13-37 有言実行! 公爵様は一騎討ちに臨む!

「あ~、それでヒーサ、一騎討ちを仕掛けると言いましたが、本当ですか?」



 ここで凍り付く周囲をよそに質問を投げかけたのは、側にいたティースであった。


 こういう場面でのティースは、実に“手慣れた”感があった。すっかり夫の毒気に耐性が出来上がっており、どんなあくどい事を口にしようが、流せるほどに肝が練り上げられていたのだ。



「もちろんだ。私は宣言したことは必ず実行するぞ。私は正直者で、嘘は苦手だからな」



 もうその時点で嘘じゃん、と複数名そう思ったが、ヒーサは構わず会話を続けた。



「だがな、私が倒したいのは、皇帝の方ではない。奴が率いてきた軍勢の方だ」



「確かに、あの数は脅威ですが、帝国は皇帝の存在あってこそまとまりが生じるはず。皇帝一人を相手にする方が良いのでは?」



「それでは“削り切れん”ではないか。ティースよ、皇帝と戦った者の話では、いくら傷つけようが再生する力を持っている。だが、それにも限度があるとのことだ。もし、その限度が近付いた段階で逃亡し、あの軍勢に逃げ込まれたらば如何する?」



「つまり、まずは敵軍勢を追い散らして皇帝を孤立化させ、返す一撃でこれを屠る、と?」



「然り。“一騎討ち”はそのための方便だ」



 結局のところ、この目の前の男はやはり大嘘付きだと多くの者は思った。


 だが、実際のところ、嘘はついていないのである。


 ヒーサの良くやるやり口は、“嘘は言わないが情報を隠匿する”であった。重要な情報は伏せ、頃合いを見てそれを暴露し、混乱を呼び込んでは誤誘導ミスリードを行う。


 これが基本姿勢であり、よくやる手口だ。


 今回もまた、それで通そうとしているというわけだ。



「作戦のあらましを言うとだな、まず私が城から討って出て、皇帝と対峙する。奴は既にマークのおかげで怒り心頭の忘我状態。そこに付け込んで動きを封じる」



「俺は何もしてないんですけどね。はなはだ迷惑」



 マークとしては伝令として、言われるままの言葉を伝えただけであり、あそこまで怒らせるつもりは一切なかったのだ。


 マークが選ばれたのは、あくまで“生還”できそうなのが、他にいなかったからである。


 怒りに狂ったヨシテルは方々に当たり散らし、マークですら危うかったのだ。一目散に逃げだしたからよかったものの、もし逃げ遅れていれば命はなかったとさえ考えていた。



「で、動きを封じている間に、呑気に皇帝の一騎討ちを観戦しているアホ面に一発かます。壊走したのを確認してから、皇帝一人に“全軍”で当たる。追い散らした敵軍が態勢を立て直して、戻ってくる可能性もある。ゆえに、手短に片付けるぞ」



「言うは易し、の典型ですね。あなたはいつもそう軽く物事を言う」



「だが、達成しなかった事はないぞ。最後には必ず目当てのものを手に入れてきた。お前も含めてな」



「……はぁ~、私、なんでこんなのと結婚したんだろう」



「したのではなく、させられたんだぞ。なにしろ、“親同士”が決めた政略結婚だからな」



 この点は嘘でない。


 そもそも、ヒーサとティースの結婚を決めたのは、それぞれの親である。シガラ公爵家とカウラ伯爵家の結びつきを強めるための、典型的な政略結婚だった。


 ただ思惑と違うのは、親兄弟が殺され、新郎新婦が家督を継ぐこととなり、公爵家が伯爵家を吸収合併してしまったことだろう。


 もちろん、それを仕組んだのはヒーサこと松永久秀である。



「ああ、そうでした。今すぐ人生やり直したいです」



「やり直しが利かないからこその人生だぞ。もっと楽しめ」



「では、楽しむ余地を与えていただきたいものですね」



「おお、そうだな。では、今宵はねやを共にして、存分に語らおうではないか」



「おや? 戦の前は女ではなく、剣と添い寝するのではなかったですか?」



 なんとも微妙な夫婦のやり取りに、周囲もどう声を駆けるべきか分からず、互いに顔を見やるばかりであった。


 なお、アスプリクは、羨ましいなぁ~、とズレた感想を抱いており、信頼とも愛情とも言えない、表現しづらい二人の絶妙な間柄に嫉妬さえ覚える始末であった。



「それで、一騎討ちには供廻りでも連れますか? さすがに総大将同士の一騎討ちともなると、形の上では神聖な儀式のようなものですから、近侍を置いておくのが妥当かと」



「そうだな。んじゃ、こいつを連れて行こう」



 そう言うと、ヒーサは少し前屈みとなり、足元から何かを拾い上げた。


 それは黒い毛玉、ではなく、仔犬であった。


 それを見るなり、アスティコスはビクリと体を跳ね上げ、少し震えながら視線を外した。


 彼女にとっては、拭い去れぬ傷跡を残した相手。すなわち、悪霊黒犬ブラックドッグの“つくもん”だ。



「アンッ!」



「では黒犬つくもん、明日はお前が供廻りだ。しっかり励め!」



「アンッ! アンッ!」



 ヒーサの腕に抱えられながら威勢良くなく仔犬に、ある者は和み、ある者は震え、またある者はまたかと頭を抱えた。


 ヒーサ、もしくはヒサコがこの黒い仔犬を抱えて動き出す時、大抵ろくでもない事が起こるのだ。


 この中ではアスティコスが最大の被害者であり、故郷の村を潰されたのは、この黒犬つくもんの力とヒサコの謀略が原因であった。


 時折、その事を思い出せと言わんばかりに黒い仔犬を見せびらかしており、その都度アスティコスは忌まわしい記憶を呼び起こされ、姪のアスプリクに無様を晒すことになるのだ。


 とはいえ、今回はその牙の向かう先は自分ではないし、面倒事が起こりませんようにと祈るばかりであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る