13-59 決戦! 剣豪皇帝を打ち倒せ!(13)

 暴れ回る皇帝ヨシテルを、ライタンは実によく抑え込んでいた。


 周囲にいる幾人かの術士に的確に指示を飛ばし、ヨシテルが放つ一撃を防ぎ、あるいはかわし、時間を稼いでいた。


 また、サームも直接指揮を執り、銃や弓による射撃を加え、ヨシテルを攻撃していた。


 もちろん、桁外れの再生能力により、いくら攻撃を加えても元に戻るため、必死で戦う者にとってはまたかとうんざりする気分にさせられた。


 ある程度抑え込んでいるとは言え、ヨシテルの一撃は重く、その禍々しい刀の餌食になる者はすでに二百に届こうかというほどの存在を受けていた。



(一人の男を倒すのに、数千の兵で取り囲み、それでもなお倒し切れぬとは。あの時以上だな)



 前世においては、松永久秀は足利義輝のいる二条御所を襲わせた。


 僅かに数百の足利方は一万に達する松永方に押し込まれ、義輝自身も愛刀を振るい、居並ぶ雑兵を次々と斬り伏せた。


 しかし、そこは多勢に無勢。衆寡敵せず、討ち取られてしまった。


 今また、異世界に転生した者同士、またしても同じ状況と相成ったが、決定的に違う点があった。


 それは皇帝ヨシテルが、前世とは比べ物にならないほどに強力無比になっていたことだ。



(全くもって割に合わん! 大損害だ! 本来ならば、とっくに殺し終えているはずなのに、なんとも理不尽極まる話だ。魔王を倒すのには、やはり英雄でなくてはならんと言う事か)



 ヒーサの表情はますます渋くなっていった。


 そもそもこの世界は神々の遊戯盤。見習いの神を選定する、試験会場なのだ。


 神が英雄を導き、隠れ潜む魔王を探し出して、これを討伐するというストーリーが組まれていた。


 世界丸ごと劇場であり、その演目に合わせて“英雄”と言う役を演じているヒーサであったが、度重なる変更によって色々と狂っていた。



(いるはずの友軍がおらず、いないはずの敵がいる。何ともやり切れんな~)



 本来ならもう少し楽が出来て、今頃はようやく完成した茶畑から、八十八夜の新茶を楽しんでいるはずなのだ。



(それがどういうわけか、迷って出てきた上様の御守りとな~)



 さっさと片付けて、ようやく手に入れた茶で一服したいと考えるヒーサであった。


 そのとき、ピィィィッという耳に突き刺さるような甲高い音が鳴り響いた。


 山手の方から響いており、銃声の合間からヒーサの耳に確実に届いた。


 そちらの方を振り向き、ようやくかとヒーサはニヤリと笑った。



(ティースに渡しておいた鏑矢かぶらや、いい感じではないか。では、こちらも動くか)



 時間稼ぎは終了し、いよいよ無敵のヨシテルにとどめを刺す時が来た。


 長きにわたる因縁も、いよいよこれで終いとする。そう考えると、今までの鬱憤が吹き飛ぶ思いであった。



「サーム、ライタン、撤収だ! 最後に一発ぶちかまして、すぐに城砦まで引き上げろ!」



 ヒーサは開始の狼煙だと言わんばかりに愛剣『松明丸ティソーナ』から火の玉を撃ち出し、ヨシテルにぶつけた。


 丁度、ライタンの【風圧弾ウインドシェル】がヨシテルの膝を潰していたので、火の玉はそのまま命中し、火柱を上げた。



「これで最後だ! 撃てぇ!」



 サームの号令の下、ありったけの銃が火を噴き、あるいは弓から矢が放たれた。


 ヒーサの放った炎が燃え盛る中、さらに矢弾が撃ち込まれた。



「引き上げの合図を!」



 サームが部下に指示を出すと、撤収を知らせる軍太鼓を打ち鳴らし始めた。


 何百と言う犠牲を払いながら、たった一人の男を討ち取る事が出来なかったのは無念であり、撤収する兵士からは表情から口惜しさがにじみ出ていた。


 同時に、いくら打ち込んでも倒れない化物からようやく解放されたとの、安堵の感情も漏れ出ていた。



「そら、もう一発だ!」



 ヒーサはさらに一発、火の玉を投げ込むと、撤収していく軍勢の波には加わらず、馬で山の方へと駆け出した。


 ヨシテルもまたまとわりついていた炎を振り払い、矢弾で空いた体中の穴を塞いだ。


 炎が無くなり、開けた視界には二つの状況が飛び込んできた。


 城塞に撤収しようとする敵の軍勢と、山の方へと馬を走らせているヒーサの後ろ姿だ。


 前者は当然としても、後者は明らかに誘いである事は分かった。あまりにもあからさまに、総大将が軍勢と別行動、しかも単騎である。


 どう考えても罠だ。


 ここで、ヨシテルには三つの選択肢があった。


 ヒーサを追う。


 敵軍勢を追う。


 撤収する。


 この三つだ。


 一つ目は、当然敵総大将の首であり、長年の恨み辛みが凝縮された相手である。これをどうにかせずに勝利は有り得ない。


 なにより、前世からの因縁に決着をつけるためには、ヒーサこと松永久秀を討ち取ることが最優先であった。


 二つ目もまた魅力的な標的であった。


 あのまま軍勢に斬り込んで乱戦に持ち込み、城壁の向こう側まで駆け抜ければ、そのまま先程のような消耗戦を展開するだけで、相手は城砦を捨ててさらに後退しなくてはならなくなる。


 強固な城塞が失陥したとなれば、敵に与える影響も小さくはない。落とせるのであれば、多少無理してでも落としておきたい。


 三つめは手堅いやり方だ。


 そもそも帝国軍が壊走状態にあるのは、皇帝が討ち死にしたと勘違いしているからであり、その誤情報を解いてやれば指揮統率を回復させる事は十分に可能であった。


 そして、再び攻城戦を仕掛け、相手に持久戦を強いれば、すでに王国内部に侵入している黒衣の司祭カシンが、各所の火種に油を注いで回り、たちまち大火事となるのだ。


 そうなれば城砦は孤立無援の状態となり、攻めるにしてもよりやり易くなると言えよう。


 用意された三つの選択肢。冷静ならば、三つ目の選択肢を取るであろうし、より積極性を出すのであれば二つ目を選択するはずであった。


 だが、今のヨシテルにはその冷静さを欠いていた。



「松永久秀ぇぇぇ!」



 罠であると理解しながらも、仇敵の逃げる背を追わずにはいられなかった。


 ヨシテルは今一度、愛刀を握り、逃げるヒーサを追いかけた。

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