13-38 参謀不在!? もっとも面倒な奴がどこにもいない!

「一騎討ちをすると見せかけて、まずは帝国軍に打撃を与え、反転し、皇帝を討つ」



 これがヒーサの示した作戦の基本骨子である。


 これは理には適っていた。


 そもそも、桁外れの再生能力を持つ皇帝ヨシテルを削り切るには、全戦力をぶつけて再生が追い付かない、あるいは限界に達する必要があった。


 そうなると、邪魔で仕方がないのが帝国軍の存在だ。


 数の上では帝国側が圧倒的に有利であり、攻城戦ではなく、野戦で戦うとなると、その数の差が厄介極まるのだ。


 皇帝ヨシテルを集中攻撃しようにも、帝国軍に対処しながらだと、どうしても中途半端な対応になり、帝国軍に数で押し切られるか、ヨシテルへの攻撃が火力不足になるかのいずれかが懸念された。



「結局のところ、まずは帝国軍をどうにかしないと話にならないって事か」



 アスプリクも頭の中で色々と策を模索したが、帝国軍の存在が邪魔過ぎた。



「僕の大火力でさ、帝国軍を吹っ飛ばすことはできる。それこそ、この前やったみたいにさ、叔母上やライタンだっているんだし、強烈な術式を叩き込んでやればいい」



「でも、それだと、皇帝への攻撃をする際に、魔力不足になる可能性があるわよ?」



「それなんだよ、叔母上。できる限り魔力を温存しながらでないと、皇帝にとどめをさせるがどうかっていう懸念がある」



「それだと、今度は帝国軍に対処できなくなる」



「あ~、うざったいな~!」



 どちらかを取れば、もう片方が疎かになる。面倒な葛藤ジレンマに陥り、アスプリクは頭を抱えた。



「ならばいっその事、一騎討ちを反故にして、籠城を決め込むというのはどうでしょうか?」



 そう述べたのは、サームであった。


 戦いたくないのであれば、戦わないという選択肢を選ぶ。むしろ、籠城戦の方が数の不利を補えるので、戦いとしてはまだ楽な方だと主張した。



「サーム殿、そんな消極的な姿勢でどうされる!? 約束を反故にしては、敵はますます図に乗って、こちらの士気も危うくなる」



「だが、刃が立たずで野戦を挑むよりかはマシであろう。アルベール殿も、皇帝の強さは身に染みているはず。あれと真っ向勝負しなくていいのであれば、それでよいではないか」



「む……」



 積極的に仕掛けたいアルベールであったが、さすがに皇帝とまた真っ向斬り合うのか問われれば、たじろいでしまった。


 ふと末席に座る妹ルルを見ると、こちらも渋い顔をしていた。兄妹二人がかりで軽くいなされたので、皇帝と戦う事には必要以上に慎重になっていた。



「サームよ、籠城策は捨てろ。今回はそれが使えない」



「なんですと!?」



 ヒーサからの予想外の横槍に、サームは目を丸くして驚いた。


 数の多い相手に野戦を挑むのは無謀であり、しかもヒサコが以前の戦いで行ったような、罠を張っての待ち伏せではなく、真っ向勝負となるとあまりに厳しいのだ。


 一方、籠城戦であれば、城壁が守ってくれる上に、設置された大砲までも使えるのだ。


 これほど有利な条件を揃えながら、籠城策を捨てろなど、とても信じられないのだ。


 そんな焦るサームをよそに、ヒーサは抱えている黒犬つくもんの毛並みを撫で、その艶やかな感触を楽しんでいた。



「サームよ、籠城策を用いたい理由はなんだ?」



「当然、数の不利を補う上で、城壁などの防衛施設が使えるからです。また、相手の“弱点”を突く意味においても、野戦での短期決戦よりも、籠城による長期化を具申いたします」



「長期戦による利点は?」



「敵は数が多いですが、兵站線は脆弱そのものです。しかも、かつての戦でこの国境付近は、ヒサコ様が強掠し尽くして、物資を徴発する事すらできない有様。つまり、時間が長引けばあちらが勝手に弱体化し、より有利に戦局を動かす事ができます」



 さすがに手堅さに定評のあるサームの提案であり、理路整然としていて皆が納得のいくところであった。



「私もサーム殿の意見に賛成です。一騎討ちの申し入れをしていて反故にしたらば、向こうが更にいきり立つやもしれませんが、やはり短期決戦ではどのみち被害が大きくなりすぎます。籠城策を主軸に戦術を組み上げた方がよろしいかと」



 ライタンも籠城策に賛意を示し、他の面々もそれがいいかもしれんと納得し始めた。


 だが、ヒーサは首を横に振った。



「皆、肝心な事を、最も厄介極まる事が抜け落ちている」



「その肝心な事とは?」



「アルベール、お前がアーソに、このイルド要塞に最初からいるから尋ねてみるが、今回の戦が始まってから、一度でも“黒衣の司祭カシン=コジ”の姿を見たか?」



 ヒーサの投げかけた言葉に、アルベールのみならず、全員がハッとなった。


 指摘されてみれば、まさにその通り。皇帝ヨシテルの圧倒的な強さに目を惹かれていたが、もう一人、厄介極まる相手を確認できていなかったのだ。


 黒衣の司祭にしてやられた者も多く、その所在が不明と言う点は見逃すべきではないとすぐさま考えを改めた。


 裏口から仕掛けてくる可能性がある以上。長期戦、籠城戦は控えるべきだとの考えが広がっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る