13-65 氷上決戦! 皇帝よ、ここがお前の墓場となる!(5)

 氷の上と言う不安定な足場の上で対峙するヒーサ一行と、皇帝ヨシテル。


 ヒーサとティースの夫婦漫才(?)によって闘争の気は萎えたが、再燃する燃料はいくらでもあった。



「さてさて、公方様、お待たせいたしました。いや~、美女との睦み合いが楽しくて仕方がありませんでな。ついつい華を愛でてしまうものです」



「フンッ! 随分と気楽なものだな。それに侍らせている女子の半分は、嫌そうな顔をしているようだが?」



「なぁに、それも照れ隠しと言うものです。この世界ではそれを“つんでれ”と呼ぶそうで、その機微に気付けぬようでは、公方様、修行が足りておりませんぞ」



「力づくの間違いでは?」



「それもまた、戦国の作法でございますよ。無理やりであろうとも、それを飛び越えて振り向かせてこそ、男冥利というもの。鳴かずとも、鳴かせて聞こう、時鳥ホトトギス。愛でる女子の艶やかな色声は、何よりの楽しみでございますぞ」



「汝の場合は、そんな色艶のあるものではなく、すすり泣く民草の悲哀ではないか!」



「武力を用いて、他国の領域を犯す公方様の仰り様とも思えませんな。ご自身の所業を顧みてから口を開いていただきたいものです」



 不意にヒーサから笑みが消えた。


 怒りと嘲りが同居した、決して自分には向けられない表情へと変じていることに、ティースは驚いた。


 おふざけ一切なし。本当に心の底から相手を軽蔑している。少なくとも、ティースはそう感じ取った。



「口では秩序だなんだと言いながら、武を用いて無理やり相手に意を通そうとされる。心底軽蔑いたしますな。初めから“天下布武”を謳い、力任せにやると宣じていた信長うつけの方がまだマシというもの。矛盾だらけですぞ、公方様」



「貴様のような、欲にまみれた輩に言われる筋合いではない!」



「欲望こそ、人を動かす原動力。それをご理解いただけぬとは」



「度が過ぎれば、それは毒にしかならん!」



「度を越した覚えはございませんが?」



「あれほどの事をしておいて、よくも抜け抜けと!」



「どの件でありましょうか? 生憎と、心当たりが多すぎて、口ではっきりと言っていただかなくては処理しきれませんな」



 どこまでも太々しい態度で通そうとするヒーサに、ヨシテルは再び怒りを滾らせ始めた。


 その溢れんばかりの怒りは握りしめた『鬼丸国綱おにまるくにつな』にも伝わり、漏れ出た瘴気が振動を呼び起こし、足元の氷に亀裂を走らせるほどだ。



「公方様、怒りを鎮めてくだされ。氷が割れてしまいますぞ」



「湖の氷が砕け、溶ける前に全てを片付けるまでのことだ」



「おぉ~、やる気十分ですな。それならば結構! いよいよ決着を付けましょうか」



 ヒーサも腰に帯びていた愛剣『松明丸ティソーナ』を抜き、しっかりとそれを握りしめた。


 何か切っ掛けでもあれば、すぐに二人の斬り合いが始まりそうな、そうした緊迫した空気が周囲に立ちこめ、少し離れたところで見ているルルが、思わず生唾を飲み込むほどであった。



「さて、手早く片付けて、今宵は愛しき我が妻と床を同じくするつもりですので、さっさと冥府魔道に堕ちて、二度と這い上がってこないでください」



「抜かしおる。地獄へ落ちるのは、貴様の方だ!」



「はて? 地獄に落とされるほどの悪行を、やった覚えは一欠片もございませんが?」



 白々しく答えるヒーサであったが、ルル以外の全員が「んなわけないじゃん!」とでも言いたそうな顔になっていた。



「いや、ほら、悪い事をやって来たのは、あくまで“ヒサコ”であって、私は“善良で慈悲深い領主”で通してきたからな。仮に地獄行きならヒサコの方であって、私ではありませんぞ」



 などと言い訳がましく述べ、呆れ返る者が続出した。


 表向きな情報を掬えばその通りなのだが、ヒサコはあくまでヒーサこと松永久秀が操る分身体であり、都合の悪い部分を隠したり肩代わりさせるための身代わり人形スケープゴートだ。


 そういう意味では役目を十全に果たしているとも言えるが、裏の事情を知る者からすれば、言い訳にすらなっていない状況であり、呆れるよりなかった。



「……その件はカシンより聞いてはいるが、女子に罪を被せて、自分は素知らぬ顔を決め込むとは、どこまでも見下げ果てた奴め!」



「ええ。私は公方様と違って、女子が戦場に立つ事を認めておりますれば。守るべき対象ではなく、肩を並べて共に過ごす存在です。屋敷であろうが、戦場であろうが、常に傍らに置ける“かみなし”なのでございますよ」



 この発言にぎくりとしたのは、テアであった。


 “上なし”を“神なし”と聞き取る事が出来るため、神と人の隔たりはないと言い切ったように聞こえたからだ。



(……まあ、こいつの言動は不遜そのものだもんね。私のことを女神だなんだと言いつつも、結局はこの世界の住人と変わらない接し方だし)



 信仰信心を植え付け、神への敬意を払ってくれないだろうかと、本気で考えるテアであった。



「この世は弱肉強食。観覧席など、どこにもありません。戦国乱世にあっては、女子供とて犠牲となるのは必定。ゆえに、この麗しき花園の住人もまた、私にとっては立派な戦力なのです」



「百合の花ではなく、野薊のあざみだとでも言いたげだな」



「ええ、まあ、棘があるからと言って忌避するつもりはありません。それもまた、愛でるべき美しき存在。むしろ、たおやかより、しなやか……、いや、したたかの方が好ましくすら思える」



「ああ、そうだな。業突く張りな汝には、あでやかな花より、毒花の方がお似合いか!」



「毒花もまた、美しくあるのですが、それを理解されぬとは、やはり底が浅いですな、公方様は」



 言い終わると同時に、ヒーサの持つ剣よりチリチリと火が湧き起こり、刃を取り巻くように炎が渦を巻き始めた。


 炎に照らされるその顔は、先程までの嘲るような表情は消え失せ、無表情を作っていた。



「では、公方様、前世より続く因縁、ここで決しましょうぞ。二度と迷い出ぬよう、きれいさっぱり焼き尽くして差し上げますゆえ」



「是非に及ばず! バラバラに斬り割いて、その呆けた面を二度と作れぬようにしてやるわ!」



 睨み合う両者の視線がしっかりとぶつかり合い、どちらがどう切り出すのか、周囲もまた意識を集中させそれを見守った。

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