悪役令嬢・松永久子は茶が飲みたい! ~戦国武将・松永久秀は異世界にて抹茶をキメてのんびりライフを計画するも邪魔者が多いのでやっぱり戦国的作法でいきます!~
13-35 敗北必至!? あんな化物相手にどう勝つのか!?
13-35 敗北必至!? あんな化物相手にどう勝つのか!?
怒り狂う皇帝ヨシテルを背に、一目散に逃げだしたマークは器用に石垣や壁に指を引っかけ、軽々と城壁をよじ登ってしまった。
ヒーサが掛け値なしに評価するマークの実力であり、工作員としては極めて優秀であった。
この程度の城壁であれば、軽々と
「危ないなぁ~。まったく、なんて伝言頼むんだ、あの人は」
予想していた事とは言え、文句の一つも言いたい気分であった。
「マーク、お疲れ。よく生きて帰ってこれたね」
ある程度調子が戻って来たアスプリクは、若干息切れしているマークをからかうように話しかけてきた。
シガラ公爵領にいた頃には、頻繁に顔を合わせてきた中であり、歳も近い事もあってか、弟分のように扱ってきた。
なお、マークからすれば、自分よりも背格好の小さいアスプリクが、姉貴風を吹かしていることに若干不満を抱いていたりするのだが。
「単独で魔王相手に喧嘩を吹っかけるなんて、もう二度とごめんだね。命がいくつあっても足りやしない」
「それは同感。まったく……、こっちが撃ち込んだ術式を、意味不明な再生能力で回復されたんじゃ、やってらんないわよ。まあ、さっきの伝言とやらで導火線にはがっつり着火したんだし、そうするように命じたヒーサに任せるとしようよ」
「だね。責任は取っていただかないと」
この点では、アスプリクもマークも互いに同意していた。
そして、二人が城壁上から見下ろすヨシテルは、なにやら無秩序に暴れていた。
刀を振るうたびに衝撃波が走り、あるいは大地が裂け、轟音を響かせていた。同時に怒号も発せられ、手が付けられないほどに怒りをあらわにし、それを空虚に発散しているように見受けられた。
「冗談じゃないわよね、あれ。あんな破壊力抜群な攻撃力を有している上に、強力な再生能力まであるのよ。どうしろって言うのよ」
「まあ、俺は実際に戦ってないんで、なんとも言えませんが、間近で怒りは感じ取りましたから、戦うのは危険だと感覚として分かりますね」
「嫌でも向き合うことになるわよ。あいつと戦う事になるときは」
「あ~、でも、公爵様は皇帝に対して“一騎討ち”を申し入れしましたよ?」
マークはヒーサからの言伝の中で、確かにヨシテルにそう伝えた。
“一騎討ち”を申し入れて、その上で勝つと宣言したのだ。
その言葉通りにアスプリクは受け取り、そして、目を丸くして驚いた。
「え!? マジ!? ヒーサ、あんなのと一騎討ちする気なの!?」
「いくつか頼まれていた伝言には、あちらさんと一騎討ちするってのも含まれてましたから。どう攻略するかは知りませんが、やると言ったらやるでしょうよ」
「いや、どう考えても無理でしょ!? 冗談か、もしくはなにかの策なの!?」
「そこまでは伺ってませんよ。当人が到着してから、どういうことなのかと問いただしてください」
「マジか……」
別に冗談で言っているようではなさそうで、アスプリクはマークの言葉にただただ驚愕した。
皇帝ヨシテルは強い。それも規格外に強い。“もどき”とは言え、魔王を名乗るだけの力は持っていると断じざるを得ない。
アスプリクも戦ってそれは実感しているし、自分の術式がことごとく意味をなしていないことも理解していた。
ダメージは通していても、立ちどころに治ってしまう。その桁外れの再生能力こそ、皇帝の攻略を困難極まるものに変えていた。
それを一騎討ち、すなわち単独で対処しようと言うのが、ヒーサであった。
「あ、でもヒーサって、皇帝の再生能力、知らないはずよね?」
「でしょうね。俺もここへ来て初めて知ったくらいですから」
「それを計算に入れずに、一騎討ちするなんて宣言しちゃったの!?」
「どのみち、あのデタラメな剣技を考えただけでも、明らかに公爵様の手に余りますね。公爵様、確かに剣技の修練は積んでいますが、あくまで“普通の腕利き”くらいですから。あんな“人外の領域”に到達している相手は、どう考えても敗北必至ですね」
