13-81 割り切れ! なんやかんやでご褒美にありつける!

 新旧の恩義の板挟みであった。


 目の前にいるシガラ公爵ヒーサには、ルルのような術士の隠遁者が自由を得るために数々の改革を成し、今の暮らしを用意してくれた。


 だが、旧恩あるカインの嫡子ヤノシュを殺したのは、シガラ公爵家だと言う事も知ってしまった。


 そして今、そのカインが息子の死因を知り、反旗を翻したとの情報が舞い込んだ。


 どうするべきか、ルルとしては即答しかねる案件であり、苦悶に顔を歪めた。



「まあいい。ひとまず城に戻ろう。アルベールも引き上げてきているだろうし、軍議を開いて今後の動きについて協議する。それから結論を出しても遅くはあるまい?」



 口調自体は優しいが、有無を言わさぬ迫力があった。


 ルルは怯えながら何度も首を縦に振り、ヒーサの言に従う事にした。


 術の腕前に覚えがあるとは言え、所詮は十七歳の少女である。戦国乱世を駆け抜けた男・松永久秀とは、まさに格も場数も違い過ぎた。


 抗えぬ状況に更なる追い打ちかと言わんばかりに、今度はティースが後ろから肩を掴んできた。



「ヒーサ、いいの? ここでちゃんと“処置”をしておかなくて」



「構わん。どのみち、自分どころか兄の進退にも関わることだからな。二人で話す時間を作ってやらねばならんだろう」



「随分と、お優しいですね。らしくない」



「私はいつでも優しいぞ。美女限定で、博愛主義だと言っても過言ではない」



「あら? そういう割には、私には当たりが強くありませんでしたか?」



「おお、自分が美女だと抜かしおるぞ、我が妻は。慎みに欠ける傲岸さよ」



「そうだと自覚がある場合は、傲岸ではなく自負と呼ぶのですよ?」



 なぜかルルを間に挟み、嫌味の応酬が始まった。


 この二人は何をやっているんだと、ルルは困惑しながら互いを顔を交互に見やった。


 そんな困惑するルルを、テアが腕を引っ張って連れ出した。


 なお、二人はそれでもお構いなしに応酬を続行し、ああだこうだと口論と言う名のイチャつきが開始された。



「気にしないで。最近いつもこうだから。まあ、一種の愛情表現であり、ストレス発散でもあるから」



「は、はぁ……」



 呆れ顔のテアの言葉になんとなしに頷くルルであったが、ヒーサに対する印象がまた捻じれてきた。


 知的で慈悲深く、それでいていざと言う時の行動力と抜け目のなさ、それがルルの抱いていたヒーサの印象であり、恩義と僅かばかりの惚れ気を持っていた。


 今日、それが木っ端微塵に吹き飛び、悪辣で容赦のない策士かと思ったら、今度は下らない案件で夫婦喧嘩(?)を始めてしまう人間臭さを感じ、どれが本当の姿なのか判断に迷うのであった。



「ねえ、ルル、正直なところ、あなたはどうしたいの?」



 テアも呆れ顔から真顔に戻っており、本気で心配して尋ねているとルルは感じ取った。


 テアとルルは特にこれと言った繋がりも付き合いもない。それぞれの立場、職権の内での繋がりであり、今まで交わしてきた会話も仕事に関する事ばかりだ。


 それが珍しくも、立場を越えて質問してきたことに新鮮味を感じた。


 その中身が今少し楽な質問であればよかったのだが、今後の動きに関わる重大な案件である。


 テアに対し手も慎重にならざるを得なかった。



「正直に言えば、穏便に解決して欲しいです」



「まあ、そうなんでしょうけど、それは無理よ。どう考えても、時期的に反乱軍は黒衣の司祭に焚き付けられて、事を起こしたのは間違いないでしょうし、話し合う余地も和議を結ぶことも不可能。どちらかが殲滅されるまで続くでしょう」



