13-70 下賜! 鬼丸、鬼嫁の所へ行く!
ヨシテルは満ち足りていた。
全力で戦って、その上で負けたのだ。
つい先程まで、この世界で最強の存在は間違いなく自分自身であると確信し、それでいて負けた。
悔しくはあるが、自分でも度を越えたと思っていた力を出し切り、その上を突き抜けられただけだ。
素直に敗北を認め、あとはまた二度目の死出の旅時に出るだけだ。
「戦って、戦って、最後まで戦い抜いたのだ。それはそれでよい。“魔王”を打ち倒した褒美を与えねばならんな」
「謹んで拝領いたします」
「貴様には銭一枚残してやるものか」
ヒーサが手を差し出して“褒美”とやらを貰おうとする姿勢は、あまりに図々し過ぎた。
ヨシテルも当然突っぱねた。手が動く状態ならば、間違いなく殴り飛ばしていたであろう。
そして、辛うじて動く目を動かし、視線をティースの方に向けた。
「ティース、と申したな、勇敢なる女剣士よ」
「左様でございます」
「見事、我に一太刀入れた褒美だ。我が愛刀『
天下五剣の一つに数えられたる名刀の中の名刀である。褒美として受け取るには十分すぎるほどの逸品であった。
「呪われてるぞ、その刀。公方様が拗らせてしまったせいで」
「ヒーサは黙ってて!」
無神経な夫のつっこみにティースは叫び、その足に蹴りを入れた。
ヨシテルの転生に際して、この世界に持ち込まれた『
この刀もまた呪物化しており、切れ味を増幅させ、その威力が増したが、呪いによって破壊と殺戮の衝動もまた増幅させ、誰彼構わず血を求めるようになっていた。
しかし、ヨシテルは暴走しなかった。
類稀なる精神力で呪われし愛刀を制御し、己の力のみでそれを乗り越えた。
(こういう話だけでも、英雄の素質十分だってわかるのよね。私の相方も、少しは見習えって言うのよ)
テアはヨシテルを見てそう思うのであった。
なにしろヒーサときたら、今回も罠を仕掛けて相手を誘い込み、寄って集って殴りつけるというやり方で行ったのだ。
勝てば問題ない。あらゆる手段は結果如何で正当化されるとでも言い気な態度には、毎度辟易させられていた。
「それで、どうするか? もはや我では刀を握れぬし、あの世へ赴く際にも、どのみち三途の川にて没収されるであろうしな」
「なれば、謹んで授からせていただきます。この世に、ヨシテルと言う無双の豪傑がいた証として、我が家に代々お伝えいたしましょう。その圧倒的な強さの伝承と共に」
ティースの回答は、ヨシテルを納得させ、満足のうちに渡せる相手であると認識させた。
ティースは落ちていた『
手の感触は思いの外に重かった。実際の重さではなく、まとわりつく気配の重さであり、体感的に数倍の重さを感じさせるほどであった。
「我が消えても、呪いの残り香はそのままだ。いずれ次なる持ち主に上書きされるであろうが、その前に呪いが汝を取り込むこともあり得る。努々、油断せぬようにな」
「物騒な褒美でございますね」
「だが、威力は保証する。おそらく、この世のどんな刃物よりも、切れ味は鋭いはずだ。我を倒した事を誉れとし、汝の敵をそれで屠るがいい。悪しき者を斬ってこその『
「あ、ってことは、ヒーサをぶった切ったら真人間になりますかね?」
「死ぬ死ぬ。刀で斬られたら、死ぬからな、普通」
嫁のあまりに物騒な物言いに、ヒーサも思わず止めてくれと言わんばかりに首を横に振った。
実際、やりかねないし、やれるだけの実力を持っているのが自分の嫁である。
動機、立ち位置、実力、すべてが実行可能な条件を満たしていた。
異世界転生をして、現地妻に殺されるなど、さすがに勘弁してほしいヒーサであった。
そんな二人のやり取りに、すでに死にかけのヨシテルも笑ってしまった。
「随分といい嫁を貰い受けたものだな。お似合いだぞ」
「そうでしょう、そうでしょう。ティースは自慢の伴侶にて、とても愛い奴なのです」
