13-32 拒絶! 皇帝は世界の理に縛られず!

 不意討ちに等しいアスプリクの放った光線は、皇帝ヨシテルを完全に消し去ってしまった。


 それを見た両陣営は当然、異なる反応を示した。王国側は勝利の歓声を、帝国側は何が起こったのか分からぬままに混乱とどよめきを、それぞれ発していた。



「ざ、ざまぁ見ろってんだ、皇帝! 再生能力に自信があるからって、迂闊に前に出たのが失敗だよ。さすがに全部消したんだ。これで無理なら、僕の手ではどうしようもなくなるよ」



 アスプリクはヨシテルが消え去った地点を凝視し、そう悪態付いたが、声はどことなく弾んでいるかのようであった。


 なにしろ、あれほど苦労した皇帝を、切り札を切ってまで葬ったのだ。喜ぶなと言う方が無理であった。


 なお、全身全霊を注ぎ込んだ一撃であったため、アスティコスの支えなしでは立っていられない程に消耗していた。


 全身から汗が吹き出し、呼吸も息が絶えそうなほどに乱れていた。心臓も早鐘のように打ち鳴らされ、魔力も完全に空っぽであり、意識を保ってどうにか前を見据えるだけで精いっぱいであった。


 当然、他の面々もヨシテルが立っていた場所を凝視していた。


 そして、辛うじて見つめる視線の先には、もはやヨシテルが持っていた刀と着ていた服しかなく、その体はどこにもなかった。煙のごとく、何もかもが吹き飛んでいた。



「なんとかヒーサが来る前に、どうにかなったかな。フフン、不用意に単騎で前に出てくるからだよ。どれだけ再生能力があろうが、即死……、消滅させてしまえば問題ない! あの世で自分の迂闊な動きを悔いるんだな、魔王!」



 ふらついたままではあるが、アスプリクは勝利の雄叫びを上げ、拳も振り上げた。


 それに釣られて、周囲の面々も声を張り上げながら拳を振り上げた。


 だが、そんな勝利の空気を吹き散らす、生暖かい風が吹き始めた。


 渦を巻き、先程ヨシテルが立っていた地点に向かって、得体の知れない“何か”が収束しているようであった。



「え……、まさか……!?」



 消したはず。跡形もなく吹き飛ばしたはず。そのはずなのだ。


 アスプリクはまさかと思いつつも、それを凝視した。


 そして、それは形作られた。煙のごとく散っていたそれは、魔力が集積し、徐々にだが体が形成されていき、元に戻った。


 そう、“完全”に元に戻ったのだ。


 そこには、消したはずの皇帝ヨシテルが、何事もなかったかのように直立していた。


 ただし、裸で。



「ふむ。戻れるものなのだな」



 ヨシテルは元に戻った事を確認するため、体のあちこちを動かしては、動作に支障はないか、後遺症など残っていないかを確かめた。


 そして、その確認が終わると、足元に落ちていた服を拾い、それを着た。愛刀『鬼丸国綱おにまるくにつな』も拾い上げ、腰に帯びた。



「さて、火の大神官よ、なかなかの一撃であったぞ! だが、残念な事に、我はこの世の摂理に縛られた存在ではない。あの世を見てきた存在なのだ。我が執念、汝の術では消す事などできんよ!」



 ヨシテルは腕を組んで大いに笑い飛ばし、アスプリクに完全なる敗北を味合わせた。五体満足な自身の体こそその証拠であり、それをしっかりとアスプリクに見せつけていた。


 当然、アスプリクは絶句した。自分の最強の術式を直撃させたにも関わらず、魔王を討ち取るには至らなかったからだ。



「バカな! 皇帝、お前は不死身なのか!?」



「不死身なわけなかろう。我は神にあらず。人であり、同時に魔王でもある。いずれは滅する運命にある者だ。だが、どうやら我に引導を渡すのは、お前ではなかったようだな、大神官よ!」



 先程のお返しとばかりに、ヨシテルは刀を抜き、そして、構えた。



「【秘剣・浮舟うきふね】!」



 横一閃の薙ぎ払いから衝撃波が生じ、アスプリクに向かってそれが飛んでいった。


 普段ならかわすことくらい造作もないが、すでに精魂尽きているのが今のアスプリクだ。


 彼女を支えていたアスティコスは、姪を庇うように倒れ込み、どうにかヨシテルの一撃をかわした。


 だが、衝撃波は城壁に命中し、その一部を吹き飛ばしてしまった。



「くっ、何たる威力か! 本当に消滅から復活したと言うのか!?」



 飛び散った瓦礫を鎧で防ぎ、どうにか難を逃れたアルベールは舌打ちした。


 なにしろ、切り札であるアスプリクが完敗したのだ。先日は直接戦って追い散らされ、今日は最強の術式をぶつけた上で、涼しい顔で相手は立ったままだ。


 先程のアスプリクの言葉通り、もうどうしようもなくなった。


 だが、焦る面々をよそに、ただ一人、冷静に分析する者がいた。ライタンだ。



「ん~、そう言う事か。少しずつですが、からくりが見えてきました」



「本当か!?」



 アルベールとしては、これ以上に無い熱い視線をライタンに向けた。


 なにしろ、自分は元より、アスプリクですら対処不能と断じた皇帝ヨシテルの力。それを解析したのであるから、是非とも聞かねばならなかった。


 そして、ライタンは自分が見た状況を分析し、それを口にした。



「あれは恐らく、“再生”ではなく、“事象の拒絶”ではないかと推察されます」

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