13-31 進撃! 皇帝は悠然と前に出る!

 翌日、再び帝国軍側が動いた。


 山が動いたかと思うほどの軍勢であり、城砦前に何万と言う大軍で押し寄せてきた。


 だが、接近はしない。城壁から微妙に離れた位置で停止し、鬨の声を上げて威圧を始めた。



「さすがはヨシテルだな。こちらの間合いを見極められたか」



 城壁上からその光景を眺めていたアスプリクは不満げに鼻を鳴らし、その横にいたアルベールもまた頷いて賛意を示した。



「こちらの射程、ギリギリで布陣していますな。あそこでは銃撃、砲撃が届かない。射程の長いクロスボウならギリギリ届きそうですが、どのみち盾は抜けそうにありませんな」



 帝国側最前列は盾持ちで統一されており、今は得物と盾を打ち鳴らし、籠城を決め込む王国軍を挑発していた。


 もちろん討って出るつもりはないが、それでも大軍をずらりと並べられ、間断ない鬨の声を上げ続けられるのは、あまり良い気分ではない。


 だが、城砦に籠ってこその防衛戦であり、その優位性を捨てるつもりもなかった。


 さて、どう対処しようかと思案をしていると、帝国軍中央がバッと割けて通り道ができ、ゆったりとした足取りで一人の男が進み出てきた。


 見間違う事なき闘気を帯びたる男、皇帝ヨシテルであった。


 昨日着込んでいた甲冑は竜巻の直撃でボロボロになり、使い物にならなくなっており、今着ている装備は目印にして撃って来いと言わんばかりの豪奢な直垂ひたたれを羽織り、その下はごくごく普通の平服という装いだ。


 いくらでも矢弾を撃ち込んでみせろという挑発に近い軽装であり、腰に刀を帯びていなければ、散歩でも楽しんでいるかのような雰囲気だ。



「あんにゃろう。余裕ありまくりだな。普通なら、鉄砲の斉射で穴だらけになるぞ」



 アスプリクの言う通り、城壁前にあんな軽装で現れるなど余程のバカ以外には有り得ない。


 銃器を始め、飛得物がずらりと並んでいる中、一切の鎧を身に着けていない以上、矢弾などいくらでも当て放題だ。



「なら、一発お見舞いしてやりましょう!」



 アルベールはすでに装填していた近くの砲台に指示を出し、前に出てきたヨシテルを砲撃するように命を下した。


 砲兵らは照準をヨシテルに定め、そして、砲撃した。


 轟音と共に大筒の火薬が爆ぜ、装填されていた拳大ほどの砲弾が砲口より撃ち出された。


 狙い違わずヨシテルに向かって砲弾が飛んでいたが、ここでヨシテルはとんでもない行動に出た。


 一歩前に踏み込んだかと思うと拳を振り下ろし、飛んできた砲弾を叩き落としてしまったのだ。



「おおう、マジかよ……」



「化物め」



 普通の人間ならば、体に大穴が開くか、あるいは腕が吹き飛んでいたであろう一撃だ。


 だが、ヨシテルは涼しい顔で再び姿勢を正して直立した。しかも叩き落とした手に軽い損傷がある程度で、それも立ちどころに塞がっていった。


 城砦からはどよめきが、帝国軍からは歓声が上がり、改めて皇帝の底知れぬ強さを見せつけられた格好となった。



「結構な挨拶だな、アルベールよ。歓迎の祝砲、痛み入る」



 嫌味な返しではあるが、ここで引き下がっては周囲の将兵に弱腰を感じさせるため、城壁の上からではあるが、アルベールは堂々とその姿を晒した。



「相変わらずお見事なる腕前、感服いたしました。ならば、次は銃弾の嵐などはいかがかな?」



 すでに銃器の装填も終わっており、実に百挺以上が一人の人間を撃ち殺さんと、そらに狙いを定めていた。



「矢弾や火薬は有限であろう? 無駄撃ちは避ける事だな」



「心配していただいて、これまた恐縮ですな」



 ヨシテルの嫌味は加速するが、アルベールも負けてはいなかった。


 だが、同時にヨシテルの指摘が正しい事も理解していた。


 先程の砲撃すら通用しなかったのである。口径の小さな銃撃でどうにかなるのかと、甚だ疑問の残る事であり、物資を無駄に消費し、兵の士気を下げるだけに終わる可能性の方が高かった。


 現に、帝国側の将兵はさらに捲くし立てる有様だ。先程の砲撃をなんなくいなした事で、ますます士気が上がっている様子が、叫び声と共に伝わって来ていた。


 一方の王国側は明らかに動揺している者が多く見られた。砲撃すら手で叩き落とすような化物が目の前にいるため、やむを得ないとも言えたが、それでは戦には勝てないのだ。



(こうして、一切の甲冑なしで姿を出している点からも、絶対の討ち取られる心配はないという自信の表れだろうしな)



