13ー73 罵り合い! 一難去ってまた一難!

 黒き法衣を身にまとい、それは突如として現れた。


 “魔王の隠れ家”について語らんとした皇帝ヨシテルは塵の山となり、現れたそれは手に持つ六芒星の飾りがついた錫杖で、何度も何度もその塵の山を突いた。


 あるいは足で踏み躙り、かつての皇帝の成れの果てとは思えぬ不敬な態度であるが、そんなものは関係なかった。


 そもそも、黒衣の司祭にとってジルゴ帝国の皇帝は単なる手駒であり、臣下の礼を取っていたのも所詮はポーズに過ぎないからだ。



「カシン!」



 その姿を見るなり憤ったのは、マークであった。


 普段冷静で表情にも乏しい少年が露骨なまでの嫌悪感を示し、手にはすでに小剣ショートソードが握られていた。

 

 また、アスティコスもすでに弓矢を構え、黒衣の乱入者に狙いを定めていた。


 ルルも臨戦態勢を取っており、なけなしの護身用として身に着けていた短剣ナイフを握っていた。


 ティースもまた、先程受け取った『鬼丸国綱おにまるくにつな』を鞘から抜こうとしたが、それはヒーサによって制された。



「止めておけ。無駄だ。奴はここにはいない」



「水鏡を利用した通信術式だわ。水鏡に映っている映像を、ここに飛ばしているだけ。ちょうど溶けた氷の水たまりもあるしね」



 目の前の黒衣の司祭は実体ではない。ヒーサとテアは即座にそれを見抜き、周囲の動きを止めた。


 実際、塵の山を突いたり踏み躙ったりはしているが、すり抜けているのだ。実体がないのは、少し注意深く見れば誰でも分かることであった。



 だが、それでも仇敵への警戒感と、“最強の剣豪”への敬意から、カシンの行為をよしとせず、得物を握ったまま対峙した。


 そんな状況ではあるが、カシンはまずもって拍手を贈った。



「まずはお見事と言っておこうか。よくぞ皇帝ヨシテルを倒した。もっと犠牲者が出るものと思っていたが、よもや主だった顔触れが一人も欠けることなく切り抜けるとは、こちらの予想を超えていた。その点は素直に称賛しておこう」



「別に褒められても嬉しくはないな。そんな事より、その汚らしい足で公方様を踏み付ける事は許さん。さっさと退けろ」



 珍しくヒーサの口調が感情的になっていた。露骨なまでの不快感を示し、カシンを睨み付けていた。



「おや? お前は足利義輝の事を嫌っていると思っていたが?」



「為政者としてはそうだ。余計な事ばかりしてくれて、色々と世話を焼いたものだ。だが、剣士としては別だ。その腕前は一級品であり、この世界においては紛れもなく無双の豪傑であった。良いものは良いと、評価を下すのが数奇者の矜持だ。好みの良し悪しはあるがな」



「それはまた、随分な高評価で。所詮は呪いに縛られた、哀れな操り人形であったのにな」



「その操り人形が勝手に動き出したからこそ、慌てて処分しに来たのだろう? マヌケはどっちだ」



 互いに罵り合い、一歩も引かぬ二人の間には、なんとも重々しい空気が漂い、耳を澄ませばバチバチと異音が聞こえてきそうな雰囲気であった。



「操り人形は、操られてこそ価値がある。勝手に動き回られるなど、迷惑千万だ。お前とて、人形が、傀儡のお飾り君主が勝手に動かれるのをよしとはすまい? まあ、役には立ってくれたから、こうして手ずから葬りに来てやったわけよ。せめてもの手向けとしてな」



「利用するだけ利用して、用が無くなったらあの世送り。見下げ果てた奴よ」



「フンッ! お前が良くやる手口ではないか」



「生憎と、私はお前と違ってそんな無粋な真似はせん。試したり、あるいは選択させることはあっても、押し付けることはしない。そうだろう、お前達?」



 ヒーサは振り向いて、周囲の面々を見回した。


 はっきり言えば、ヒーサの“被害者達”でもあり、少なからず失ったり奪われたりした面々だ。


 ティースはどうか?


 親兄弟を失い、伯爵の家門はすでに形骸化したようなものだ。それもこれもすべてヒーサの企てが原因であり、まさしく何もかも失ったとも言えよう。


 しかし、ヒーサとの間に生まれた子供が、今や国王になっていた。無論、母親と名乗ることは許されないが、この立場を利用して今までの負債を返済し、お釣りがくるほどの役得を用意してくれたのも、またヒーサであった。


 マークはどうか?


 ヒーサの策にハメられ、義理の姉を失う事となった。


 だが、今は自由な身の上となった。


 かつては術士と言う事を大っぴらに出来ず、限られた人だけと交流して、世間の陰で生きる事を余儀なくされた。


 それを変えたのはヒーサであり、今では平然と陽の光を浴びて暮らすことができるようになっていた。


 シガラ公爵領を自由に闊歩し、任された仕事に出掛けては、ごく普通に人と交流できるように変化した。


 アスティコスはどうか?


