13-34 決闘!? 公爵様は一騎討ちを所望する!

 ヨシテルはすでに刀を鞘に納めていた。


 アスプリクが放った光線が直撃した時、意識は確実に飛んだ。


 だが、呼び戻す声と共に再びこの地に復活した。何もかもが元通りで、秘剣も問題なく使えた。



「さて、相手も次なる一手を打って来たか」



 ヨシテルの視界には、ゆっくりと歩み寄って来る一人の少年が確認できた。かなり若く、ギリギリ元服しているかどうか、と感じるほどの少年だ。


 見たところ、装備品はごく普通な服の身で、剣も鎧も装備しておらず、使者か何かだと推察できた。



(いや、懐に短剣でも仕込んでいるようだ。上手く隠してはいるが、少しばかり未熟だな)



 まず気付かないであろう微妙な体の動きから、ヨシテルはそう判断した。


 ならば暗殺者の類だなと判断し、一応の警戒はしておく事にした。


 だが、やって来た少年は三十歩ほど離れた距離で立ち止まり、それから礼儀正しく頭を下げてきた。貴人に対しての作法がしっかりと教育されているようで、その点では評価した。


 おまけに三十歩と言う絶妙な距離。十歩以内であれば一息に飛び掛かれるし、逆にそれ以上離れていては話すのに支障が出かねない。


 大声で話すことなく、それでいて他の周囲には聞こえにくい立ち位置だ。



「お初にお目にかかります、皇帝陛下。自分はカウラ伯爵家当主ティース様にお仕えする、従者のマークと申します」



「……ああ、“奴”の伴侶であったな」



「はい、左様でございます」



 ヒーサの関係者と分かり、ヨシテルは警戒の度合いの一段上げた。


 態度から何かしらの使者としてやって来たことは分かるが、それでも仇敵からの使い番である。いざともなればその首を跳ね飛ばし、それを返礼とする事さえ頭の中では考えた。



「それで、あやつは何と申してきた?」



「まずはあちらをご覧ください」



 そう言うと、マークは今し方飛び降りてきた城壁の方を指し示した。


 ヨシテルはその指さす先に視線を向けると、“見慣れた”紋の旗がなびいている事に気付いた。


 そして、それを忌々しそうに睨み付けた。



「“蔦紋”か。では、あの愚か者が来た、と言う事か」



 忘れもしない忌々しき旗印。かつての世界で御所を取り囲み襲撃してきた松永家の手勢、それが掲げていた旗だ。


 “蔦紋”は松永久秀が使用していた旗印であり、その存在を誇示するかのように風に靡いていた。



「正確には、自分は先触れとして参りまして、皇帝陛下との“一騎討ち”に先立つ場を整えて来い、と仰せつかっております」



「“一騎討ち”だと!?」



 マークから発せられた意外な言葉に、ヨシテルは目を丸くして驚いた。


 一騎討ち、すなわち一対一サシで決着を付けようと提案してきたのだ。


 それは願ってもないことであったが、同時にこの上なく矜持を傷つけられた感覚に襲われた。


 ヨシテルは自身の剣技に絶対の自信を持っていた。それこそ、自分と斬り合いで勝てるのは、師である塚原卜伝つかはらぼくでんだけだとすら考えていた。


 松永久秀と言う男はいつも奸計を巡らし、舌先三寸で状況を動かしては、誰も彼も陥れる卑劣で強欲な男だと常日頃から思っていた。


 そんな相手が、“一騎討ち”で勝つと言い放ったのだ。


 ヨシテルには、不快を通り越して、憤激に値する提案であった。



「あやつめ、この私と斬り合い、その上で勝てるとでも思っているのか!?」



「そう思っておいでのようです」



「ええい、一々癪に障る奴よ!」



 ヨシテルは不機嫌さを隠すことなく、刺々しい気配を放ち始めた。


 その気配はマークにも伝わってきており、肌にピリピリと痛みを感じさせるほどであった。



「明日には到着されますので、明後日にこの場所にて、決着を付けようと申しております」



「本気で勝てる気でいるのか!?」



「はい。意味はよく分かりませんが、『“うえさま”の御守りは今度こそ仕舞いにしたい』と」



「どこまでも苛立たせてくる!」



 怒りのあまり、ヨシテルは思わず刀の柄に手を置いたが、マークは微動だにしない。


 むしろ、三十歩の距離を空けたのは、いざとなった時の逃亡用の空間的余裕の確保という意味合いがあり、それをヨシテルは今更ながらに気付いた。


 試しに怒り任せに一歩前に進んでみると、マークも一歩下がった。


 やはりそうなのかと、これで確認が取れた。



(まずは少年の使い番で、こちらの精神を揺さぶろうというわけか。だが、気付いてしまえば、却って熱が冷めるものだ。抜かったな、愚か者め)



