13-62 氷上決戦! 皇帝よ、ここがお前の墓場となる!(2)

 ヒーサ他四名は凍り付いた湖の中央に立っていた。


 前日の水計で利用したため、湖水の量は減ってはいたが、それでもまだそれなりの水は残っていた。



「ったく、大急ぎで呼び出しておいて、やらせる事が氷の作成なんて、人使いが荒いわね」



 先程まで必死で湖を凍らせていたアスティコスは悪態ついた。呼吸は荒く、体力も魔力もほぼ空っぽの状態になっていた。


 勝つために必要だからと言われ、どうにか準備を整えたが、精根使い果たしていた。


 それは同じく氷結作業を行っていたルルも同様で、こちらも呼吸を整えるのに必死であった。



「まあ、そう言うな。おかげでギリギリ間に合った。あとは三人で終わらせてやるさ。二人とも、のんびり見学していると良い」



「はぁはぁはぁ……。はい、後はお任せします。ですが、気を付けてください。人が歩ける程度の厚みはありますが、あまり激しく動かれると、割れて水の中に落ちますので」



 ルルは呼吸を整えながらそう説明するも、意外と自分の実力も上がっている事に今更ながら気付いた。


 いくらアスティコスと協力してやったとは言え、湖を凍らせるなど、以前の自分では考えられないほどの魔力であった。


 それもこれもシガラ公爵領に移り住み、大っぴらに術を使えるようになったうえに、色々と努力を重ねた結果であるが、想定していたよりも出せるものだと感じ入っていた。


 そんな恩人でもあるヒーサはルルの頭を撫で、次いで頬を愛撫してきた。不意に見せた貴公子の優しい振る舞いに、少女は気恥ずかしいのか顔を紅潮させた。



「ルルよ、むしろ、いい塩梅あんばいだ。そのくらいで丁度いい」



「えっと……、“あんばい”ってなんですか?」



「ん? ……ああ、そうか。公爵領ではまだ梅干しは珍しいか。塩梅とは、塩と、梅酢のことだ。料理の味加減には、この二つが欠かせぬ。梅酢は梅干しを作る際に生じる酸味のある液の事で……」



「長くなるから、そこまでにして。ほら、来たわよ」



 ここでテアの横槍が入り、視線をヨシテルの戻してみると、ゆっくりと慎重であるが、凍った湖に足を踏み入れてきたのが見えた。


 なお、シレッとティースがヒーサの足を蹴飛ばしたが、嫉妬なのか、注意を促す為か、判断ができなかったため、無視することにした。



「ルルとアスティコスは下がっていろ。さすがにこれ以上の無茶はさせん」



 すでに二人とも湖を凍らせるので消耗しており、さらなる戦闘は不可能だとヒーサは判断して、さっさと下がらせた。


 ゆっくりと迫ってくるヨシテルに対して向き合うのは、ヒーサ、ティース、テアの三人だ。


 足場が滑る可能性があるため、いきなり踏み込んでくるとは思っていなかったが、それでもヒーサもティースもそれぞれの腰に帯びている剣に、自然と手が伸びていた。



「ねえ、ヒーサ。勝てるの?」



 ティースは落ち着かない態度で、ヒーサに尋ねてきた。


 近付いてくるヨシテルのデタラメな強さは、城壁の上からテアと一緒にしっかりと観察させてもらっているため、いくらなんでも分が悪すぎると考えていた。


 そんな伴侶の不安に対して、ヒーサはニヤリと笑って返した。



「ティース、別に初陣と言うわけではなかろうに、怖いとでもいうのか?」



「人間相手ならともかく、人間とは別次元の存在じゃない。生憎、人間と戦う訓練はしてきたつもりだけど、人外相手の訓練なんて、やった覚えはないわよ」



「ならば問題はない。所詮あやつもちょっと強いだけの人間に過ぎん」



「ちょっと……?」



 剣を振る度に衝撃波が飛ぶ人間が、果たして“ちょっと強い”で済ませれる存在なのだろうか、ティースは本気で問い詰めたくなった。



「心配はいらん。策は先程述べた通りだ。ティースはそれに沿って、奴の首を狩ればいい」



「簡単に言ってくれますね」



「実際、簡単な事だからな。ちょっと前のティースならば難しかったかもしれんが、今のティースならば、簡単にできる」



「そう言える根拠は?」



「すでにお前は人を殺している。しかも、我欲と激情に身を任せ、スパッと命を奪い取った。ゆえにお前は“戦争処女ばーじん”ではない」



 その言葉は、ティースの心にグサリと突き刺さった。


 ティースもすでに戦場を経験している。王宮に殴り込み、玉座を制圧するという特殊な状況下ではあったが、兵を率いて奇襲を仕掛けた。


 しかも、その際にマークが殺されかけていると勘違いをして、枢機卿のロドリゲスを勢い任せに殺害してしまった。


 今こうして戦地に赴いているのも、手柄を立ててその際の罪を帳消しにするためであった。

 


「ティースよ、たおやかな淑女としてではなく、一人の武者としてこの場にいる。その自覚はあるのだろう?」



「当然です! 今更、泣き言も弱腰もなしです。ただ、手柄首を頂戴するだけです」



 見事な勇ましい返しに、ヒーサは大いに満足した。



(なんと魅力的な女子になったことか! ティースよ、お前がワシがこの世界で手にしたものの中で、一番の“大名物”ぞ! よくぞここまで化けてくれた!)



 それでこそ自分の伴侶に相応しいと、何度も頷いてみせた。

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