13-71 取りあえず斬ろう! 死ねば人間、死なねば魔王だ!

「“真なる魔王”はアスプリクでもマークでもない」



 事実であるという前提ではあるが、ヨシテルの言葉は一同に衝撃を与え、同時に安堵も与えた。


 ティースにとってマークは唯一無二の信における存在であり、アスティコスにとってはアスプリクは亡き姉の忘れ形見で、何よりも可愛い姪っ子だ。


 それが魔王ではないと知れただけでも、この戦いの意味はあったと喜んだ。


 だが、そうも言ってられないのが、テアの方であった。



(おかしい。【魔王カウンター】での計測結果は、アスプリクとマーク、いずれかが魔王になると判断できる数字が出ている。いえ、そもそも魔王はただ一人の存在。こうして複数の候補がいるだけでも異常事態だし、ヨシテルみたいな“もどき”が暴れているのもおかしい。本当にこの世界って異例尽くめ。バグっているってのは、どうにも本当みたいよね)



 これがテアの考えであったが、そうなると可及的速やかに解決しなくてはならない問題もあった。


 そう、誰が“真なる魔王”であるか、魔王に成ってしまうのか、と言う点だ。



「魔王とは何か? 世界に破滅をもたらす者。悪逆非道にして、傍若無人。あらゆる手段を厭わず、どんな悪辣な事でもやって見せる、外法外道の悪の権化」



 ありきたりではあるが、魔王という存在に付いて、つい口に出してしまったテアの呟き。その場の全員の耳がそれを拾った。


 そんな人物が“身近”にいるのだろうか? 全員考えた。


 当然、視線は一人の人物に集中した。


 もちろん、それはヒーサだ。


 と言うより、条件に合致する人物など、ただの一人しかいないのだ。


 “魔王”ヨシテルよりも悪辣な存在、それは“英雄”ヒーサしか考えられないのだ。



「よし! 斬りましょう!」



「待て待て待て! 落ち着け、嫁。私ではないし」



 刀を抜こうとするティースを見て、ヒーサは慌ててこれを否定した。妙にウキウキしている伴侶が、何とも言えず恐ろしくもあった。



「いや、だって、テアの言う条件に合致する存在なんて、ヒーサ以外いませんよ? ゆえに、斬りましょう! 折角貰ったこの武器を、試してみたいですし。腕一本くらい切り落として、痛がったら人間、平然としてたら魔王って事で!」



「それで間違いだったらどうする気だ!? そこで転がっている公方様と違って、こっちはごく普通の一般人だぞ。腕を生やす技は持ち合わせておらん」



「ん~。……あ、なら、ヒサコ! ヒサコを斬りましょう! あっちもあっちで、魔王っぽいですし!」



「ぽいじゃなくて、私の分身だ、あれは。あちらを斬られると、こっちまで腕を失う事になる!」



「あ、じゃあ、ヒーサを斬れば、ヒサコも斬れますね。うん、斬りましょう!」



「おい、誰かこいつから刀を取り上げろ! 取り憑かれているぞ!」



 何かを斬りたくてうずうずしているティースの仕草に、さすがのマークも止めに入った。


 刀を抜こうとするティースと、それを押し止めるマーク。乱心の主君を制止するのは一筋縄ではいかず、激戦の後に何をやっているんだと本気で思う表情になっていた。



「なあ、相方よ、さっきのティースの台詞、何かどこかで聞いたような感じなのだが?」



「あなたが以前言った台詞まんまよ。『次元の狭間』でね。“刀”か“毒”かの違いはあるけど」



「おお、それもそうだな」



 『次元の狭間』にて、医術を悪用して次々と毒を盛り、その生死によって一般人と魔王の判別を付けようとしたのが、ヒーサの当初の計画であった。


 だが、思いの外に手早く家督簒奪が出来て、医者として“遊ぶ”より、貴族として“好き放題”にした方が面白そうだと考えを改めた。


 結果、被害はある意味で膨れ上がり、公爵ヒーサの手によっていくつもの貴族の家門が崩壊し、路頭に迷う者も数知れずと言ったところであった。


 しかもそれら全てを、「魔王討伐に必要だから」と言いくるめ、テアを押し黙らせていた。


 結局、ヒーサの都合のいい状態となり、私腹を肥やして悦に浸っただけに終わった。



「ティースがいい感じで、あなたに染まってきたわね」



「まあ、あの刀の魔力のせいかもしれんがな。だが、あれはあれでよい。ますます愛い奴よ。これからが楽しみだな」



「……嫌味で言っているのよ?」



「知っている。だが、楽しみなのは本当だぞ」



 ただの美人なだけの女ならば、所詮抱き枕と変わらない。遊女うかれめであればそれで事足りるが、ティースは伴侶である。


 生中な態度や覚悟では“梟雄の伴侶”足り得ないのだ。


 しかし、ティースはヒーサの予想よりも遥かに大きく成長し、“楽しい”存在になってくれた。


 おまけに腕っぷしも強く、今も魔王もどきを討伐してしまった。


 実に喜ばしい事であり、互いに頼れる何かがなければ伴侶足り得ないと考えていたヒーサにとって、ティースは本当の意味での伴侶となっていたとも言えた。



「まあ、強いて言えば、ちょいとばかしおっかないがな。公方様の余計な置き土産のせいで、鬼丸抱えた鬼嫁に変貌してしまった点は身が震える」



「今も斬りかからんとしているわよ」



「おお、怖い怖い。マーク、しっかり抑え込んでいろよ。その刀を持ったいる状態で、間合いに入らせないようにな」



 ならどうにかしてくださいと、マークは抗議の視線を送った。


 今この場にいる顔触れの中では、疲労が一番ひどいのは間違いなくマークであった。


 なにしろ、仮死に近い状態で湖底に潜み、ヨシテルが罠にハマったと同時に動き出していくつもの攻撃を繰り広げ、ティースにとどめの一発を入れさせるための舞台を設えたのだ。


 生半可な覚悟や技術でできるものではなく、それをたった十二歳の少年がこなしたのだ。


 早く宿舎に戻って眠りたい、というのがマークの偽らざる本音であった。

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