14-2 生贄!? 虜囚の身ではどうにもならない!

 王宮で会議が開かれていた丁度その頃、とある薄暗い洞窟の中で少女が目を覚ました。


 頭の中を何度もかき回されたようなひどい頭痛があり、意識をはっきりさせるのに時間を要した。



「ここは……?」



 そして、周囲や自分が置かれている状況が分かってきた。


 まず、自分の状況だが、大の字で石の台座に寝かせられ、四肢に枷を嵌められていた。手足を動かそうとするとジャラリと鎖の摩れる音が鳴り、自分が囚われの身だと言う事が理解できた。


 服も記憶にある最後の服装と違っていた。炎をまとうがごとき深紅の戦闘用法衣ではなく、光沢のある黒の衣装であった。


 絹で設えてあるのか肌触りは良く、かなりの高級品だと言うのはすぐに分かった。袖はなく、スカートの切れ込みスリットも大きく開かれていた。


 白磁のごとき肌に黒の衣が実に映え、松明の炎に照らし出された小さな体は、言葉にできないそそられるものがあった。



「お目覚めかな、白無垢の乙女よ」



 不意に声をかけられ、少女がそちらを振り向くと、そこには同じく黒色の法衣をまとう男が立っていた。


 松明で照らし出されたその顔は少女も見覚えがあり、同時に殺意が湧き起こってきた。



「カシン……!」



 相手は良く知る男、闇の神を奉じ、魔王顕現を目論む異端宗派『六星派シクスス』の黒衣の司祭カシン=コジであった。


 少女はカシンを睨み付け、同時に体を起こそうとするが、四肢を枷で拘束されているため、起き上がることができなかった。ジャラジャラと鎖の音だけが空洞に虚しく響き渡るだけだ。


 しかも術封じの効果もあるようで、得意の炎を紡ぎ出すことも阻害されていた。



「ふむ、元気そうでなによりだ、アスプリク。お前のために用意した服は、なかなかのものだ。今少し胸のふくらみが欲しいと言うのは、わがままであろうかな」



 下衆な笑みを浮かべ、少女の体を嘗めまわすように見つめる視線は嫌悪感を呼び起こすのに十分過ぎた。


 縛られた少女の名はアスプリク。カンバー王国の先王フェリクの娘であり、『五星教ファイブスターズ』の火の大神官だ。


 王国最強の術士と謡われ、数多の戦場を駆けまわり、亜人や悪霊と戦ってきた戦の申し子だ。


 国王と旅のエルフを親に持ち、母親譲りの尖った耳と白化個体アルビノという実に特徴的な外見を持っていた。


 意識のある最後の記憶は、アーソ辺境伯領の国境にあるイルド城塞の宿舎だ。皇帝ヨシテルとの戦いで魔力を使い果たし、叔母のアスティコスに運ばれて寝台に横になったところまでは覚えていた。


 その後、疲労のせいか急に眠気に襲われ、そのまま眠ってしまった。


 そして、目を覚ましてみたらこの有様である。


 あの強烈な眠気も疲労からではなく、目の前の男の仕業であり、まんまと捕らわれてしまったのだとようやくにして気付いたのだ。



「こんな趣味の悪い服、僕の好みじゃないね!」



「そうか、それは残念だ。以前、お前を抱いた時に体の寸法は記憶しておいたから、いざと言う時のために用意していたのだがな。気に入ってもらえないのは残念極まる」



「このクソ野郎が!」



 アスプリクは無駄と分かっていてもその怒りは止められず、不敵な身を浮かべるカシンに一発お見舞いしようと腕を振り上げようとした。


 その都度、鎖がやかましい程に音を立て、カシンをますます愉悦に浸らせた。


 少し前、ヒーサに化けたカシンにまんまと騙され、一夜を共にしてしまった事はアスプリクにとって思い出したくもない忌まわしい記憶であり、目の前の男共々消し去ってしまいたい過去であった。


 着替えていると言う事は、またしてもこの世界で一番ムカつく相手に裸体を晒してしまったと言う事だ。


 殺意が沸々と心の奥底から噴き出し、アスプリクは相手を睨み付けた。



「仮にも一国のお姫様の発する言葉遣いではないな。今少しお上品にできないのかね?」



「……お早くくたばりやがれですわ!」



「ああ、うん。無理に取り繕わんでいいわ」



「ああ、むかつく! さっさと鎖を外しやがれ!」



 ガシャンガシャンと腕を振り回そうとするが、さすがにアスプリクの細腕ではどう足掻こうと不可能であった。


 術を使えればどうにかなるのだが、そちらも封じ込められており、無駄に体力を消耗しただけだ。



「クッ……、これから僕をどうしようって言うんだい!? 僕が魔王なんか絶対にならないし、僕に用なんてないはずだ!」



「まあ、それもそうなのだが、時間短縮のために必要なのだよ。ほれ」



 そう言って、カシンは自分の後ろを指さした。そこには幾人かの黒衣に身を包んだ術士と思しき者がおり、祭壇に向かって呪詛としか思えぬ“祝詞のりと”を唱えていた。


 同時に魔力を送り込んでいるようであり、“黒い女神像”に注ぎ込まれていた。



「魔王覚醒をさせるのが少々手間でな。仮にお前やマークが魔王として覚醒してくれたのであれば、魔力源としては十分だし、魔王の魂を注ぎ込む器もある。ところが、覚醒予定の対象者は、魔王覚醒の適性が低く、魔力も微弱で、とても魔王を乗せるのに不十分な器しかない」



