13-64 氷上決戦! 皇帝よ、ここがお前の墓場となる!(4)

 城壁前の戦場から、凍り付いた湖の上へ場所を変えようとも、ヒーサに向けられた悪意と殺意に変化はない。皇帝ヨシテルは刀を握ったまま、鋭い眼光をヒーサに向けていた。



「さて、騒がしい輩がことごとくいなくなったことであるし、ここを汝の墓に定めたと判断してよいかな?」



 ヨシテルは刀の切っ先をヒーサに向け、垂れ流しの殺意と共に威圧した。


 距離にしておよそ三十歩ほどあるが、その気迫は本物である。小さな羽虫でも飛んでいれば、気配に押し潰されて即死してしまいそうな、そんな雰囲気があった。


 それが自分に向けられていないと分かりつつも、ティースは息苦しさを感じていた。



(魔王を名乗るだけあって、やはり規格外だわ。と言うか、これだけの気の奔流に当てられているというのに、平然としていられるのも凄いと言うか)



 チラリと見るヒーサもテアは恐れもなく、かと言って高揚もなく、ごく自然体で相対していた。


 普段の方が感情豊かで人間味に溢れているが、今はまるで機械的に作業をこなそうとする。そういう雰囲気が二人にはあった。


 何をどう過ごして来ればこうなれるのか、聞いて見たくもなった。



「先程ぶりですが、公方様もご健在なご様子で安心いたしました。今回は私が手ずからあの世とやらへ送り出しますゆえ、今度こそ迷われることなく旅立たれますよう、重ねてお願い申し上げます」



「フンッ! 余裕だな、痴れ者め。揃いも揃って女ばかり侍らせて、いい気なものだ」



「戦場で遊女うかれめを侍らせ、戦見物するというのも乙なものですぞぉ~」



「誰が遊女うかれめよ、誰が!?」



 抗議の声は少し下がっているアスティコスから発せられたが、ヒーサはこれを丁重に無視した。


 なお、ティースは軽く剣を抜いてすぐ戻し、カシャンという音をわざとらしく立てて、ヒーサに無言の抗議を行ったが、これもまた丁重に無視された。


 テアの方はまたかとため息を吐き、ルルの方はと言うとまんざらでもないと言わんばかりに、少しだけ顔を赤らめていた。


 三者三様の反応に、ヒーサは楽し気に笑い、ヨシテルにドヤ顔を向けた。“魔王”としてこのくらいはやったらどうなんだと、がっつり挑発した。


 ヨシテルはすでに刀を抜いて斬りかかれる体勢だというのに、ヒーサはどこまでも余裕の態度であった。


 氷の足場と言う不確定要素が、攻撃を阻む障壁となっているのだ。



「戦場に女子おなごは不要! 血飛沫が舞い、命と魂がすり潰される戦場において、女を侍らせて悦に浸るなど言語道断! 汝には武士もののふの誇りはないのか!?」



「おやおや、何と了見の狭いことで。その女子とやらに、何度焼き殺されましたかな?」



 今この場にはいないが、アスプリクはヨシテルに何度も致命的な一撃を加え、本来なら焼き殺していてもおかしくはないダメージを与えていた。


 無限の再生能力を持つがゆえに削り切れなかったが、まともな勝負であればアスプリクが勝っていたはずなのだ。


 それを真っ向から指摘され、ヨシテルはさらに気分を害し、ヒーサを睨み付けた。



「奴は引いたのであろう? なれば、我の勝ちだ」



「女子はいらぬと申しながら、勝ったの負けたの、滑稽な物言いですな。素直に『美女を侍らすヒーサ君、超羨ましい!』とでも嫉妬の弁を述べてくだされば、妻との熱き抱擁で更に煽ってあげましたのに」



「それはマジで勘弁して」



 すぐ横にいたティースから、これ以上に無い程の嫌そうな顔を向けられた。



「ほう、それがこの世界での汝の正室か。こんな奴に嫁ぐとは、余程の物好きか、それとも力尽くか」



「後者です」



「前者だな」



 ここでも意見を異にする二人であった。


 結婚の経緯からすれば、ティースの方が正しいのだが、“変わり者”という見方をすればヒーサの意見が正しくもあり、どっちもどっちだ。



「我が家の財産を掠めておいて、よくもまあそんな事が言えますね!」



「それ以上のものを与えているし、さらに追加で与えるつもりなのだが?」



「人は与えられた恩義よりも、奪われた恨みをこそ忘れないものです!」



「それは道理であるな。さすがは我が伴侶よ。真っ当な見識と、優れた洞察力には毎度恐れ入る」



「恐れ入っている割には、随分と私への扱いがぞんざいではありませんか?」



「礼を尽くしているとは言い難いが、丁重には扱っているつもりだぞ。なにしろ、この世界で見つけた“名物”では、間違いなく一級品に該当するからな」



 ここでもまた、両者の考え方の違いが如実に出てきた。


 ヒーサのティースへ抱く感情は本物であるし、実際気に入っている。出会ったころと比べて格段に成長している上に、さらに伸び代も大いにあるのだ。


 ヒーサなりのやり方だが、これでも愛でているつもりであった。


 そんなヒーサの態度が鼻持ちならないと考えているのがティースであり、どうにもこうにも腹立たしく感じていた。


 なお、敵の目の前だと言う事を完全に無視しており、この夫婦喧嘩ともあるい逆に睦み合いとも取れる二人のやり取りに、ヨシテルも完全に闘争の雰囲気を萎えさせられていた。


 また、テアもどう取り繕うべきか分からず、とりあえずヨシテルに向かって「なんかウチの連れ合いがバカでホントすいません」と言わんばかりにペコペコ頭を下げる始末だ。



「おっと、これはうっかり。主賓をこれ以上待たせるのは、さすがに野暮と言うものか」



「今更過ぎるのでは?」



「なら、このまま無視して、楽しい夫婦の一時を続けるか?」



「楽しい……?」



「ん~、では、続きは今宵の床の中でな」



 色々と文句を言いたそうなティースを横に置き、ヒーサはヨシテルを改めて対峙した。


 なお、ヨシテルの闘争心は完全に萎えており、そう言う意味では“間”を置いたヒーサの作戦が功を奏したと言ってもよかった。

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