 目的さえ分かれば、精神は落ち着くものであった。自分の心に冷や水を浴びせ、ヨシテルは冷静さを取り戻すことに成功した。


 相変わらず苛立たせてくる相手ではあるが、今の自分には余裕がある。元からの剣の腕前に加え、魔王としての力が備わっているからだ。


 おまけに、万を超す大軍勢を整えており、その点でも相手より有利であった。


 かつては数百の手勢で立て籠もる御所に、松永軍は一万の軍勢を差し向けてきた。今度はその意趣返しをしてやると、ヨシテルは息巻いた。


 だが、そんなかつての将軍の考えなど、“松永久秀”はお見通しであった。



「それと、今一つ、お伝えしたいことがございます」



「聞こう」



「ええっと、よく意味が分かりませんので、伝え聞いた“発音”を正確にお伝えします」



 何を伝えるつもりなのかとヨシテルは身構え、なんとなしに落ち着かないマークを見つめた。


 そして、マークは深呼吸の後、キッとヨシテルを見つめ返し、口を開いた。



「公爵様曰く、『上様は先にお亡くなりになられたゆえ、御存じないでしょうが、“けいじゅいん”と“こじじゅうのつぼね”はきっちり始末しておいたぞ。あと“かくけい”と“しゅうこう”もな』だそうです」



 マークは口に出した言葉が何であるかまでは分からなかったが、おそらく目の前の男を激怒させる内容である事は推察できた。


 そして、その推察は正しかった。


 ヨシテルの表情はそれほどまでに激変したのだ。


 マークの話を聞く前は、身構えてはいたがどこか余裕の態度を見せていた。


 だが、耳に入った話の内容は、決して看過できぬ事であり、怒りが魔力の奔流と怒声となって、全身から噴き出した。


 その形相はまるで、人の手で作り替えられたと錯覚するほどに変わった。眉が天を突かんほどに吊り上がり、肌の色は燃え上がっているかのように真っ赤になった。


 悪鬼でも取り憑かれたのか、と目の前のマークが焦るほどだ。



「まぁ~つぅ~なぁ~がぁ~ひぃ~さぁ~ひぃ~でぇぇぇ!」



 やり場のない怒りを刀に乗せ、そのまま地面に振り下ろした。


 命中と同時に地面に大穴が開き、吹き飛んだ土砂がマークに襲い掛かったが、これあるを予想しており、術式で石の盾を生成済みであった。


 土砂や礫が勢いよくその石盾に命中し、その威力は全力で防御したにも拘らず、よろめいて倒れかけるほどの衝撃であった。



「許さん! 許さんぞ、松永久秀! よくも母を、妻を、そして、弟達を殺してくれたな!」



 これこそヨシテルの怒りの理由であった。


 慶寿院けいじゅいんは母、小侍従局こじじゅうのつぼねは妻、覚慶かくけい周暠しゅうこうは出家していた二人の弟の事だ。


 つまり、ヒーサこと松永久秀はマークの口を介して、「お前の身内は鏖殺おうさつしておいたぞ」と伝えてきたのだ。


 これで怒るなと言う方が無理であった。


 ちなみに、これには嘘も混じっていた。


 二人の弟の内、覚慶かくけいの方は殺しておらず、こちらが後の室町将軍・足利義昭となる。


 身内全員殺しておいたぞ、と言った方がより激高すると考え、あえて嘘を付いたのだ。



「では、しかとお伝えしましたので、これにて失礼」



 マークも挨拶も程々に、一目散に全力で逃げ出した。


 怒り狂って全力を出している皇帝の目の前にいるなど、殺してくださいと言っているようなものであり、さっさと逃げねば自分の身の上が危ういのだ。



「奴に伝えておけぇ! もはや生かしておくべき理由が毛ほどもなくなった! カシンは生け捕りにしろと言っていたが、もう知らん! この世に生まれ出たことを後悔するほどに、お前の身内を含めて撫で斬りにしてやるわぁ!」



 全力で逃げるマークはヨシテルの宣言をしっかりと頭に刻み込んだが、それ以上に久方ぶりに恐怖を感じている自分に嫌気を覚えていた。



(まだまだ修行が足りないな。義姉さんなら、涼しい顔で嫌味の一つでも返していたかな?)



 今は亡き義姉ナルの事を思い浮かべながら、マークは必至で走って逃げた。


 その背後ではヨシテルの放った怒りが渦を巻き、大地を震わせていた。


 一刻も早く逃げねばと、マークの駆ける速さも常人のそれを遥かに凌駕するほどに早かった。

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