「それを僕の魔力で補填しようって言うのか!」



「いかにも。元々、お前が魔王の器であるのだし、魔王を覚醒させる“気付け薬”としては最適だ。まあ、お前が闇落ちしてくれれば手っ取り早かったのだが、如何せん余計なものを心に内包させ過ぎた」



「そう、“愛”ってやつだよ! ヒーサと叔母上がそれを僕に教えてくれた!」



 アスプリクは王女として生を受けながら、父王からは実子と認知してもらえなかったため、色々と苦労することとなった。


 すぐに捨てられなかったのは、桁外れの術の才能を有していたからであり、娘可愛さにというわけではない。宮仕えからも腫物扱いだ。


 十歳になる頃に『五星教ファイブスターズ』の神殿に放り込まれてからもそれは続き、むしろ悪化したとさえ言えた。亜人や悪霊達との戦いに明け暮れるか、あるいは総本山の“奥の院”の住人の慰み物となるか、そんな地獄のような生活であった。


 そこに手を差し伸べたのが、宴の席で顔を合わせたヒーサと言う若い貴族だ。


 表向きは友人として、裏では王国をひっくり返して、今までの“ツケ払い”をさせるため、ヒーサとアスプリクはがっちりと手を組んだ。


 それがいつしか異性への思慕に変わり、初めての友達は初恋の相手になった。すでに相手が既婚の身であったのは残念極まる事であったが。


 そして、今度は母親であるアスペトラの妹アスティコスを連れて来てくれたのだ。


 アスプリクにとって今まで“家族”という言葉には、唾棄すべき冷ややかな意味しかなかった。


 しかし、アスティコスと一緒に暮らすようになり、その心が氷解するのにはそれほど時間を要しなかった。初めて血の繋がった叔母から愛情を注がれ、心が晴れ渡るように感じた。


 心の闇が消え、光が差し込み、温かさを心身ともに受け止めた。



「……まったくもって、余計な事をしてくれたものだよ、ヒーサは。自分の悦楽のみに知恵と権力、財力を使っているように見えて、その実、女神と交わした仕事についてはきっちりこなしてくる。魔王を倒すのではなく、魔王を覚醒させないなど、とんだ発想の転換だ」



「それも前に聞いた。仮に僕が覚醒しても、“八百長”で戦いを長引かせて、その間にこの世界を楽しもうって策だろう? ほんと、どこまでも自分本位で、面白い事を考えるよ、ヒーサは」



「だが、最後の最後で詰めを誤った。第三の候補など、あいつの中では予定外だろう。それもこれも、ティースとか言うイキった女のおかげだ。ヨシテルにとどめを刺したのもあの娘であるからな」



「あ、ティースがとどめ刺したんだ。さっすがぁ~♪」



 アスプリクがティースに抱く感情は複雑だ。


 なにしろ、自分の想い人の伴侶であり、恋敵なのだが、同時に恩人でもある。


 自分の身の上を知ると誰よりも激怒し、堂々と教団に宣戦布告をした。


 想い人ヒーサ叔母上アスティコスを除けば、間違いなくその次に大事に思っている友人だ。


 それがあの不死身の化物、皇帝ヨシテルを倒したのであるから、素直に喜んだ。



「ヨシテルめには今少し暴れて欲しかったが、役目としては十分に果たした。所詮はもどきであったが、こうして本物の魔王候補をガッチリと捕獲して、第三の候補の覚醒に一気に近付けたのだからな!」



 カシンは勝ち誇った笑みをアスプリクに向け、嫌らしい手付きでその頬を撫でた。


 本能的嫌悪感からアスプリクはカシンを拒絶し、顔を動かしてその手に噛みつこうとしたが、そこはサッとかわされてしまった。


 その隙にアスプリクの銀色の髪を無造作に掴み、カシンをグイっと引っ張った。



「ぐっ……、こいつ!」



「火の大神官よ、あまり手間をかけさせんでくれ。魔王ではないお前の命など、もはやどうでもいいのだと言う事を忘れるなよ。手荒に扱ってやってもいいのだぞ」



「……ヒーサが助けに来て、自由に動けるようになったら、有無を言わさず焼き殺してやる!」



「熱い一夜を過ごした仲だというのに、つれないお言葉だな」



「殺してやる、殺してやるぞ! 痛みを感じる体を持ってこの世に生まれたことを、後悔するくらいに惨たらしく殺してやるからな!」



「では、神に祈るがいい。どの神かは知らんがな。私もまた、神の被造物だ。同じ神の作り者同士、等しく終末を迎えよう。世界の破滅を眼に焼き付けよう」



 カシンの高笑いと、アスプリクの罵声が空洞内に響き渡り、いつ果てるとも知れずに続いた。

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