「性格の悪さといい、奥手に見えて実は行動力の塊だったり、見えていないふりをしてしっかり先を見据えていたり、“愛妻家”の汝にとっては愛で甲斐があるといったところか?」
「さすが公方様。剣豪としての眼力、お見事にございます」
そう言って、ヒーサは不意にティースの腰に手を回し、自分の方へと抱き寄せた。
「では、公方様、さっさとあの世とやらに旅立ってください。これから愛しい伴侶と睦み合う予定がありますので、邪魔者は早々にお引き取り願いましょうか」
「ものすごく嫌そうな顔をしておるぞ。刀を抜こうかどうか、迷いながらもすでに柄に手を当てておる」
「照れ隠しと言うものでございますよ」
「……そうだな。もう、体の感覚はほぼなくなった。後は砂に変わるだけの我が身。一陣の風と共に、地獄に向かうとしよう」
実際、ヨシテルの体は消え去ろうとしていた。
元々、損傷の激しかった下半身はすでに
呪いの反動が各自に体を蝕み、いよいよ本当に最後の時を迎えるようであった。
「まあ、せいぜい励むがいい。カシンは一筋縄ではいかん。汝の知略を以て、“真実のさらに奥”を見据え、伴侶の刀にて、邪を祓うがいい」
「ならば、物のついでに、答えを置いて行ってください。そう、“魔王の正体”をね」
「フンッ。お前には何も残してやらんと言ったはずだ。自分で見極めろ」
「公方様もケチですな。では、もう用済みですし、さっさと消えてください」
「お前も大概よな。どこまでも本当に癪に障る」
自分の手で始末してやりたかったが、今世においても敗れてしまったのだ。悔いはあるが、言っても仕方がない事である。
それ以上に自分を討ち取ったティースから、“無双の豪傑”という評を得た。
これに勝る評価はなく、剣士としては完全に満足してしまっていた。
「まあ、いい。最後の意趣返しだ。どうせお前の事であるから、ある程度は予想しているのかもしれんが、これだけは言っておく」
言おうかどうか一瞬、ヨシテルは躊躇った。
情報を伝えると言う事は、確実にヒーサに利すると言う事だ。なんでこんな奴に圧し得ねばならんのだという思いが、当然ながら強かった。
前世からの因縁と言うものは、それほどまでに強かった。
だが、今は“室町幕府の将軍”ではなく、“ジルゴ帝国の皇帝”なのだ。
力こそ正義であり、強者こそ法である。これが帝国の流儀だ。
それにこそ今は従うべきではと考えればこそ、口を開いた。
「そこの少年や、この場にいない火神に愛されし少女、どちらも“魔王ではない”」
「……そうか」
ヒーサは顎に手を当て、なにやらブツブツと呟きながら、頭の中に描いた絵図に修正を加えた。
この期に及んで嘘を付くとは思えないので、その情報が“正”であると判断したためだ。
「“真なる魔王”はアスプリク、もしくはマーク」
これが事前に考えていた事だ。数々の事象や、黒衣の司祭の動き、なにより【魔王カウンター】による女神の見立てなど、どちらかが魔王になると予想されていた。
にも拘らず、ヨシテルはそれを否定した。
つまり、“他に”魔王となる候補がいる、ということでもあった。
(え? それってどういう事!? ヨシテルの言葉が嘘じゃないって前提だけど、あの二人以外に魔王になれる存在がいるって事なの!?)
【魔王カウンター】で調べた結果、アスプリクもマークも魔王となる素質がある事は、とっくの昔に分かっていた。
しかし、“そうではない”というのがヨシテルからの情報であった。
(魔王の器となるからには、それ相応の実力がいる。恐らくは、私達が関知していて、それでいて魔王の器であることを見逃している誰かがいるはず!)
一体それは誰の事なのか。
テアは近くにいて、それでいて魔王になり得る存在の事を思案し始めた。
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