13-74 拘束! 雁字搦めのお姫様!
「アスプリク!」
悲鳴にも等しい声を上げたのはアスティコスだ。
カシンのすぐ横に映し出されたのは、縄で縛られ、さらに『術封じの枷』まで嵌め込まれたアスプリクであった。
気を失っているのか目を瞑っており、ピクリとも動かない。
「ハッハッハッ! と言うわけだ! 残念だったな、諸君! ヨシテルめ、折角この世界に召喚してやったというのに、大した成果も上げず、もどきとは言え、魔王を名乗る者の面汚しだ。だが、最後の最後で役に立ってくれたな!」
勝ち誇ったカシンは大口を開けて笑い出し、まんまとアスプリクを虜にされた一同を嘲笑した。
なんのことはない。ヨシテル討伐に注力しすぎて、消耗し切っていると知りつつも、アスプリクを単独で放置していた事が裏目に出てしまったのだ。
その点の自分の迂闊さを後悔しつつも、姪を誘拐しようとするカシンへの返礼として、アスティコスは構えていた弓から矢を放ったが、それは命中しなかった。
目の前にいるカシンは術式で映像を送っているいわば幻のようなものであり、実体はないのだ。
実際、放たれた矢は開かれたカシンの口に飛び込んだが、実体がないため、当然すり抜けた。
「良い腕前だ、エルフ女。本物なら後頭部に、もう一つ口が出来ていたところだ」
「クッ……!」
アスティコスはもう一度矢を
「おいおい、そんなに睨まんでくれ。何も“以前”のように取って食おうというわけではないぞ。抱き心地は面白みに欠けるからな、この娘は」
「下衆が……。アスプリクに変な事してごらんなさい! タダじゃ済まないわよ!」
「それは保証しかねるなぁ~。お前らをおちょくる格好の材料であるし、なんなら今すぐこの場でこの白百合を手折ってやろうか?」
そう言うなり、カシンは手を伸ばし、気絶しているアスプリクの頬に指を這わせた。
そして、何度か突いたり、撫で回した後、その指を襟に引っかけ、口の端が吊り上がるほどの悪意ある笑みを浮かべ、アスティコスを見つめた。
この場でひん剥いてやろうかという意思表示であり、当然それを察したアスティコスの怒りは天井知らずで上がっていった。
「さっさとアスプリクを返しなさい! その子が魔王じゃないっていうのなら、あなたには用がないはずでしょ!?」
「まあ、それはそうなのだが、用はなくても意味はあるのだよ。例えば、君らの最大戦力を拘束しておけば、戦術に大きな変更を加えねばならないからな」
カシンの指摘は間違いなかった。
アスプリクは王国最強の術士であり、その戦力はたった一人で兵士千人分を優に超えるとさえ言われていた。
いるといないのとでは戦力に大きな開きがあり、それが敵に捕らわれたとなると、その戦力的な損失は計り知れないのだ。
だが、ヒーサはあくまでも冷静であった。
カシンの言葉を聞くなり、鼻で笑ってみせたのだ。
「と言うのは建前で、アスプリクに何かをさせるつもりなのだろう?」
「ほう……。その根拠は?」
「取って付けた言い訳がましく言い放った言葉が、だ。こちらの戦力低下が狙いであるならば、わざわざ生け捕らずに、その場で始末しておいた方が確実だ。人質にすると言うのであれば、それは意味を成さない。私がどういう人間かを知っていれば、なおの事な」
「ひどい男だな。お前を何より慕う
「見捨てるのではない、“斬り捨てる”のだ」
本当に顔色一つ変えずにヒーサは言い切った。
それを横で聞いていたアスティコスは、「正気なの!?」と言わんばかりに目を丸くして振り向いた。
それも無視して、ヒーサは更に口を開いた。
「カシンよ、お前はアスプリクの事を全く理解できておらんようだな」
「と言うと?」
「その娘は私の惚れている。同時に“失望”されて、棄てられる事も恐れている。ゆえに、私に迷惑をかけるくらいなら、自分の不甲斐なさで負けてしまうくらいなら、いっそ自害してしまおう。そう考えるくらいにまで、ちゃんと“仕込んで”おいたからな」
「八百長の布石かね?」
「お前のせいで台無しになったがな」
ヒーサの本来のやり口は、アスプリクが魔王に覚醒することを想定し、魔王と化したアスプリクと八百長を目論んでいた。
のんびり異世界生活を満喫するため、“英雄”である自分と、その自分に惚れている“魔王”と結託し、戦っているふりをして、長らく楽しもうと目論んでいた。
ところが、そんな明るい未来計画もカシンの真の目的を知るに至り、その計画は破綻してしまった事を確信した。
だが、アスプリクがヒーサに惚れ込んでいるという事実は残っているため、その点では色々と利用価値があった。
なお、アスティコスに言わせれば、ヒーサもカシンも同じ“クズ野郎”だ。
(救い難い程の
できればどちらもお断りしたいとは言え、命の危険がないヒーサの方がマシと言う、嫌な取捨選択を迫られる事に頭痛を覚えていた。
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