13-36 意気消沈! 士気は下がる一方だ!

 マークが先触れとしてイルド城塞にやって来た翌日、予定通りヒーサが到着した。


 軍勢を率いての堂々たる陣容であり、その数は一万を超えており、それを出迎える城砦の将兵は、歓呼を以て出迎えた。



(まあ、どちらかと言うと、空元気と言うか、無理やり士気の高さを維持しようとする、演技じみたものを感じるな)



 出迎える人々に応じるヒーサであったが、演技の達人であるヒーサの視点からは、そうした見えざる感情が透けて見えていた。


 余程、皇帝に痛い目に合わされたようであり、手早く片付けねばという決意を新たにすることとなった。


 そして、早速会議の場が設けられたが、揃った顔触れは一様に不安や苛立ちを隠せないでいた。



「どうやら、こっぴどくやられたようだな」



 上座に腰を下ろしたヒーサは、席に着くなり開口一番にそう述べた。


 言い返せないだけに、集まった幹部達の表情は苦渋に満ちていた。


 ちなみに、会議の席に集まった顔触れは長机の上座にヒーサ、その両脇に伴侶ティース侍女テアを侍らせた。


 その右手側に城砦指揮官のアルベールと、シガラ公爵家の武官サーム、上級司祭のライタンと並び、左手側に火の大神官アスプリク、その叔母アスティコス、術士のルルが座していた。


 マークは出席者に飲み物を用意した後、そのまま主人ティースの側に待機した。



「ヒーサ、申し訳ないね。ありゃ完全に手に余る存在だよ。こっちの攻撃がことごとく空振りに終わって、士気が下がる一方だ」



 アスプリクは本当に申し訳なさそうに謝罪し、これまでの経緯をヒーサに伝えた。


 ヒーサは特に表情を変えることなく、それでいて一言一句を聞き逃すまいと意識を集中させていた。



「なるほどな。執着、そう、私への復讐を果たすまでは、何が何でも滅びぬと言う覚悟を感じる」



 下らない事だと、ヒーサは吐き捨てた。


 かつての“足利義輝あしかがよしてる”は失われた室町幕府の威光を取り戻し、天下を秩序の下に統べようとしていた。


 だが、志半ばで敗れ、松永久秀の一党に討ち取られてしまった。


 御所が襲撃され、将軍が討ち取られるという一大事件の勃発により、幕府の威信は更なる低下を見せ、もはやそれは完全な名ばかりの存在に成り果てた。


 当事者である松永久秀はその事をよく覚えており、復讐されて当然だなと不敵な笑みを浮かべた。



「公爵様、一つよろしいでしょうか?」



「なんだ、マーク?」



「頼まれていた皇帝への言伝、一言一句違わずに伝えましたが、その直後に暴走としか思えぬほどに怒り狂っていました。あれはいったい何なのですか?」



「ああ。何のことはない。皇帝を名乗るヨシテルとか言う男な、かつて私が殺した男なのだよ。で、その殺した後に、生母と寵姫を火の中へ放り込み、出家していた二人の弟も始末した。それを教えてやったまでの話だよ」



 何の抑揚もなくシレッと言ってのけるヒーサであったが、その口から飛び出た言葉は衝撃的であった。


 ヒーサが“転生者”だと知っている者からすれば、まあそれくらいやるだろうと思ったが、そうでない者からすれば天地がひっくり返ったような驚くべき話であった。


 スキル【大徳の威】が失われて仁君のふりをする必要がなくなったため、徐々にだが松永久秀としての“素”が出始めていた。


 なお、足利家に関する話には嘘も混じっていた。


 義輝の二人の弟、覚慶かくけい周暠しゅうこうと言うが、周暠は手勢を差し向けて斬殺したが、覚慶の方は幽閉に留めていた。


 と言うのも、覚慶は事件当時、大和国で大きく勢力を張っていた大寺院・興福寺こうふくじ別当べっとう(寺務を統括する長官)に内定しており、これを切り捨ててしまうと興福寺と対立して、大和の統治が危ぶむと考えたためだ。


 なお、この覚慶が後に幽閉先からの逃亡を果たし、還俗して足利義秋あしかがよしあきを名乗り、後に将軍位に登り詰める事となる。



(いや~、あの時は情勢が混沌としていたからな~。裏切り、寝返り、騙し討ち、昨日の敵は今日の友、今日の友は明日にはこの手で死体に変える。袂を別った三好三人衆の布陣していた東大寺に奇襲を仕掛け、三倍する敵方を打ち破ったものだ。“うっかり”大仏殿を焼いてしまったのも、まあご愛嬌と言うやつだよ。村田朱光むらたしゅこう殿の茶室は事前に解体して避難させたし、問題なし!)



 かつての記憶を呼び起こし、ヒーサは不敵な笑みを浮かべた。


 ただ、ヒーサの笑みはその場にますます恐怖を撒き散らす事となった。 



(こいつ……、王国を実質手に入れたようなもんだから、もう“仁君”の仮面を被っている必要がないとはいえ、軽々とよくもまあ言い放てるわね!)



 テアは顔を引きつらせながらヒーサを睨んだが、それに気付いたヒーサがニヤリと笑って応じ、何事もなかったかのように皆の方へと向き直った。


 当然、その反応は全員が驚愕。何か恐ろしいものが駆け抜けたような、背筋に寒気を覚える者ばかりだ。

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