「それでも、私には……!」



「早くティースみたいに吹っ切れないと、あなたの方が焼き切れるわよ」



 ヒーサのやり様を見てきたテアとしては、早く割り切って欲しいと思うばかりであった。


 ティースも、アスティコスも、全てを奪われた上で、より大きなものを与えられ、今では“形だけ”は反目しつつも、割と従順に従っていると言えた。


 裏切れないように手を回したとはいえ、あの二人はしっかりと割り切っていた。


 他にも、ライタンもそうであるし、有用でよく働く者には“ご褒美”を怠らない。


 だからこそ、人でなしでありながら、人の心を掴んでいるのだ。


 その輪の中に加わるだけで、精神的負荷から解放される。割り切れるかどうか、それだけの問題だ。



「そこはほら、城に戻ってアルベールとよくよく相談なさい。まあ、アルベールの性格からして、状況を知ればすぐにでも旧主の下へ飛んでいきそうだけど」



「お兄様なら、多分そうするでしょう。でも、私は……」



 ルルの頭の中に浮かび上がるのは、シガラ公爵領で過ごした日々であった。


 アーソ辺境伯領での暮らしは、家族と過ごせるが苦痛を伴うものであった。異端審問に怯え、影でコソコソ生きねばならないのは大変な事であった。


 しかし、シガラ公爵領においては、誰からも歓迎され、頼りにされ、自分の才覚を活かして、堂々と大手を振って生活する事が出来た。怖いものなど何もなく、不自由なく楽しく暮らすことができた。


 それを今更捨て去れと言われても、ルルにとっては痛恨の一事でしかない。


 そんな悩みに悩むルルに、今度はアスティコスがその肩に手を置いてきた。



「割り切りなさい。人の手は欲を全部掬い上げれるほど、大きくはないのよ。どこかで妥協しないといけない場面がある。私も里を焼き払われ、故郷を失ったわ。でも、それ以上のものをあの外道から与えられた」



 アスティコスの視線の先には、まだ夫婦喧嘩いちゃらぶを続けるヒーサがいた。


 茶の木が欲しいと言う理由だけで、最古のエルフを殺し、その里を焼き払った極悪人だ。


 当初はそれを恨み、いずれは報復しようと心に誓ったものだが、今ではその考えはなくなっていた。


 時間が止まっていた里から出る事により、外の世界の面白さを知り、里を飛び出した姉アスペトラの気持ちを今更ながら理解できるようになった。


 そして、その姉の忘れ形見であるアスプリクと暮らすようになり、アスティコスの見る世界は再び彩を取り戻した。どころか、より華やいだ世界が見えてくるようになった。


 それをもたらしたのは、ヒサコのやらかしであったが、今となってはそれはそれで良かったとさえ考えるようになっていた。



「まあ、あれよ。あいつは本当にろくでなしよ。欲望を手で掬い上げるのが当たり前の状況なのに、自分だけ桶で掬い、浴びるようにその悦に浸るような、どうしようもない人間のクズだわ」



「そこまで言いますか……」



「事実よ、事実。でなきゃ、笑顔を崩さず、里を焼き払うような外道な真似はできないわ。でも、あいつは懐の内にあるものには、結構気遣いができるのよね。有益、役に立つ、愛でるに値する、そう感じたものにはかなり優しい。だからこそ、本性を知ったけど、まだヒーサの側から離れない連中は多い。私の姪っ子なんか、ゾッコンだしね。正直言えば、控えて欲しいんだけど」



 アスプリクのやりたいようにさせるのがアスティコスの考えとは言え、やはりあの腐れ外道に惚れるのは考え直してほしいと思ってはいた。


 アスプリクが拗ねるので、それは口には出してはいなかったが。



「とにかく! 今はアスプリクを救い出すことが先決なの! で、それを成すには、ヒーサの知恵や力を借りないとどうにもならない! それが今の優先すべき行動! 単純でしょ?」



「そ、それはそうですが……」



「あなたもね、さっさと割り切りなさい。でないと、全部失った上に、なんの“ご褒美”もなしに放り出される事になりかねないわよ」



 アスティコスはルルの背を何度か叩き、その決心を促したが、どうにも煮え切らないままだ。


 やはり兄アルベールと相談して決めねばならないと考えており、今この場で決するのは無理であった。



「まあ、それはそれでいいから、早いところ城に戻りましょうか。こっちは可愛い姪っ子を助けたい、これで頭の中がいっぱいなのよ」



 そう言って、アスティコスはなおも口論を続ける夫婦の間に割って入り、さっさと帰還するように促した。


 かくして、皇帝ヨシテルとの決戦は王国側の勝利に終わったが、新たな騒乱の火種が燃え上がり、また後味の悪い幕切れとなった。


 これから先の事はどうなるのかは分からない。反乱の鎮圧にアスプリクの救出、なにより“第三候補”を使った魔王の覚醒と、やらねばならない事は山積していた。


 ただ、頭の中に未来を描いた絵図を完成させたヒーサを除いて。


 梟雄の視線の先にはあるべき姿の未来が存在し、それを手にするのだと改めて意気込むのであった。



     【第13章『決戦! 乱世の梟雄 VS 剣豪皇帝』・完】

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