11-32 介錯! それこそが世界の意思だ!

 カシン=コジが神について言及するうちに、どうにもこうにも不機嫌さや苛立ちを隠さなくなってきていた。


 それはアスプリクも同様で、少女もまた神という存在への不信感が出てきた。



「なら、カシン、お前の目的は何だ!? 魔王を生み出すことじゃないのか!?」



「それは正しい。魔王を生み出すよう作られたのが私であるから、それ自体は存在意義とも言える。だが、その先が重要なのだ」



「魔王が生み出された、その先だって!?」



「魔王の登場はそれ自体が、目的ではなく通過点に過ぎない。そう、私の目的はすなわち、“世界を破壊する事”なのだからな!」



 きっぱりと断言する狂気の計画。


 カシンの表情から、それが絵空事でもなんでもない、全てを計画立案し、成し遂げてしまうのではないかと思わせる力強い説得力を感じた。


 ふざけているの、と吐き捨てたくなるアスプリクとアスティコスであったが、その口を紡いでしまうほどの迫力が、目の前の黒衣の司祭から漏れ出ていた。



「世界の破壊……!」



「そうだ。先程も言ったが、この世界は神々の遊戯盤。何度も何度も天地が創造され、そして、作り直されてされてきた。魔王と英雄が戦い、それが終わればまた作り変える。それを繰り返してきた」



「じゃ、じゃあ、僕の頭の中にある、かつての英雄と魔王の記憶はその時の!?」



「そうだ。前回の戦いが終わった後の掃除デバッグが不十分だったのか、あるいは何度も使い古す内に傷が生じたのか、それは分からんがな。とにかく、本来なら残らない痕跡が生じたのだ。それが今回の戦いにおける特異点の一つ目だ」



「一つ目、って事は他にも!?」



「ある。それが君がヒーサと呼ぶ、“松永久秀まつながひさひで”という男だ」



「マツナガ=ヒサヒデ、それがヒーサの転生前の名前ってことか」



 初めて聞いたヒーサの過去に、アスプリクは興味を覚えた。


 だが、まずは目の前の悪意カシンにどう対処すべきか、それが重要だと記憶にとどめる程度にしておいた。



「あの男自身はごくごく“普通”の英雄だ。神とやらがいつも通り、どこからか呼び寄せた存在であり、特筆すべきものは無い。だが、転生してから程なくして、あやつめは神の予想を超える行動をしてしまった」



「そりゃ凄い。流石ってところよね」



「それについては同感だが、それを面白いと感じた上位存在が、さらに余計なことを思い付き、結果として私を生み出した。この世界に元からいた黒衣の司祭を作り変え、権限を与えた上でカシン=コジという存在を作った。本来、魔王覚醒については、上位存在の権限なのだが、それを他者に委ね、好きにしろとこの世界を放置したのだ」



「この世界は神に見捨てられたって事なの!?」



「まあ、この世界に神はいるから、見捨てられたとは言えない。あくまで、放置だ。観察するのをやめて、テアとやらがどう動くのか、その結果だけを求めているとも言えるかな」



「なによ、それ! 世界を作っておいて、無責任すぎる!」



「そもそも、“責任”という概念自体、低次元な発想ではないかな。世界を一から作れる神が、世界に対して責任など感じると思うか? 何か問題があれば消すか、作り直すか、その程度の感覚で世界を改変してしまえるのだぞ?」



 アスプリクは背筋がぞくぞくするのを感じていた。


 カシンに言われるまでそんなことなど考えたこともなかったのだが、それもそうかと納得してしまうものがあった。


 だが、それはあまりにも恐ろしいことでもあった。


 人に限らず、生きとし生ける存在は踏みしめる大地があって、初めて存在が許される。世界と言う名の揺り籠の中でしか安寧を得られぬ矮小な存在でしかない。


 存在する次元が違う以上、その発想に差異があるのは当然であった。大家かみ店子ひとが同じ視点に立つことはないのだ。



「ここで更なる誤算が生じた。適当な時期に勝手に魔王を覚醒させるだけの存在、それが私であったのだが、あろうことか先程述べた傷跡を取り込んでしまった。世界の記憶、松永久秀のやらかし、それらを統合した私、これがこの世界の歪みの原因だ」



「歪んだからってどうだって言うのよ!?」



「言ったであろう? この世界は百の魔王と、四百の英雄が戦いし古戦場。世界が戦いそのものに飽いているのだ。その世界の声がこう私に囁くのだ。『……シテ、コロシテ!』とな」



「それが世界を破壊する理由……」



「そうだ。死にたがっている世界、傷だらけでもなお働かされる世界。神のとっては箱庭の一つに過ぎないが、世界にとっては己こそが全てであり、そして、死を望んでいる」



 カシンはアスプリクにゆっくりと近付き、そして、手を差し伸べた。



「さあ、手を取れ、真なる魔王よ。覚醒の時は来た。火の大神官アスプリクよ、お前が手ずから介錯役となり、世界に終焉をもたらす炎を呼び起こせ。魔王となり、全てを滅ぼし、最後には私と共に無へと回帰するのだ!」

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