第14章 裏切りの連鎖

14-1 反乱発生! でも、国母様は慌てない!

 ハチの巣を突いた騒ぎ、と言うのはこういう事を言うのだろうなと、玉座に腰かける一人の女性は思った。


 そこはカンバー王国の王都ウージェにある王宮の一室で、“反乱軍、挙兵す!”の急報を聞き、駆けつけてきた廷臣らが集っていた。



「謀反!? 謀反だと!? この状況下でか!?」



「ええい! まだ帝国との戦争中だと言うのに、なんという利敵行為か!」



「前線での兵の集まりが悪いと思ったら、こういうことか!」



 居並ぶ群臣らの慌てふためく声が広間に響き、誰も彼もが冷静ではいられなかった。


 現在、カンバー王国は隣接するジルゴ帝国よりの侵攻に晒され、国境を接するアーソ辺境伯領に戦力を集めているところであった。


 すでに現場には玉座の主(の母)である“国母”ヒサコが、その息子である幼王マチャシュを摂政として補佐する立場にあり、兄であるヒーサを“全軍統括大元帥コンスタブル”に任命して、前線での一切の指揮を任せていた。


 後方にあるヒサコは国政を統括する一方、前編へ送る物資や人員の手配を執政官となったマリュー・スーラ兄弟と共に手配していた。


 これで帝国からの侵攻に対応しようと各員が奔走していたところに、この反乱騒ぎである。


 前線では帝国と戦っている状況でありながら、後方でこの騒ぎである。物資の手配に奔走していた者ほど、身勝手極まるこの動きに憤った。



「反乱軍の首謀者は、サーディク殿下か。要求は現国王の退位、並びにシガラ公爵家の解体、そして、ヒサコ様、ヒーサ様の処刑だと!?」



「無茶苦茶な要求だ! 何を考えているのだ、殿下は!?」



「前線に出て、武功を上げて地位の向上を狙うならまだしも、このような大義なき反乱など、到底理解できませんな!」



 誰も彼も怒っており、方々から怒声が飛び出していた。


 前国王フェリクの三男であるサーディクは、本来ならば王位に手が届く位置にいた。なにしろ、長男アイク、次男ジェイクが揃って亡くなり、直系男子がサーディク一人となったため、お鉢が回ってきたはずなのだ。


 ところが、アイクと結婚していたシガラ公爵家の令嬢ヒサコは、男児を出産しており、これが騒動の種となった。


 王都ウージェを取り巻く陰謀と暗殺の結果、サーディクの後ろ盾であったセティ公爵ブルザーが死去。


 加えて、強烈な反シガラ公爵派であった枢機卿のロドリゲスまで殺され、サーディクの派閥は一気に勢いを失う結果となった。


 それをいい事にシガラ公爵家が王家内部に触手を伸ばし、まだまともに話す事すらできない赤ん坊を王位に就け、国政を壟断していた。



「幼子を王に仕立て上げ、シガラ公爵家が王家を乗っ取った!」



 これが反乱軍側の論法であり、王国の秩序を乱すシガラ公爵の勢力を一掃し、あるべき姿に戻すべきだと騒ぎ立てていた。


 もちろん、黙ってやられるほどヒサコは大人しい性格もなかった。



「皆さん、お静かにお願いします。その件の含めて、色々とお話したい事がありますので、どうぞ静粛に願います」



 摂政国母として国政を“正統”に切り盛りする権限を有するのが、現在のヒサコである。


 壟断ろうだんしているなどと非難される謂れはないのだが、特に気にもせずに淡々と話す姿勢は、群臣らを落ち着かせるのに一役買った。


 本来、反乱軍の主張や要求に一番立腹するのはヒサコであるはずなのだが、それでも一番冷静でいるのは流石だと、人々はますます国母への感銘を強くした。



「謀反人共には相応の報いをくれてやるのは当然として、それより先に告げておかねばならない事があります」



 パンパンと手を叩くと、後ろに控えていた侍女の一人が前に進み出て、玉座に腰かけているヒサコの横に立った。


 その姿を見るなり、幾人かが驚いて目を見開いた。


 と言うのも、その侍女と言うのがテアであったからだ。


 テアはヒーサの専属侍女であり、才知溢れる絶世の美女として、宮中でも名の知れた存在だからだ。


 その彼女がヒーサの下を離れ、王宮に戻って来たと言う事は、何かしら重大な報告でもあるのだろうと誰もが察した。


 ちなみに、テアがこの場にいる理由はスキル【入替キャスリング】を使用したからだ。


 【入替キャスリング】はヒーサとヒサコの位置を入れ替える効果があるのだが、これを応用し、“本体”と“分身体”の機能のみを入れ替えていた。


 先頃の国境での戦闘ではヒーサが本体で、留守居のヒサコが分身体であった。


 しかし、皇帝ヨシテルを討ち取り、帝国軍を撃退した今となっては、むしろ国内の方が忙しなくなると考え、本体をヒサコ、分身体をヒーサに交換しておいたのだ。


 そして、この【入替キャスリング】のもう一つの効果が、テアの強制移動だ。


 英雄の側に女神あり。これが鉄則であり、本体と分身体を入れ替えると、女神たるテアもまたそれを追いかけて、【瞬間移動テレポーテーション】が自動発動する事になっていた。