「う~ん、なら、挑発しまくって怒りで忘我状態にした後、何かしらの仕掛けをってとこじゃない?」
「それが唯一、有り得そうな可能性ですね。先程の伝言も、耳に入るなり、あの有様ですから」
二人の視線の先には、なお怒りをあらわにして暴れているヨシテルの姿があった。
時折、衝撃波が城壁まで届いており、その都度、身を屈めねばならないほどだ。
「策の一環、にしても、あそこまで怒らせるなんて、いったい何を伝えたさ?」
「内容に関しては推察になりますが、始末したと連呼したので、おそらくは皇帝の身内を公爵様……、の前世が殺したと言う事ではないかと」
「前世からの因縁、ね。しかもあそこまで狂うほどの。ヒーサも今まで悪行をいくら続けてきたのよ」
「俺が見てきた公爵様の悪辣な策の数々が、“当たり前”のように繰り広げられる世界が、かつて身を置いた世界なのでしょう」
「どんだけ~」
想像するだけで身震いを覚えるアスプリクであったが、今はその知恵だけが頼りであった。
武の力はあの剣技の前に全て弾かれ、術の力も桁外れの再生能力の前に意味をなさなくなっている。
今、このイルド城塞には数多の精兵が立て籠もり、それを率いる将もまた一級品だ。添えられた術士もまた屈指の連中が揃い、これ以上に無い布陣と言えよう。
それでも、今目の前で暴れるあの男一人を制する事が出来ず、指を咥えて暴れっぷりを眺めるより他にないのだ。
それは屈辱であり、同時に無力感に苛まれるが、それでも相手が帝国最強の存在である皇帝だと言う点が、幾分かの慰めにはなっていた。
「さて、本当にヒーサのやつ、どうやってあんなのと一騎打ちで勝つつもりなんだろう」
「これ以上にない程の挑発をした。あとはその“狂奔”をいかに自分に利する状態にするか、そこが知恵の見せ所ですね」
「どのみち、ロクなやり方じゃないだろうな~」
「そんな手段を用いても、勝てばいい。とでもお考えなのでしょう」
二人の推察は可能性としてはあり得た。なにしろ、“あの”ヒーサのやり口である。
どんな外道な事すら平然と実行し、しれっと面倒事は他人に押し付け、美味しいところだけ掻っ攫う。
そう言う悪辣なやり方が、ヒーサのやり方だ。
表向きは慈悲深く聡明な公爵家の若き当主なのだが、その実態は戦国乱世を駆け抜けた抜け目のない老獪な梟雄だ。
この世界に転生してからというもの、幾人もの人々がその奸計によって貶められ、奪い尽くされ、あげくに殺されたか、数えるのも億劫になるほどだ。
それを最も間近で見てきたのが、アスプリクとマークである。
魔王をどうやって陥れるのか、その点だけは興味に尽きないのだ。
「でもさ、厄介なのは皇帝だけじゃないよ。ほれ、あれあれ」
アスプリクが指さしたのは、ヨシテルの更に向こう側。帝国軍が待機している場所だ。
当初の地点から動いてはいないが、隊列は乱れに乱れていた。
理由は実に単純。ヨシテルの力に惚れ込んでいるのだ。
なぜそうなっているのかでは理解していなさそうだが、あちら側の視点で見た場合、無礼な使者を追い返し、そのまま圧倒的な武威を示して、城方を威圧しているとも取れるのだ。
現に刀より発せられた怒り任せの衝撃波が、何度も城壁に命中しており、守備兵も動揺していた。
つまり、「いいぞ皇帝陛下! もっとやちゃってください!」と騒ぎ立て、喝采しているというわけだ。
「なぁ~んか、あっちの士気もメチャクチャ上がっているし、あれもどうにかしながら、皇帝に致命の一打を浴びせるなんてできるの?」
「そのための一騎討ちかもしれませんよ」
「そりゃ一騎討ちなら、他にも邪魔はされないけどさ。こっちも投入できる戦力はヒーサ一人だよ? 事前に補助術式を重ね掛けして送り出しても、なんて言うか、勝てる気がしない」
衝撃波と、歓声が交互に入り乱れ、城壁前の空間はさながら賑やか師のお祭り騒ぎであった。
これからどうなるのであろうか。将も兵もただただ茫然の目の前の光景をながめながら、漠然とした不安に駆られた。
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