 茶葉欲しさに故郷の集落を焼き払われ、父と仲間と故郷を失い、旅立つ事を強いられた。


 だが、今では姉の忘れ形見であるアスプリクとの生活が、何よりも愛おしく感じ、これ以上に無い幸せを感じる事が出来るようになっていた。


 時間の止まった故郷より強引に連れ出し、可愛い姪と言う新しい家族を用意して、時間を動かしてくれたのは、ヒーサ・ヒサコであった。


 ルルはどうか?


 密かに恋心を抱いていた主家の若様を殺され、仕えていた主君も今や隠棲の身だ。


 だが、ヒーサに連れられてシガラ公爵領に移り住み、新たな生活が始まった。もう教団からの異端狩りに怯えることなく暮らすことができるようになり、主家再興という新たな目標もできた。


 自分の術の才は思いの外に役立つようで、今では公爵領の開発事業の中心人物となり、誰からも頼られるまでに成長した。


 全てを奪い、その上で惜しみなく与える。


 これがヒーサこと、松永久秀のやり方だ。


 強欲であり、何もかも奪い尽くすが、眼鏡に適えばこの上なく丁重に扱う。愛でる、と言ってもいい程の好待遇をしてきた。


 ただ、その試験は生半可なものではなく、かつての専属侍女リリンのように、試験に失敗して、踏み外して始末された例もあった。


 だが、ここにいる顔触れは、皆ヒーサに気に入られ、さらに試験を潜り抜けた者ばかりだ。


 ゆえに、ヒーサに抱く感情は常に複雑怪奇。恨みもあるが、同時に恩義もある。頼りにできるが、かと言って信用しているかと言うとそうでもない。


 言葉では言い表せない感情が渦巻く、その中心にいるのがヒーサなのだ。



(ほんと、食えない奴よね~。何とかならんのか、この性格)



 唯一この世界の住人ではないテアは、この場の面々とは立場を異とするのだが、やり口の上手さだけは認めていた。


 この世界に来てからと言うもの、松永久秀はそれと分からぬように巧妙に真意を隠し、気が付けばごっそりと相手から奪っているのが当たり前となっていた。


 だが、こうして奪われはしても、同時に慕う人間が多いのもまた事実なのだ。


 奪った後の“事後処理アフターケア”が、これまた巧みであり、気が付けば一味の中に加えられているというパターンが多い。


 それだけ手八丁口八丁、加えて買収から取引、あるいは人質、脅迫など、その手管の幅は多岐にわたり、絡め取られる者ばかりだ。



(でも、結局は自分のため。我欲を満たすため、だもんね。好き放題やるための手段として、英雄の能力を余すことなく使う。まあ、仕事はしてくれているから、うるさくは言えないけどね)



 現に、魔王を名乗っていたヨシテルを倒し、現段階ではよしとしなくてはならなった。


 真なる魔王の行方を追うのがこれからの最優先課題となるが、それについての考察もヒーサの知恵に頼ることとなる。


 下手にギャーギャー言ってへそを曲げられるよりかは、やりたいようにやらせた方が成果を持ってくる。


 せいぜい頑張ってくれと、テアは口を紡いで状況把握に神経を集中させた。



「ヒーサ、そういう言い方は良くないわ。いっその事、こう言えばいいのよ。『損はさせんから、四の五の言わずに付いて来い』ってね。実績がある以上、みんな結構付いてくるわよ」



「ティースにそう言ってもらえるとは嬉しい限りだ。それで、お前もちゃんと付いて来てくれるのか?」



「いいえ。ヒーサをぶっ殺して、そっくりそのまま公爵家の財産、分捕って差し上げますわ」



「あ~、公方様も、ろくでもない物をティースに残したもんだ」



 元々尖った性格が出てくることも多かったティースであるが、ヨシテルの遺品『鬼丸国綱おにまるくにつな』がそれを顕在化しているようにも思えた。



(呪いの残り香と言っていたが、早く薄めねば我が身が危険だ)



 本気でぶった切られる前に処理しようと、意を固めるヒーサであった。


 だが、妻との睦み合いも楽しいが、今は目の前の目障りな存在をどうにかせねばと、気持ちを切り替えてカシンに対して尊大な態度で向き合った。



「と言うわけで、お前と違って、私は人望と実績ありありなのだよ。姑息にコソコソ立ち回るしかできないお前と、表にも裏にも活躍できるこの私の差、決して軽くはないぞ。分かったか、陰険な司祭殿」



「称賛の言葉痛み入る。そう、私は幻、私は影、すべては満願成就のための工作員。陰で暗躍するのがお似合いだと自負している」



「ほう、弁えているのなら結構。このまま消えてくれ」



「そういうわけにはいかん。まだ用件が済んではいないからな」



 そう言って、カシンは外套マントはだけさせた。


 そこから姿を現したのは、あろうことかアスプリクであった。


 意識を失っているのか目を閉じ、縛られ、枷を嵌められた白無垢の少女の姿が映し出された。

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