 アルベールは表情こそ平静を装って入るが、冷や汗をかきっぱなしであった。


 どう考えても、あのずば抜けた再生能力を突破する方法が見出せないのだ。



「射程はギリギリ。狙ってみるか。アルベール、会話を続けて、時間を稼いでくれ」



 そう言うなり、アスプリクは意識を集中させ、詠唱を開始した。


 強烈な一発を放つつもりだろうと判断し、アルベールもそれを覆い隠さんとして前のめりに会話を続けた。



「それで、皇帝陛下、いかなる御用向きで本日は参られたのか?」



「今日は選択を持って来た」



「選択ですと?」



「いかにも。さっさと門扉を開き、降伏しろ、という選択だ」



 飛び出した言葉は意外ではあったが、それは同時に絶対に受け入れられない話でもあった。


 なにしろ、このイルド要塞は王国を守る盾であり、壁であるのだ。ここを明け渡すと言う事は、帝国軍が王国領内に侵入する事を意味しており、略奪と破壊を欲しいままにされる事は目に見えていた。


 断じて許容する事が出来ない案件であり、本当に交渉する気があるのかと疑ってしまうほどだ。



「そんな話、真に受けるとでも?」



「交換条件として、この城砦に立て籠もっている者には一切の手出しはせん」



「…………! 我が身可愛さに、他の王国領民を差し出すとでもお思いか!?」



「ふむ……、なんなら、アーソの地は素通りしても良い。汝らの家族も、それならば無事であろう?」



 お前らとその家族の無事は保証するから、さっさと通せ。これがヨシテルが提示した開城の条件だ。


 ここに駐留する兵士の半数近くはアーソの出身者で占められており、また駐留が長いシガラ公爵軍の中には、現地で家庭を築いていたり、あるいは家族を呼び寄せている者までいた。


 そのため、“家族の安全は保障する”という文言は兵士達の動揺を誘うのに、十分すぎる効果を発揮していた。


 なにしろ、砲弾を食らっても涼しい顔をしている目の前の化物相手に、命がけで戦うのを良しとするか、それとも降伏して“家族”の安全を確保するのか、それを迫って来たのだ。



「口では何とでも言えますな。あなたはともかく、あなたの後ろに控えている人語を介さぬ蛮兵共が、それを理解できるとは思えませんな」



 開城したとて、約を守る保証なし。それゆえの拒絶だと、アルベールはきっぱりと言い切った。


 その時だ。少し目立たぬ位置でボソボソと詠唱していたアスプリクが、眩い程に輝き始めた。その光が収束していき、右手の人差し指に集まった。


 そして、城壁上から乗り出す様に前に出て、指をヨシテルに向けた。



「オサラバだよ、魔王! 【消滅イレイザー】!」



 一瞬、弾けるように輝いたかと思うと、アスプリクの指先から放たれた光線は、真っ直ぐヨシテルの向かって飛んでいき、そのど真ん中に命中した。



「さあ、最後の時だ! 消え去れ!」



 アスプリクが突き立てた親指を下に向けると、光線の命中したヨシテルは文字通りの意味で、“煙のように”消えてしまった。


 本当に跡形もなく消えた。着ていた衣服がふわりと地面に落ち、その中身だけが完全にかき消えてしまったのだ。


 何が起こったのか、それを誰も理解できず、敵も味方もただただ茫然とするだけであった。



「ハッ! ざまあみろってんだ!」



 ヨシテルが立っていた場所を睨み付け、勝利の拳を天に向かって突き上げた。


 そこにはもうヨシテルの姿はなく、本当に消されてしまったのか、刀と着ていた服だけが残っていた。


 それを確認してからアスプリクは力なく崩れ落ち、それを慌ててアルベールとアスティコスが支えた。



「今のが僕の切り札、【消滅イレイザー】だ。あらゆる物質の“この世に存在する確率”を変異させ、崩壊させてしまう術式さ」



「なんという恐ろしい術式……」



「いくら魔王でも、肉体がなければこの世に存在できないだろうしね。燃費が悪すぎるから、僕も数えるくらいしか使ったことがない。でも、これで勝利だ!」



 アスプリクは汗をダラダラと流しており、自分一人ではまともに立っていられない程に消耗しきっていた。


 王国最強の術士が、たった一発放っただけでフラフラになるほどの術式である。どれほど消耗したのかは、想像するに難くない。


 だが、効果はあった。皇帝ヨシテルは姿形がかき消されていた。文字通り、煙のように消えてしまい、今はもうどこにも“存在”していなかった。

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