13-33 援軍到着! 少年従者は悠然と前に出る!

「あれは恐らく、“再生”ではなく、“事象の拒絶”ではないかと推察されます」



 ライタンが口にした推論は一同を唖然とさせるに十分だった。


 神ですらない目の前の皇帝が、世界の摂理に干渉し、物事をなかった事にしてしまえると言ったからだ。



「“事象の拒絶”だって!? じゃあ相手を傷つけても、それがなかった事にされるって言うのかい!?」



 アスプリクとしては、到底信じられない事であった。

 

 “神”ですらない者が、世界の理を無視して発生した事象をなかった事にしてしまうなど、あってはならないことなのだ。


 明らかに人が手にしていい力の次元を超越していた。



「そんな高度な術式が使えるんなら、勝ち目がないじゃないか!」



「いえ、勝ち目はあります。なぜなら、そんな力があるのであれば、強引に突っ込んで、この城砦ごと破壊すればいいだけです。なのにやらない。つまり、無限に使える、というわけではないのです」



 ライタンの推察は理路整然としており、今までのヨシテルの事象を見てきた者からすれば、まさにそうだとしか思えない事が積み上がっていた。


 桁外れに強いが、どこかに限界がある。それがライタンの結論であり、それは周囲も納得した。


 問題があるとすれば、その“限界”とやらが、いつ来るのかと言う点だ。



「結局あれか!? 魔王の魔力なり体力なりが限界に達するまで、ひたすら削れって事!?」



「それが現段階で最も説得力のある意見だと具申いたします」



「その限界とやらが分からないんじゃ、下手な勝負もできない。体力的な物なのか、それとも、時間制限なのか。それすら分からないんだよ! ……クソッ!」



 アスプリクとしては、ライタンの言葉が正解だとしても、そこに至れる道筋が見えて来ず、舌打ちしてしまった。


 なにしろ、消滅させても元通りにしてしまうような相手である。そもそも人間の魔力で、魔王の力を削り切れるのか、という疑問が残っていた。


 おまけに、皇帝のすぐ側には帝国軍が存在する。そちらにも対処が必要であるし、皇帝に向かって全戦力を投入すればいい、と言うわけにもいかなかった。



「どうやらお困りのようですね」



 不意に後ろから声をかけられたので全員揃ってそちらを振り向くと、そこには少年が一人立っていた。



「マーク! マークじゃないか! 来ていたのか!」



 アスプリクは思わぬ人物の登場に喜び、思わず握り拳を作った。


 なにしろ、マークがいると言う事はその主人であるティースがいると言う事であり、ティースがいると言う事は、その夫であるヒーサもいるはずであるからだ。



「俺は先触れとして来ました。公爵様とティース様は、明日中には到着されます」



「よし! ヒーサが来てくれるのは助かる。正直、あいつの相手はお手上げ状態だったんだ」



 なにしろ、ここにいる顔触れが戦っても、結局ヨシテル一人に手も足も出ないのが現状なのだ。


 不死身の体の秘密を解き明かさない限り、絶対に勝ち目がないというのが共通する認識だ。


 それを見極めるためには、やはりヒーサの頭脳や眼力が必須であった。


 あるいは、マークにもその期待がかけられていた。


 なにしろ、マークは表向きはティースの従卒扱いだが、その正体はカウラ伯爵家の密偵である。情報収集から各種工作など、裏仕事の達人である。


 皇帝の弱点を探るのに、一役買ってくれそうな存在なのだ。



「さて、こちらも仕事がありますので、まずはこちらを」



 そう言って、マークは持ってきていた鞄をアルベールに差し出した。



「将軍、そちらには旗印が入っております。公爵様から、これを城壁上の目立つ所に掲げておいて欲しいとのことです」



「了解した」



 よく理由は分からないが、何か意味あっての事だろうと了承し、アルベールは早速旗印の設置に動いた。


 それを見送ってから、マークは城壁から身を乗り出した。



「では、行ってきます。皇帝に向けての言伝がありますので」



 そう言って、マークは城壁から飛び降り、軽やかに着地した。かなりの高さがあるが、工作員にして術士であるマークにとっては、造作もない事であった。



(さて、ヒーサ、どんな手で行くんだい? わざわざマークを単騎で皇帝の所に向かわせたんだ。きっとまた、エグい手を繰り出すんだろうな)



 飛び降りた後、一目散に駆けていくマークの背を視線で追いながら、アスプリクはこの世で最も信頼している男の顔を思い浮かべた。


 その策がどうなるのかを見極めんと、少しふらつきながらもしっかりとマークを見据えていた。

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