13-60 決戦! 剣豪皇帝を打ち倒せ!(14)

 自分を囮にした誘引策はまんまと成功した。


 ヒーサは馬で駆けて逃げる様をわざとらしくヨシテルに見せつけ、これ見よがしに背中を晒して逃亡すると、これに相手は食いついてきた。



(と言っても、命がけの囮ではあるがな)



 迫ってくるヨシテルの尋常でない脚力には、ヒーサも冷や汗ものであった。


 片や軍馬に乗って逃げているにもかかわらず、ヨシテルは徒歩で追いかけてくるが、相対距離は一向に開くことはない。


 つまり、馬の速度に付いて来れる速さで追いかけてきているのだ。


 しかも、手には『鬼丸国綱おにまるくにつな』を握ったままであり、追いつかれたらそのままバッサリなどとなりかねない。


 ヒーサも後ろを確認しながら、必死で逃げた。


 だが、ここで思わぬ“重し”が文字通り乗ってきた。


 そう、ヒーサの後ろにいきなりテアが現れたのだ。


 いきなり現れたテアはヒーサにしがみ付き、急に変わった重心に危うく落馬しかけた。



「お前、なに急に乗ってくるんだ!?」



「誰のせいよ!? 離れ過ぎたのよ!」



「あ~、そういうことか」



 基本、英雄と女神は寄り添って行動する事になっている。


 先程は城壁の上から監視できる程度の距離であったため良かったのだが、今は全力で馬を駆っている状態であり、距離が空き過ぎたため、勝手に【瞬間移動テレポーテーション】が発動して、追いかけてきてしまったのだ。


 ヒーサはうっかりその事を忘れていたため、あろうことか乗ってきたテアを押し出そうとした。



「馬の足が落ちる。さっさと降りろ!」



「降りたら、ぶった切られるでしょ!」



「丁度いい時間稼ぎになる」



「鬼! 悪魔! 人でなし!」



 テアは必至でしがみ付き、本気で落とそうとしているヒーサの押手に抗った。


 当然、ヒーサの押し退けようとする手にも力がこもってきた。



「落ちるぅぅぅ! マジで落とす気なの!?」



「大昔の唐土もろこしにな、敵の追撃を逃れるため、息子と娘を馬車から放り投げた男もいるぞ。それに倣う」



「人の心とかないんか、あんたは!?」



「ちなみに、そいつは後に皇帝の位にまで上り詰めたからな。ある意味、縁起がいいか?」



「ああ、もう! 実は英雄ってろくでもない奴ばっかりじゃないの!?」



「何を今更。英雄とは、悪徳と背中合わせに生きているような存在だ。まあ、ちょっと度が過ぎれば、“梟雄”などと呼ばれたりするがな」



 などと軽口を叩いている間に、ヨシテルが徐々にだが距離を詰めて来ていた。


 やはり二人乗りでは馬への負担が増しており、足が落ちていたのだ。



「やっぱ落ちろ、お前」



「落ちるか!」



「ならば隙ありぃ!」



 どさくさでヒーサはテアの胸元に手を伸ばしたが、それに気付いたテアはその手を叩き落とした。


 だが、しがみ付く力をそちらに回してしまったため、ヒーサに振り解かれてしまい、案の定、馬から落ちてしまった。


 軽い身のこなしで着地したが、まさか本気で突き落とすとは思っていなかっただけに、テアは茫然と走り去るヒーサの背中を見つめた。



「あいつ、本気で落とした上に、一瞥もせずに走り去るとは……!」



 相も変わらぬクズムーブに、テアは怒り半分呆れ半分の筆舌に尽くし難い感情を抱いたが、それもすぐに消え去った。


 馬から落ちたと言う事は、その場に留まる事を意味し、すぐそこに刀を握りしめるヨシテルが迫って来たのだ。



「のぉぉぉ! く、来るなぁ!」



 テアは必至で走って逃げだしたが、残念ながら足の速さが違い過ぎた。


 なにしろ、ヨシテルは馬とそれほど変わらない速度でヒーサを追いかけているのに対し、テアはあくまで人間の足の速さでしかない。


 当然、あっさりと追いつかれ、刀で斬られ、ることもなく素通りされた。


 完全に無視だ。



「ありゃ?」



 斬られるかと思ったら、まさかの素通り。


 ヨシテルの眼にはヒーサしか映っていないのかと、テアは判断した。



「完全にヒーサをぶった切る事しか頭にないわ、あれ」



 猛烈な勢いで走り去るヨシテルを見ながら、完全に蚊帳の外へと放り出された気分になった。


 だが、それもすぐに終わりを告げた。


 ヒーサとの距離が再び開き過ぎたために、またしても勝手に【瞬間移動テレポーテーション】が発動し、ヒーサの側へと跳躍した。


 もちろん、収まったのは馬の上であり、再びヒーサにしがみついた。



「ちぃ、返した品が再び現れたぞ!? 呪われているのか!?」



「神に対して、何て言い草よ!?」



「もう一回、落ちろ! どうせ斬られても死なんだろ。神なのだから」



「痛覚はあるから、死ななくても痛いのよ!」



「ほう……、つまり、初めての悦びと同時に、破瓜の痛みもある、と。う~ん、これは燃える!」



「あんたは一体、何を言っているのよ!?」



 追われている状況での痴話喧嘩に、テアはついヒーサに向かって顔面パンチをお見舞いした。


 だが、ヒーサは上手くこれをかわし、どころか手がお留守になったのを見計らって、またしてもテアを馬から落とした。


 当然、一瞥もくれずに再び走り去って行った。



「おい、こら! マジで何考えてんのよ!?」



 テアはまた上手く着地して、ヒーサの背に向かって叫んだが、もちろん、無視された。


 そうこうしている内に、またヨシテルに追いつかれて、これまた横を素通りされた。


 味方(?)から落とされ、敵からは無視され、あまりに無様なこの状況をなんと表現するべきか、テアは自身の語彙力のなさを呪うばかりであった。


 なお、またしても距離が開いたため、テアはヒーサの所まで飛ばされ、そして、落とされ、また素通りされるを繰り返した。

 


(こいつら、何がしたいんだ?)



 ひたすらヒーサ目がけて走り続けるヨシテルにとっては、出来の悪い狂言でも見せられているような気分になった。


 騒いで、落として、また跳んで、これの繰り返しであり、あまりに意味不明な行動に混乱するばかりであった。


 落ち着け、とにかくヒーサを斬れと自分に言い聞かせ、ヨシテルは何度も突き落とされる侍女テアを無視して駆け続けた。

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