11-33 心の闇!? 魔王を生み出す苗床の正体!

「さあ、手を取れ、真なる魔王よ。覚醒の時は来た。火の大神官アスプリクよ、お前が手ずから介錯役となり、世界に終焉をもたらす炎を呼び起こせ。魔王となり、全てを滅ぼし、最後には私と共に無へと回帰するのだ!」



 黒衣の司祭カシンは不気味な笑みと共に手を差し出した。


 その手はアスプリクに向けられており、早く掴めと急かす様に放出した魔力で威圧した。


 だが、アスプリクは動じない。鈍っていた戦場での勘も、今や戻りつつあり、この程度の威圧ではもう通じなくなっていた。



「言いたい事はそれだけかい!? まずはその腕をこんがり焼いてやるよ!」



 アスプリクも負けじと魔力を高め、即座に得意の炎で焼き尽くせるように、頭の中で戦術を組み立て、術式を構築し始めた。


 だが、即座に側にいたアスティコスが割って入った。



「やめなさい、アスプリク。ここで本気になったら、被害が大き過ぎるわ!」



 なにしろ、人通りがない裏路地とはいえ、ここは王都の中である。


 この世界における最強級の術士二人が、術の撃ち合いにでもなったらどれほどの被害が出るか、想像するのも恐ろしい事であった。


 なにより、折角人の少ない場所に潜伏できたのに、盛大な烽火を打ち上げてしまっては、捜索部隊に見つけてくださいと言っているようなものである。


 戦闘行動は極力控えねばならなかった。



「やれやれ、邪魔せんで欲しいな、エルフの女。魔王が目を覚ます大事な場面なのだぞ」



「うるさい! アスプリクは魔王なんかじゃない! だから、目を覚ますも何もないのよ!」



 アスティコスはアスプリクをカシンから庇うように立ち、鋭い眼光で威圧した。


 大切な家族を、可愛い姪を守るため、すでにアスティコスも覚悟を固めていた。目の前の司祭が相当な腕利きである事は、垂れ流される魔力から容易に想像できたが、それでも下がるつもりはなかった。



「魔王って言うのはね、もっと陰湿な根暗野郎の事なの! こんな可愛くて明るい子が、魔王になるわけないでしょ!」



「いかにもその通り。意外や意外、物事の本質を捉えているな、エルフ女」



 カシンは小馬鹿にするようにニヤつきながらも、拍手をしてアスティコスを称賛した。



「エルフ女の言う通り、魔王として覚醒させるのであれば、それ相応の負の力が必要なのだ。例えば、そう、“心の闇”とでも称するべきものがな」



「そんなもの、この子にあるわけないでしょ!」



「ああ、その通り。“今”のアスプリクにはない。“かつて”のアスプリクにはあったのにな。さて、それはなぜなんだろうなぁ?」



「私がいるからでしょうが!」



「おお、またまた正解! いや、思っていた以上に頭いいな、エルフ女」



 再びカシンは拍手でアスティコスを褒め讃えた。



「では、一つ尋ねてみるが、なぜお前がここにいる?」



「里が焼かれて、旅に出ざるを得なかったからよ! それと、姉さんの子供がいるって聞いていたし、立場的に苦しいとも聞いていたから、私が姉さんの代わりになろうって思ったからよ!」



「ふむふむ。では、更に質問だが、その情報は誰からのものだ?」



「ヒサコからよ! ……って、まさか!?」



「ようやく察したか。そう、これは全て、ヒーサ・ヒサコの中身、松永久秀の手の内で踊った結果だよ。ああ、なんとも忌々しいことだ!」



 今度は一転して、カシンは不機嫌な顔をした。



「アスプリクがヒーサに惚れるように誘導したのも、エルフ女がヒサコに連れ出されたのも、すべては計算の内。それはアスプリクに魔王として覚醒させないようにするための、予防線だったのだよ!」



「魔王の覚醒に必要な“心の闇”、それを薄めるために……?」



「その通りだ、アスプリク。あの松永久秀という男、お前に初めて会った時から、ずっとお前が魔王であると確信していた。いかなる手段でそれを知ったかは分からぬが、どうゆうわけか魔王の器を見つける能力があるらしいな。であるからこそ、器であったアスプリクとマーク、これの覚醒を阻止し続けた」



「え? マークも魔王になる可能性があったの?」



「いかにも。だが、どちらも失敗した。松永久秀の手管で、二人の“闇落ち”を阻止したからな。アスプリクはヒーサへの惚れ気とアスティコスとの家族愛で、マークは主君ティースへの忠義と義姉ナルへの信頼で、それぞれが闇落ちするのを防いだ」



「それって、全部ヒーサが……」



「そうだ。心の闇を振り払い、真っ当な人間にすることにより、魔王への覚醒を実はこっそりと防いでいたのだよ、あの男は! アスプリク、君はヒーサに惚れている。そうなるように仕向けて、そこから徐々に心に光を差し入れ、アスティコスと言う家族を用意することにより、温もりのある家庭生活を用意した。ああ、なんたることか! こんな平穏で真っ当な生活をしている者に、世界を破壊する魔王など務まるはずがない!」



 カシンの言葉を受け、アスプリクは以前の事を思い出し、ハッとなった。


 かつての自分は、世界を憎んでいた。蔑まれ、恐れられ、弄ばれ、戦わされ、人々の悪意を一身に受けてきた。


 何もかもが終わってしまえ、消えてしまえ、いずれ焼き尽くしてやると世界の終焉を願った。



「そうか……、あれが“心の闇”なのか」



 思い当たるふしがあり、アスプリクは今更ながら言い表せぬ悪寒に襲われるのであった。

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