悪役令嬢・松永久子は茶が飲みたい! ~戦国武将・松永久秀は異世界にて抹茶をキメてのんびりライフを計画するも邪魔者が多いのでやっぱり戦国的作法でいきます!~
13-63 氷上決戦! 皇帝よ、ここがお前の墓場となる!(3)
13-63 氷上決戦! 皇帝よ、ここがお前の墓場となる!(3)
実のところ、ヒーサとティースが肩を並べて戦うのは初めてであった。
結婚してからと言うもの、幾度か戦はあったが、ティースは基本的に留守居であり、鎧と剣を携えて戦場に馳せ参じるということはなかった。
先頃の
今この瞬間こそ、“夫婦初めての共同作業”とも言えた。
「成長したな、ティース。実に結構! 気が強いだけのお嬢様が、今やこの私と肩を並べ、魔王に挑みかかろうというのだ。実に微笑ましい」
「頼もしいではなく、微笑ましいですか」
「ああ。人はな、誰しも遥かなる高みを求め、届かぬ天の頂に向かって手を伸ばし、それを掴もうとする。煌めく星々か、あるいは燦々と輝く太陽か、掴めぬ夢を求めて、足掻き、もがき、そして、死ぬ。掴めないからこそ、求めるのだ」
「もがいている私が、そんなに滑稽ですか!?」
ティースはキッとヒーサを睨み付け、危うく剣を鞘から抜いてしまいそうになった。
誰のせいでこうなったというのか、その怒りが顕著に出てきた行動だ。
だが、ヒーサはあくまで不敵な笑みを浮かべるだけであり、剣で脅される事など微塵も恐怖を感じてはいなかった。
「人間は大きく分けて、おおよそ三種類に分けられる。すなわち、勝者、敗者、逃亡者、だ」
「……私が敗者だとでも言いたいのですか!?」
「まさか! 逆転の機会があるうちは、勝ち負けの定めはない。今こうして、圧倒的な力を持つ存在と対峙しながらも、お前は逃げずにいる。勝者、敗者のいずれかになるかは分からんが、少なくとも逃亡者でないことは確かだ」
「焚き付けて、退路を断って、その上で選択を迫っておきながら、よくもまあそんな口を聞けますね!」
「だが、“逃げる”選択肢も与えたはずだぞ。伯爵家当主としての矜持を捨て、公爵夫人として生きる道をな。だが、お前は敢えて安全な道を捨て、危険極まる道を選んだ。状況を操作したのは私だが、それでもなお危ない道をあえて選んだのはお前だ。逃げずに、戦う道を選んだ。勝ち負けは別として、逃げなかった点は褒めおこう。実に微笑ましく、愛い奴よ」
なおも不敵な笑みを崩さず、圧倒的な力を持つ敵が迫りながらも、ヒーサは伴侶との会話を楽しんだ。
少しは緊張感を持て、とティースは思わなくもなかったが、それが演技なのか素なのか判別しかねたため、口に出すのは止めておいた。
「少し前だがな、お前が嫁いでくる前にリリンと言う侍女を、側女として囲っていたことがある。過ぎたる野心を抱き、私に対して邪な感情を抱いていた」
「それは聞きました。あなたの罪を全部被せて、用無しとばかりに始末したんでしょう?」
「生き残る道は与えた。だが、最初の一歩で踏み間違えた。それだけだ」
「よくもまあ、そんな下衆は行いを、仮にも妻である私に臆面もなく言えますね!」
「妻だからこそ、こうして話しているのだ。ティース、お前は本当にいい女だ。私が用意した試験をことごとく切り抜け、それどころかこちらの予想を上回る動きと思考の冴えを見せてくれた。ゆえに、伴侶として丁重に扱う事を決めた。その点は間違いないし、称賛に能う存在に成長したと考えている」
「別にあなたに褒められたくてやったんじゃないわよ。全部取り戻すのには戦うしかない。そして、死んでいったみんなの墓前に、ヒーサの首でも供えれば、少しは留飲を下げられるんじゃないかしらね?」
「おおう、怖い怖い」
ヒーサはティースの脅しにわざとらしく肩を竦め、そして、笑った。
虚勢を張って強がっているのがひしひしと感じ取れ、それがなんともいじましいのだ。
成長もしているが、やはり化かし合いではまだまだだと感じる点も多々あり、その背伸びをしているティースの振る舞いが、どうにも愛らしく感じるヒーサであった。
そんな二人のやり取りに食傷気味なテアは、二人の方にポンと手を置き、大きなため息を吐いた。
「あの、お二人さん、夫婦としてイチャイチャするのはいいんですけど、まずは目の前の厄介事をどうにかしましょうね。明日を生きる権利は、今日を生き延びた者にだけ与えられるのよ。刀を握った暴漢をどうにかしないと、その権利を失うからね」
「おお、まさにその通りだ。テアよ、たまには良い事を口にするではないか」
「たまにはって何よ。まあ、ためになる良い事を一切口にしない奴よりはマシってもんよ」
「何を言う。良い事を口にするぞ、私は」
「ヒーサの場合は、“自分に都合の良い事”を、でしょ!?」
ここでティースのつっこみが入り、そうだそうだとテアも頷いた。
それもそうかと思い直し、ヒーサはまた不敵な笑みを浮かべた。
「さて……、では、可愛いらしい女房と、いじり甲斐のある相方との楽しいひとときのため、修羅とならねばならんな」
ヒーサから一切の笑みが消え、いよいよすぐ近くまで迫ってきたヨシテルに意識を集中させ始めた。
すでに相手は急ごしらえとは言え、自分が仕込んだ罠の中に入ってはいるが、まだ完全に絡み付いたわけではない。
一手一手慎重に事を運び、そして、裏をかいて奇襲を成功させなければ、無限の再生力を突破する一撃を叩き込むことはできないのだ。
(いよいよ決着のときだ。さあ、我が安寧のひとときのため、礎になっていただこうか!)
ヒーサは改めて腰に帯びた愛剣『
すでにヨシテルは抜身の刀を持っているが、すぐに仕掛けてくる様子もない。
距離にして僅かに三十歩ほどだが、その間には千尋の谷でもあるかのように感じていた。
勝負は一瞬で決まる。ここからは一手の失策も許されない。そう思えばこそ、最後の最後は両者共に、慎重になって相手の出方を伺うのであった。
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