13-58 決戦! 剣豪皇帝を打ち倒せ!(12)

 不死身の皇帝ヨシテルの攻略法を見出した。


 だが、その有効の一撃を入れるまでが果てしなく遠い。


 その場の面々の共通する思いであった。



「正直言って、難しいと言う言葉では生温いですな。まあ、だからこそ、あちらもこんなバカげた手段を用いたのでしょうが」



「ライタンの言う事はもっともだ。バレてしまえば、致命的だからな。もっとも、その一撃を入れるまでがこれまた長い。真正面からでは無理だ。不意を打たねば、絶対にかわされるか防がれる」



 そのように言葉を交わしていると、やはり自然とマークに視線が移ってしまった。


 なにしろ、条件を満たしていて、一番可能性が高そうなのが、マークに他ならないからだ。



「まあ、その条件だと、俺になりますよね」



「と言うわけだ。よろしく頼むぞ、マーク」



「……で、作戦はあるのですか?」



「ある。アスプリクが戦線離脱したとなると、主力はやはりお前の一発だけとなる。ゆえに、お前が奴に一発入れるための、奇襲の条件を整える」



 ヒーサは作戦のあらましをマークに説明すると、マークは不機嫌そうに睨んだ。


 やりたくない、という無言の抗議であった。



「まあ、お前の気持ちは分からんでもないが、正直、それが一番可能性が高いのも事実だ。悪いが、泥を被ってもらうぞ」



「……確かに、奇襲という一点で考えれば、それが一番かもしれませんが、それまでの準備がかなり面倒ですが、間に合いますか?」



「なんとか間に合わせるさ。ほれ、さっさと移動しろ。時間は有限だ。それと、万一があるから、これも持って行け」



 そう言って、ヒーサは神造法具の鍋『不捨礼子すてんれいす』をマークに手渡した。


 現状、最強の武器であり防具でもある。これを渡すことのできるマークへの信頼の表れでもあった。


 これがあれば色々と付与される力がある事は認識しているため、マークにとっては頼りになる一品であると同時に、自分にかかる責任の重さが尋常でない事も認識させられた。


 なにしろ、首尾よく有効打を皇帝に叩き込まねば、自分の命どころか、主人ティースの身にも危険が及ぶのだ。


 失敗は許されない。鍋を受け取った手が更にしっかりと取っ手を握り、決意を固めた。



「……了解」



 マークはヒーサの指示に従う事にして、一目散に山の方へと駆けて行った。



「さて、こちらも動かねばな。ルル、お前もマークの後を追って、準備を整えていくれ。ライタンは少しの間、皇帝の足止めを頼む」



「無茶ぶりですなぁ」



 ライタンはもはや笑うしかなかった。


 アスプリクが抜け、マークも抜け、更にルルも抜けるとなると、もうこの場にいる術士の頭立つ者が自分一人になるため、自然と“殿軍しんがり”を務める事になるのだ。


 相手を罠にハメるための時間稼ぎであり、誰かがやらねばならなかった。


 しかも、相手は目の前でなおも暴れ回っている皇帝ヨシテルだ。


 命がいくつ有っても足りない。そう思わずにはいられないライタンであった。


 ちなみにルルは事の重大さを理解して、すでにマークを追っかける形で離れていった。



「まあ、無茶なのは承知だ。どのみち、まともな手段では倒せるとは思っていない。こちらもあのふざけた皇帝を打ち倒すために、これまた奇抜な一手で奇襲を仕掛けねばならんのだ。ライタンよ、お前が時間を稼ぎ、ある程度準備が整ったら、私が囮になって山手に誘導する」



「公爵様ご自身が餌ですか」



「何が何でも食らいたい生餌だからな。絶対に誘導できる。あとは機を逸せぬ事だ」



 準備の手早さとタイミング次第。それで成さねば、明日生きる資格を失うのだ。


 そう思えばこそ、命を張って切り抜けねばと、無理やり気張る事となった。


 ライタンも時間稼ぎのため、再び舞台の士気に戻っていった。



(女神、聞こえるか? と言うか、さっきの話は聞いていたろうな?)



 ヒーサは相方の女神に【念話テレパシー】を飛ばした。



(もちろん聞いているわよ。んで、こっちの準備は何がいる?)



(話が早くて助かる。アスティコスに、急いで山の方に向かうように言ってくれ。準備がルル一人だと、時間がかかり過ぎる)



(了解。今、アスプリクを医務室に運び込んでいるところだから、伝えておくわ)



(うむ。それと、ティースもいるか?)



(私の隣にいるわ。と言うか、さっきの仮説も、本当はティースからの指摘があって、気付いたようなもんだからね)



(ほ~う、それはそれは。相変わらず目聡くて愛い奴だな。後でたっぷり可愛がってやると伝えてくれ)



(……後で殴り飛ばされるわよ)



 どうにも、ヒーサのティースへの感情がいまいち掴みどころがなく、テアを混乱させていた。


 ティースはヒーサの事を嫌っている。なにしろ、自分の身に降りかかってきた案件のほぼすべてにヒーサが係わり、実家も自分自身も滅茶苦茶にされたから、当然と言えば当然であった。


 一応、形の上では夫婦であるが、ティースの中では完全に破綻しており、一片の愛情も抱いておらず、あくま共犯者や利益共有者としての付き合いと割り切っていた。


 一方のヒーサはと言うと、ティースのことを気にかけており、夫婦である事を楽しんでいるかのようだ。


 何がどう琴線に触れたのか、寵をかけ、溺愛していると言ってもいい言動が目立つようになっていた。


 互いの気持ちがかみ合わない、なんとも歪な関係の二人であった。



(テアよ、勘違いしているようだが、私はこう見えて愛妻家なのだぞ)



(本人が聞いたら、殴られるだけじゃ済まないわよ。愛し方が歪んでいるのよ、あんたの場合は!)



(戦国ゆえ、致し方なし。やはり梟雄の伴侶となるのであれば、それ相応に強かでなくてはならんからな)



(あ~。そういう意味じゃ、ティースは強かになったか)



(そう言う事だ。結婚前は鼻っ柱が高いだけのお嬢様であったが、今や私の寝首をかかんとするくらいに気の強く、それでいて抜け目がなくなってきた。なんと言うか、こう、ゾクゾク来るとでも言えばいいか?)



(やっぱあんた、変わっているわ)



(よく言われる。っと、それより、ティースにも、山の方に移動するように伝えろ)



(え? 彼女も参戦!?)



(手数が欲しい。マーク一人ではダメかもしれんから、その保険としてな)



 あくまでも慎重なヒーサであったが、自分の妻すら武器と認識してぶつけようとする姿勢には、毎度のことながらテアもため息を吐きたくもなった。


 とはいえ、ティースも条件としては、ヨシテルへの決定打を撃ち込む事が出来るので、出番があるかもしれない。


 そう考えて、テアは状況をティースに説明するのであった。

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