13-80 迫る決断! さあ、お前はどちらの味方だ!?

「で、ルルよ、お前はどっちだ? かつての恩人であるカインか? それとも、今恩義を受けている私か? どちらを選ぶ?」



 ヒーサより投げかけられた問いかけに、ルルは答える事が出来ず、どうするべきかを悩み、窮していた。


 表情こそ普段とさほど変わらぬ穏やかなままであったが、語気や漂わせる気配がさっさと答えろと言わんばかりに荒れ狂っていた。


 下手な回答は死を招く。それも、自分どころか、兄アルベールの身も危うくしかねない。


 紡ぎ出す言葉にも、より一層の慎重さが求められた。



「……公爵様、どちらかなどと“狭い”事を仰らずに、もっと穏便に、双方の顔を立てれるような解決できる話はないのですか!?」



「あるとも。お前が黙して語らず、これまで通り何食わぬ顔で過ごせば済む事だ」



「…………! ヤノシュ様の件を忘れろと!?」



「忘れる必要はない。ただ、表向きはそんな痛ましい事などなかったと振る舞えばいい。ほれ、お前の後ろにいるティースなんぞがいい例だ。かつての事を忘れてはおらんが、すでに吹っ切れているぞ」



 そう言われ、ルルは思わず後ろを振り向いた。


 そこには笑顔で刀の柄に手を当てているティースがおり、いつでも斬れると言わんばかりの姿があった。


 そのティースとヒーサの間にはかなりのゴタゴタがあった事は知っていた。だが、ここ最近の言動から察するに、それ以上の“何か”を手に入れて、我慢していると見受けられた。


 もちろん、実はティースこそ幼王マチャシュの実母であり、本当の“国母”はヒサコではなくティースだと言う事を、ルルは当然ながら知る由もなかった。



「……ティース夫人、それでいいんですか!?」



「良いも悪いもないのよ。もう引き返せない所まできちゃったから。あなたもさ、時流に乗った方が、案外すっきりするかもよ?」



「それで、かつての主君、恩人を見捨てろと!?」



「その人、今はシガラ公爵領で丁重に扱われているし、そこまで気に病むこともないでしょうに。まあ、裏切ってご破算にしたんだし、これ以上は面倒見きれないっていうのかしらね。それより、ルル、あなたさぁ、ヒーサにどれほどの恩義を受けてきたと思っているの? ヒーサと出会わなかった場合の、今の自分はどうなっていると思う?」



 ティースより投げかけられた問いかけは、ルルの心臓にグサリと突き刺さり、思わず体が浮かびそうな衝撃を受けた。


 そう、ヒーサやヒサコから受けた恩義があまりにも重いのだ。それも兄妹揃って。


 ルル自身はどうか?


 教団の異端審に怯える事なく堂々と世間を歩けるようになり、しかも公爵家が独自に作り出した術士の管理組合『術士所うらのつかさ』の取締役にまで任命されていた。


 怯えて暮らす隠遁者が、今や押しも押されぬ実力派の術士として、敬意と名誉を受ける立場になった。


 それも高々、十七歳の娘がである。とても才能豊かな術士とは言え、確たる後ろ盾がなくてはまず不可能な状況だ。


 兄アルベールはどうか?


 かつては一地方領主に仕える平騎士に過ぎなかった。


 ところが、ヒサコに抜擢されてからと言うものトントン拍子に出世して、二十代半ばで一軍を預かる将軍にまでなることができた。


 また、対帝国戦線でヒサコの指揮の下、圧倒的な武功を上げていき、サームやコルネスと同じく王国中にその名が知れ渡り、『聖女の三将』として名声を欲しいままにしていた。


 兄妹揃って才能があり、しかも努力に努力を重ねたことは周知であるが、その“結果を出せる立ち位置”に立たせてくれたのは、間違いなくヒーサやヒサコなのだ。


 辺境伯領のみが活動の場であった時とは、まさに雲泥の差だ。それを理解しているからこそ、ルルもアルベールもヒーサには忠実に従ってきたと言ってもよい。



(どう判断しろっていうの……。こんなの、こんなことって!)



 ルルはどうするべきかを表す言葉や回答を持ち合わせていなかった。


 『六星派シクスス』を成敗することこそ仇討ちになると考えていたが、本当の仇討ちの相手は目の前の“恩人”なのだと言う。


 恨みを晴らすには、恩義の念を捨て去れと言うのだ。



(こんな選択を迫るなんて、神様、あなたはとんだ悪党だわ!)



 ルルは天にいるであろう神に向かって、悪態の一つでも付きたくなった。


 なお、その神様とやらはすぐ横にいたりするのだが、それを知る者は限られており、なんとなく察したヒーサはまた笑顔を作ってルルの頬に手を添えた。



「まあ、悩むのは分かるが、そう時間のある話ではない」



「……と言うと?」



「今、ヒサコから【念話テレパシー】が届いた。王国内で大規模な反乱が発生した。まるでこちらの騒動が収まるのを待っているかのようにな」



「一難去ってまた一難。どうなっているのですか、この世界は」



「ああ、ちなみに首謀者はサーディク殿下だ。おっと、王家に弓引く不届き者には、殿下の敬称はいらんか。そして、参加している貴族の中に、“元”アーソ辺境伯カイン殿も含まれている」



「え、ええ!? そ、そんな! そんな事って!」



 ルルは愕然として、かつての主君がいよいよもってシガラ公爵家に反旗を翻したのだ。


 シガラ公爵家の預かりの身で丁重に扱われていたカインが、いきなりの謀反である。それ相応の理由がなければ説明が付かない事象だ。


 そして、その動機となり得る部分も、今し方ルルは知ってしまった。



(もし、カイン様がヤノシュ様の一件を知ったらどうなるか、火を見るより明らかだわ!)



 期待の跡取り息子を殺した相手が、実はシガラ公爵家であると知ったらば、直ちに行動を起こして、反旗を翻すことに疑いはなかった。


 ルルにとっては最悪の出来事であり、図らずも新旧恩人同士の争いの板挟みとなった。



「まあ、黒衣の司祭が色々と吹き込んだのか、あるいは術で操っているのか、それは分からん。だが、私と敵対したという事実は確定した」



「……選べ、と?」



「そうだ。お前達兄妹は才能豊かな有能な人材だ。実績もある。ゆえにどちらに着くかで、今後の展開が大きく変わる。そうは思わんか?」



 ヒーサのペシペシと痛くない程度にルルの頬を打ち、さあどうすると言いたげにまた笑みを浮かべた。


 今のまま行くのか、旧恩に報いるのか、どうするのかと問いただしているのだ。


 ルルは何度か口を開きかけるが、どうにも答えが喉に引っかかってでない。どちらを選んでも、もう片方を裏切ることになるからだ。

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