれば戦時下での道楽など、“手慣れたもの”なのだろう。だが、今回は前世と決定的な違いがある。それは魔王との“八百長”を狙っているという点だ」



 あまりにも発想が異次元過ぎて、アスプリクの理解を遥か斜め上を行っていた。


 カシンの口から飛び出る言葉に一々驚きつつも、その言葉の裏付けとも言うべき“これまでのヒーサの言動”がよくよく一致しているのだ。



「奴も最初は手探りで、この世界での最適解を求めていたことだろう。だが、指針が固まったのは他でもない。魔王を、すなわちアスプリク、君を“確保”した段階で考え付いたのであろうな」



「ぼ、僕を!?」



「それが八百長の根幹だ。アスプリクが魔王! ならば覚醒させなければいい。運悪く魔王になったとしても、通じていれば問題ない。“永遠”に戦い続ければいい。なぜなら、この世界の根幹に照らせば、英雄か魔王、どちらかが倒れるまでは、戦いが終わる事はなく、世界が再構築リセットされないからな」



 それは世界の破壊を目論むカシンの意志とは真逆であった。


 英雄の求めるものは終わりなき闘争と世界の延命、魔王の求めるものは終末戦争ハルマゲドンと世界の安楽死。


 完全に方向性が逆なのだ。



「英雄と魔王が裏で手を組み、いかにも戦っていますという状態を作り出す。両者の闘争が終わらぬ限り、世界の再構築リセットはない。例え雑兵が千人、万人死のうとも、自分に直接害が及ばなければヨシ! そして、王宮に引き籠って酒色三昧。なんとも知恵の回る暴君よな」



「じゃ、じゃあ、ヒーサが僕に優しかったのは、そのためだって言うのか!?」



英雄ヒーサ魔王アスプリクが恋仲だと言うのは、実に滑稽だ。英雄譚サーガと言うよりも喜劇コメディだよ、これでは。だが、世界の終焉を望む私からすれば、醜悪極まる事だ。永遠に続く闘争など、全力で否定してみせよう! 世界が求めるように、この手で世界に死をくれてやる!」



 カシンには確固たる意志がある。それは死を望む世界の意思であり、この世界で散っていった者達の怨念でもあった。


 無限に続く闘争など、それらの意思に反するものであり、断固として拒絶していた。



「さあ、アスプリクよ、火の大神官よ、今一度言おう。終わりなき闘争の世界を断ち切り、無へと帰する時が来たのだ。ヒーサの本質は徹底した利己だ。終わりなき闘争に、なんの正義がある? あれは英雄であって英雄でない、欲深い数奇者だ。そんな汚れきった存在など、この世界ごと君の炎を以て浄化するべきだとは思わないのか?」



 カシンは再び手を差し出した。


 滅びを求める世界の意志は、カシンが有している。それが魔王の器に注がれた時、真なる魔王が覚醒する。


 それは他でもない、アスプリクが選ばれた。


 歪んだ世界として神々の遊戯盤を続けるのか、それとも世界そのものを終わらせるのか、それはもうアスプリクの決断次第であった。

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