 再装填時間リキャストタイムが丸一日かかると言う欠点はあるが、手荷物程度ならテアに持たせて運ぶ事ができるため、いざと言う時の切り札として利用していた。



「テアから最前線の重要な報告があります」



 ヒサコがそう告げると、一同の意識はテアに集中した。


 側近中の側近を派遣してきた以上、余程の報告であろうことは予想できたが、その中身は何であるかまでは分からないため、その艶やかな口より発する言葉を待った。


 そして、テアはその口を開いた。



「先頃、アーソの地に建設した国境のイルド要塞、かの地にて王国軍と帝国軍が激突。そして、見事皇帝を討ち取り、帝国軍を退けましてございます」



 誰もが待ち望んだ報告であり、勝利の二文字と共に麗しき女神が舞い戻ったのだ。


 これを頭で認識するや否や、その場の多くの者が大いに喜び、歓声を上げた。


 嬉しさ余って机を勢いよくバンバン打ち鳴らし、勝報を誰もが喜んだ。



「さすがは公爵様! 相も変わらず、見事な采配でございますな!」



「反乱騒ぎも、これで鎮圧できるというもの! どうなる事かと思いましたが、何とかなりそうですな」



「あまりに早い撃退に、反乱軍も思惑が外れたと泣き顔を作っている事でしょう」



 先程とは一転、すでに楽勝ムードがその場の空気を支配しつつあった。


 実際、内外両方からの攻撃に晒されるはずが、片方があっさり片付き、もう片方を返す一撃で屠ろうかと言う段になったのだ。


 それが分かっているからこその気の緩みであったが、あちらの状況を“全部”知っているヒサコには油断も気の緩みもなかった。


 手を払って無言の内に場を制し、報告を続けるようテアに促した。



「事前に築いていたイルド要塞が、その防衛施設が如何なく発揮され、十倍以上の帝国軍を難なく撃退。士気も大いに上がりました」



 テアの口より発せられた戦闘詳報は人々を興奮させ、時折拍手が聞こえてくるほどだ。


 やはり、勝ち戦の報告ほど気分の良いものはないのだ。



「しかし、ジルゴ帝国の皇帝はまさに最強の戦士であり、アスプリク様を始め、幾人も挑みかかりますが、その都度返り討ちにあい、皇帝を押し包もうとしても放つ矢弾はことごとく防がれ、槍衾も掻い潜られ、こちらも甚大なる被害を受けました」



 この部分を聞いた時は、居並ぶ顔触れも渋い顔をした。


 強い強いと聞いてはいたが、テアの報告が嘘ではないかと思うほどに現実離れしているのだ。報告者が他の人間なら、一笑に付していたであろう。



「そんな苦戦を強いられる中に、ヒーサ様が到着。すぐに状況を把握して策を練り、皇帝を討つべく罠を仕込んだ場所に誘い込み、身動きが取れなくなったところを、ティース夫人もこれに加わり、夫婦が協力して皇帝を討ち取りました」



 ここでまた歓声が上がった。


 勝利の報告と分かっていても、皇帝が桁外れの強さを持っていたのは事実であり、それを見事討ち取ったという報告は、やはり手に汗握るものであった。



「さすがは公爵様! 知略の冴えは相変わらずですな!」



「ティース夫人も武芸にかなり覚えありと聞いていましたが、まさか自ら戦場に立たれるとは! いやはやお見事お見事!」



「シガラ公爵家は夫婦揃ってご活躍とは凄い! あとは迂闊な蜂起をした反乱軍さえ鎮圧してしまえば、王国の抱える諸問題は解決しそうですな」



 皆が意気揚々といられるのは、やはり“見返り”あってのものだ。


 シガラ公爵家から“誠意わいろ”を受け取っている者ばかりであり、その権力基盤がますます盤石となれば、当然“おこぼれ”にありつけるというわけだ。


 ヒーサは皇帝と帝国軍を打ち破った英雄であり、ヒサコは国母摂政として国政を統括する。しかも、二人揃ってまだ二十歳前の若者であり、活躍の期間はまだまだ長く続きそうだ。


 ならば今後の事を考えると、一層奮起して二人の覚えをめでたくしておくのは必須と言えた。



(……てなことを考えているんでしょうけど、本題はここからなのよね~)



 笑顔、笑い声が飛び交う中にあって、ヒサコはどこまでも冷静であった。


 なにしろ、反乱軍の後ろには黒衣の司祭カシン=コジが控えており、その後ろには“真なる魔王”の覚醒と言う更なる面倒事が待ち受けているのだ。


 折角手に入れたカンバー王国という大名物、壊されてなるものかと意気込むヒサコの頭には、反乱軍をいかに鎮圧し、その勢いのまま異端宗派『六星派シクスス』を壊滅させるべきか、次々と策が積み重なっていくのであった。

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